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2019年9月13日(金)

関東大震災 知られざる中国人殺傷事件

東京都江東区大島(おおじま)。
毎年、この時期に開かれる追悼式があります。
96年前の関東大震災発生直後、日本人によって殺害された中国人を慰霊するものです。
林伯耀さん・80歳です。
遺族の高齢化が進む中、事件を多くの人に伝えなければと、追悼式を開いてきました。

林伯耀さん
「中国の友人と日本の友人たちと一緒になって、とにかくこの日本の歴史を埋もれさせてはいけない。」

歴史の中に埋もれた事件

1923年9月1日に発生した関東大震災。
当時、大島では、数千にもおよぶ中国人が働いていたとみられています。
ほとんどは、第一次大戦後の好景気の際にやってきた人たちで、景気が後退すると、仕事にあぶれた日本人労働者との間で度々トラブルが起きるようになっていました。
震災発生2日後の9月3日。
大島では日本人労働者や一部の軍人などが、中国人の住む宿舎に押し寄せ、殺害に及んだとされています。
低賃金で働く中国人に対し、風当たりが強まっていた中でのことでした。
震災の半年後、生存者からの聞き取りをもとに、当時の中国政府がまとめた被害者の名簿では、大島周辺で、200名近くが殺害されたと記録されています。
事件に関する資料は、外務省の外交史料館にも残されています。

「9月3日、支那人及び朝鮮人300名乃至400名、銃殺または撲殺せられたり」

当初、日本政府は外交問題になることを恐れ、隠蔽を画策します。
それでも、中国側から被害者の名簿が提出されると、当時の清浦内閣は、慰謝料を支払うことで決着をはかろうとしました。
しかし、その後の日中間の紛争の影響などもあり、事件は公にされず、歴史の中に埋もれていきました。
専門家は、いまの時代だからこそ、当時を見つめ直す意味があると指摘します。

専修大学 小笠原強兼任講師
「当時のような外国人の労働者が結構いま、日本に入ってきていて、日本でお仕事されていて、似たような状況が生まれつつあるのではないかと。
96年前の出来事にもう一度学んで、2度とそういう事件を起こさないようにすることが必要ではないかと思っています。」

今後事件をどう伝えて行くのか。
追悼式を主催してきた林さんはいま、被害者の子や孫などのもとに、足を運び続けています。

この日は、当時重傷を負った中国人の孫にあたる女性を訪ね、事件について伝えました。
林さんは、事件とつながる人たちが過去を知り、今後、語り継いでいってくれることを願っています。
別れ際、林さんが呼びかけました。

林伯耀さん
「私たちは、震災の追悼会をやって、うらみを掘り起こすんじゃなくて、もう二度とこういうことがないように訴えたいと思っています。」

そして追悼式。
日中の関係者、およそ100人が集まりました。

林伯耀さん
「日本のいまの世相は、当時の世相と似てきてはいないだろうか。
さまざまな形の民族差別、排外の言葉が社会の中にじわりと出てきている。
とにかくこの歴史を埋もれさせてはいけない。
必ず次の世代に特に日本の若い人たちにやっぱり知ってもらいたい。」

大震災をきっかけにおこった、中国人殺傷事件。
いま私たちは、そこから何を学ぶのか。
96年前の事件が問いかけています。

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