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2019年9月15日(日)

五輪代表を勝ち取れ!シューズ開発の舞台裏

15日に行われたMGC、マラソングランドチャンピオンシップ。
男女それぞれ上位2人が自動的に東京オリンピックの代表に内定する、注目のレースです。
激しい代表争いが繰り広げられた裏側では、マラソンシューズをめぐるしれつな開発競争がありました。

2年前に登場してから、次々と好記録をたたきだし、世界を席巻しているのがナイキの「厚底シューズ」です。
マラソンシューズは薄く軽いという常識を覆した、この「厚底シューズ」。
今回の男子のレースでは、日本記録保持者の大迫傑(おおさこ・すぐる)選手をはじめ、有力候補の「4強」のうち、3人が使っていました。

一方、「4強」の1人、井上大仁(いのうえ・ひろと)選手は、日本の老舗スポーツ用品メーカー・アシックスのシューズで代表の座を目指しました。
厚底シューズにどう対抗するのか、その開発の現場を取材しました。

選手と共に挑む シューズ開発の舞台裏

自己ベストは2時間6分54秒、現役3位の記録をもつ井上大仁選手です。
井上選手のシューズを3年前から開発しているのが、アシックスのプロジェクトチームです。

その強みは、選手の感覚的な要望を、より具体的な形にする「選手に合わせた靴作り」です。
開発に携わって20年の田﨑公也(たさき・きみや)さんは、チームの中心的な存在です。
シドニーオリンピック、金メダルの高橋尚子(たかはし・なおこ)さんなど、数々のメダリストたちのシューズ作りに関わってきました。

アシックス フットウエア生産統括部 カスタムメイドスペシャリスト 田﨑公也さん
「メーカーの一方通行にならない、選手の一方通行にならないモノづくりを目指しています。
選手に最大限のパフォーマンスを発揮してもらい、一緒に戦っていくのが僕らのスタンスです。」

しかし、その前に立ちはだかるのが、ナイキの「厚底シューズ」です。
足を守るため、クッション性のあるソールにする一方、バネの役割を果たすカーボンプレートが搭載されています。
去年(2018年)、ケニアの選手が世界記録を樹立。
「薄く軽いソールこそが記録が出やすい」とされたこれまでの常識を覆しました。

一方、井上選手に合わせた開発は、全く異なるアプローチで進められました。
井上選手がこれまで慣れ親しんできたのは、ソールが薄く硬いシューズでした。
適度な硬さで、スピードの出る反発力を維持し、クッション性も高めて欲しいと望んでいました。

MHPSマラソン部 井上大仁選手
「自分の感覚にあっていて、走りを引き上げて強くなれるシューズが、いちばん欲しいと思います。」

硬くて薄いソールは、反発力が高まりスピードが上がります。
しかし、足への負担は増え、ケガのリスクが高まると言います。

反発力と足を守るクッション性が両立できる硬さ、薄さはどこにあるのか。
チームは新たな設計に乗り出しました。

田﨑公也さん
「井上選手の言う“適度な硬さ”をどこまで追い求めるか。
足を守りながら、なおかつ速く走るようにするためにどうするのがいいのか。」

どんな材質や構造のソールが井上選手の走りにマッチするのか。
チームは、井上選手の足型や動作を徹底的に分析。
1秒でも速く走れるソールを探り続けます。

開発から2年。
試行錯誤の中で、井上選手のために作ったシューズが大きな成果を生み出します。
ジャカルタで開かれたアジア大会では、井上選手はナイキのシューズを履いたバーレーンの選手とデッドヒートを繰り広げ、日本選手として32年ぶりの金メダル獲得を成し遂げました。

MGCマラソングランドチャンピオンシップが行われる1か月前。
開発は続けられていました。
ライバル選手が調子を上げる中、新たな改良に挑んでいたのです。

課題はソールの部分。
井上選手は田﨑さんたち開発チームに、さらに硬さを求めていました。

井上大仁選手
「軟らか過ぎると沈んでしまう。
沈んだら、その分、走りのロスになります。
それが生まれないように、ある程度の硬さを出してもらえるとよいです。」

田﨑さんたちは、ソールを材質から見直しました。
ソールをはっきり見せないことを条件に、取材が許されました。

素材の種類や配合を変えて、耐久性などの変化を繰り返し検討しました。
さらに、構造も見直しました。
全体を硬くすると、ケガのリスクが高まるため、ソールの硬さを部分的に変えたらどうなるのか、井上選手に最も適したポイントを探り続けました。

アシックス スポーツ工学研究所 主任研究員 仲谷政剛さん
「マラソンの場合は何万歩と足をつくので、一歩一歩に0.01秒の違いがあると、その積み重ねですごい時間の差になってくるんです。」

試作したソールの数は、40パターンを超えました。

田﨑公也さん
「それぞれ走りに特徴があるので、特徴に見合った硬さの分布が必要になるんです。」

本番2週間前。
地元・長崎で最終調整を行う井上選手のもとに最新のシューズが届きました。
求めていた“適度な硬さ”は…。

井上大仁選手
「自分の意見がかなり反映され、作ってもらってます。
新しい、かっこいいものをもらった子が、ちょっとテンションあがって楽しくなっちゃうみたいな感じですね。
自分をサポートしてくれる人たちが、夢を見られるような走りができればとは思ってます。」

井上選手と共に挑んできた開発の日々。
田﨑さんは、その雄姿を祈る思いで見守ります。

田﨑公也さん
「MGCはすごい戦いですけれど、その戦いをいろんな意味で楽しみたいですし、喜びを分かち合いたいと感じています。」

アシックスのほかにも、「ミズノ」は得意とする「短距離用のスパイク」の技術をマラソンに生かす開発を続けるなど、他のメーカーも対抗する動きが出ています。
シューズをめぐる争いは、東京五輪に向けさらに激しくなりそうです。

取材:柿木浩一郎ディレクター(政経国際番組部)

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