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2019年8月31日(土)

女優 のんさん インタビュー 初の舞台演劇に挑戦!

新井
「おはよう日本の新井です。」

女優 のんさん
「のんです。
よろしくお願いいたします。」


新井
「今回の舞台、渡辺えりさんからのオファーだったそうですが、なんて声をかけられたんですか?」

のんさん
「えりさんから『一緒にやろうよ』と言ってくださって。
前々から『舞台に興味ないの?』とお話ししてくださってて。
今回が、やっとかなったという感じですね。
『うちの舞台にあってると思う』『すごい中性的なところが希有な存在だ』と。
『男の子にも女の子にも見える、性別が関係ない感じがする』と言っていただいて。
今回の舞台が、まさに時代も性別も超えて3人で30役を演じるという舞台なので、『まさにぴったりだ』と言っていただきました。
1人10役ずつやってます。」

新井
「舞台の魅力は?

のんさん
「私の中では、すごく新鮮な作品なんですよね。
時空を超えて、どの時間軸で動いているのか、見ているほうからも飛び越えて飛び越えてストーリーが進んでいくので。
初めて見たという感じで。
すごく悪夢のようにもとれる場面がめまぐるしく展開されていくので。
見てて自分の目に新しく映ったというか。
そういうところを面白いと思う人と、考え込んじゃう方と両方いると思うんですけど、私は面白いと思った派だったので、えりさんの作品性ともリンクしたかなと思いますね。
私はすごく心を打たれました。」

舞台独特の難しさ

新井
「テレビで演じるのと、舞台で演じるのは違いますか?」

のんさん
「まったく違いますね。
(テレビでは)カメラの構図の中に収まるにはと普段は考えていて、アップとか引きとか、どう切り取るか監督がチョイスしていくものだと思うんですけど。
舞台だと、箱の中のどこを切り取ってみるというのが、お客様みんなにゆだねられる。
全方位から捉えられているのが、感覚として難しいというのはありますね。
カットを割っていくテンポとか、時間の流れを役者自身が一人一人つないでいかないといけないので。
それは大変だなと感じています。
舞台は役者のもので、映像は監督のものだとよく聞いていたりしたんですけど、舞台は役者のものってこういうことなんだと、あせりと楽しさを感じています。
舞台は役者の主体性が問われるお仕事だなと思いましたね。」

新井
「自分が作り手ということ?」

のんさん
「舞台をどう使うかみたいな。
自分自身もですし、もっと周りの人もあわせて、自分自身とみんなで箱の中のものを作り上げていくみたいな感覚がより強いです。」

新井
「実際に舞台をやってみてどうでしょうか?」

のんさん
「えりさんと小日向さんというすばらしい役者さんとやらないといけないので、頑張ってついていかなきゃという、そこのプレッシャーもあります。
えりさんとか小日向さんを見てると演じている中でたたずまいとかかもし出す空気とか存在感がものすごく毎回会場全体を包み込むほどのものを感じるので。
私もこんなふうになりたいなとすごく思いますね。
自分のいたらない部分があるなと日々見つけて、どうやったらいいんだろうと悩む毎日なんですが。
お二人と一緒に舞台に立たせてもらって、自分自身の存在も見た人の心の中に強く残せるように演じられたらいいなというのが最終目標としてありますね。
初舞台なので、自分の存在の仕方というのが、もっともっとつかめていけるようにならないとなというのがすごく感じてます。」

新井
「お二人、存在感ありますものね。」

のんさん
「飲みこまれないようにしないとなぁという感じですね。」

新井
「つらさよりも楽しさのほうが上回っている?」

のんさん
「大変だし苦労もたくさんあるんですけど、やっぱり本番が大好きなので、本番で失敗したりとか、もっとこうすれば良かったというのは膨大に出てくるんですけど。
やはりお客さんの前で小日向さんとえりさんと演技できるのってこんな楽しいことはないなって思いながら、毎公演を踏ませていただいてますね。
楽しいことは楽しいです。
むちゃくちゃ楽しいですけど、その公演ごとに記録で撮っているビデオをあとからチェックして、ああ、こんなだったんだ…って。
もっとできていると思ってたのに、がっかり感というか。
小日向さんすごいな、えりさんすばらしいなとか思いながら、自分でもきょうはいい感じだったなと手応えを感じる日もあります。
そして後からビデオで見て、あ、まだまだだなと気持ちを引き締めるというサイクルでやってます。」

新井
「舞台って何かウソがつけない。
自身がさらけ出す場所に?舞台ならではの怖さとか?」

のんさん
「怖さと楽しさは紙一重だと思います。
私は稽古の日々が恐怖だった。
自分がどうしたらいいんだろうとか、自分が作り上げられるのかみたいな怖さみたいなのを毎日感じていたんですけど、いったん舞台が開けてしまうとやるしかないので。
そこの恐怖から逃れられたかな。」

新井
「舞台では、差別や偏見、格差といった強い者が弱い者を支配する世界が描かれていますが?」

のんさん
「本を読み解いていくのが大変で。
あんまり気持ちのいいものではない。
差別する心というのは悪いことだなと認識してますね。
すごく難しい問題ですよね。
そこに甘んじている人もいるし、私みたいに自分の意思が強いと、自分自身が作り出していきたい気持ちが強かったりするので、人それぞれだと思いますよね。
強者、弱者が好きな方もいるんですよね。
そこが好きじゃない人、どっちでもいいという人もいるし、それによって戦争とか起こったりすることにはよくないですね。
今回の『私の恋人』に関しては、強者と弱者の関係性みたいなことにも迫っているんですけど、『一人一人の人間が“個”であるべき。みんなが一人一人を尊重しあう。血の流れる人間なんだから』というえりさんのメッセージが込められています。」

新井
「この難解な舞台を乗り越えるのに、自身の演技では『人の弱さ』を知ることにこだわっているという。」

のんさん
「それは一番大切にしていますね。
役をどう捉えるかという部分で、キャラクターとか人から見た役のアプローチというのも洗い出すんですけど、その人の痛みとなる部分、その人が人から触れられたくない部分ってどこだろうというのは、ぜったいに見つけるようにしてますね。
人はみんな痛みをもっていて、それが重いものかどうかはわからないけど、一人一人の重さを持った痛みがある中で、明るいキャラクターであったり、ひきこもりのキャラクターが形成されていく。
そこがわかってくると、ここはもしかして、から元気で明るくしているんじゃないかとか、この痛みがあるからこの喜びが強いんじゃないかとか、こんなことで悲しくなっちゃうんだとか、こういうふうに突きつけられるのが一番怖いんだろうなとか。
痛みを感じると、役にのめりこむことができるというか。

その人の気持ち、痛みの部分がわかると作品を面白く見られるというのを感じているので。
大事にしてますね。
今回、私の恋人の中で、主人公の井上ユウスケ(のんさん)が話すせりふの中に、『血だ、血脈だとそんなこと言っているから殺りくがやまないんだ』というセリフがあるんですけど。
人との関係性や血のつながり、家族との愛情っていうのはすごく素敵なもの、大切なものと思うんですが、それに執着すると怖い部分にふれてしまうかもしれない。
ユウスケはそこにとらわれたくないと思っていて、自分の中で私の恋人を探し求めている。
私は『私の恋人』という今回のタイトルがすごく好きで、自分の憧れを、自分の夢を追うことで何者からもとらわれない世界をつくるというのは、すごくそれが人と関わる上でも優しい道になるんじゃないかな。
えりさんに 『私の恋人』をどう捉えているのか聞いたことがあって。
いいもの、悪いもの、どうとらえたらいいのかと聞いたら、えりさんが『自分の妄想の中の人に恋をしているというのはみんなあることじゃない』と。
『だから映画や舞台をつくったりして、そこに空想したものにあこがれて作品をつくっていくわけでしょ』って。
そういうふうに『私の恋人』を追い求めているということは、みんなに共通することだって。
そういうふうに考えると、えりさんにとっては『私の恋人』は舞台なんだとわかったとき、だったら私にとってはなんだろうと。
それはやっぱり演技だったりとか、私はいま、絵を描いたりとか音楽とかやったりしているので、そうやって自分が作ったもの、作り出すすべてのものが『私の恋人』かもしれないなって。
そうすると、自分が作った音楽とか、自分が描いた絵とか自分が生み出した演技というものにあこがれて、こう続けていけていることがつながってきて。
あこがれの気持ちを持つことが、純粋でキラキラしているものだという気がしているので。
そのあこがれを追い求めるということが、強者とか弱者とかとらわれないということなのかなというふうに私は受け取りました。」

新井
「舞台で新たな一歩を踏み出したことで、見える景色は変わりましたか?」

のんさん
「やはり大きな声を出すとか(笑)。
会場のいるすべての人に届くようにせりふを話す。
しゃべり方とか、強弱とか。
すごく学びました。
それがすごく自分のためになっているのも、ひしひしと感じるので。
どんどん良くなったり、悪いところが出てきたりするのが、そういう発見をするのが、自分の中で頑張らなきゃと気合いも入るし楽しいことの作業の一つになってます。」

新井
「女優として成長につながっている?」

のんさん
「そうですね。
使ってこなかった部分というか、より洗練していかなくてはいけないんだなと感じてますね。
もっともっとやれることがあるなということが、どんどん見つかっていくので。
それがすごく面白いです。」

心を支えた被災地の人たち

新井
「今回、岩手の久慈でも公演が行われましたが?」

のんさん
「第二の故郷みたいなので、自分にとっては。
そういう恥ずかしさと安心感があって。
なんかのびのびとした気持ちでいられましたね。」

新井
「被災地に行って、どんなことを思いますか?」

のんさん
「久慈で言うと、台風10号のときにすごい水害、大雨の被害が大きくて畳の上につかまって、それにつかまって脱出したんだというお話とか聞かされていたりしたので。
大震災のときのこともですけど、復興に向けてみなさんが頑張っている中で、私も笑顔をお届けしたいなと思ってはいるんですけど、毎回やっぱりみなさんが『のんちゃん、のんちゃん』って呼んでくださって。

私がのんで活動することになってから初めて『のんちゃん』って街の人が呼んでくれたのが、久慈の岩手のみなさんだったので。
そういう思い入れもすごくありますね。
私がこう元気を持ってみなさんに笑顔になってもらおうと思うんですけど、私のほうが笑顔にさせられているというか。
元気をもらっている、すごくパワーが出るというか。
そういう場所ですね。」

新井
「久慈のみなさんから『のんちゃん』と呼んでもらった時、どんな気持ちでした?」

のんさん
「のんになったこと、みんな知ってくれてるとうれしかったです。
新しいことに挑戦しようと思って、のんでひらがなでおとぼけた名前をつけたんですけど、それを応援してくださる人がいるというのが、たくさんいるというのがうれしかったです。」

新井
「被災地の方のやさしさ、力強さを感じる?」

のんさん
「力強いなと思いますね。
まだ復興が進んでいる中で自分が一番に戻ってきて、お魚屋さんの店主さんに会ったんですけど、自分が戻ることで、みんなが帰ってきやすくなるんじゃないかとお店を開いているかたがいて、かっこいいなと思って、こんなふうに力強くみんなのためという気持ちでその場所で働くというのは勇気がいると想像して、すごいなとあらためて思いましたね。
自分が経験していないこと、知らない恐怖とか喜びとかをもっている方々とお会いするので、その現状を自分が知れるというのは、この日本で生きててテレビのニュースで見ているだけじゃわからないことが肌で感じれるというのは、すごく貴重なことだなと思いますね。」

新井
「そういう経験は自分にとってプラスになる?」

のんさん
「そうですね。
想像したりとか、自分の中でこういうことなのかなって、自分の感情とてらしあわせたりとか。
そういうふうに役を読み解く中で、リアルな人の感情とかっていうのをいろんな人とお会いして感じ取れるというのは、すごく自分の中で生きていると思います。」

新井
「舞台を通じて成長したなと思うところはありますか?」

のんさん
「成長したのかな~。
まだちょっと自分の成長は感じられないんですけど。
とりあえず大きな声がでるようになりました。(笑)
声が小さいほうだといわれてきたんですけど、舞台でいつもみんなに聞こえるように声を張り上げてせりふをつないでいるので、今までよりもっとたくさんの方に届けられるようになったかなって。」

“生きづらさ”感じる子どもたちへ

新井
「最後に、夏休みが終わり新学期を迎えるなかで、いま生きづらさを感じる若者や子どもたちも多いと思います。
そんな子どもたちに、のんさんからメッセージを。」

のんさん
「生きづらさみたいなものは人それぞれかもしれないですけど、私自身は、自分自身がこうしたいと思った気持ちは止められない部分があって、猪突猛進なところがあるので、『楽しむ』というほうを取るようにしてますね。
社会人として生きていく中で、やらなくちゃいけないこととか、ここはおさえとかなきゃいけないことだったり、うまくかわしたりとか、正面から受け取らないようにしたりとか、しなきゃいけないことたくさんあると思うんですけど、でも自分の中で、『私の恋人』を、憧れを追い求めるみたいに自分の大事な部分に自身をもつことが、すごく大事かなと思いますね。
人と関わっていく中で、人とのつながりの大切さだったりとかを学んでいかないといけない部分はあると思うんですけど。
私も感じることもたくさんあるし、ですけど、なかでも自分の信じることとか、自分の“この部分がある”ことによって面白くできるとか明るくできるとか、そういう部分に自信を持つ。
“自分の中にあるんだ”ということに気づくというか。
根拠ない自信を持つということが大事かなと思いますね。」

新井
「でも、そういう自信を持つってことは、大事なこととわかっていても忘れてしまうこともありますよね。」

のんさん
「そういう場合は、自分が生きてることに自信を持つというか。
私も、自分が何者でもないころから自信満々なところがあって、でもすごい泣き虫だったりとか。
だんだん自分の何かというわけではなく、自信を持っている中でなんかちょっと、ふって『(こう)じゃない』ってセンサー働くときがあるというか、わかんなくなっちゃったときは、やっぱ“自分は生きている”ということを誇らしげに、調子に乗っちゃえばいいかなっていうふうに思いますね。」

新井
「調子に乗っちゃうくらいのほうがいい?」

のんさん
「勘違いしちゃうというか。
て思いますけど、なかなか難しいですけどね。
わたしももう、ここから逃げたいと思うくらい恥ずかしくなったりとか。」

新井
「どんなときに?」

のんさん
「演技がうまくいかなかったりとか、『さっきしゃべっちゃったこと、こうなんじゃない』と自分で思い直したりとか。
あの時間をやり直したいとかよく思うので。
ありますよね。
私の場合は、おいしいものを食べて寝ようと思って寝たりとか。
面白い作品とか見たら闘争心がわいてくるので、そういうふうに気をそらしたりしますけど。
やっぱり難しいですよね。
自分でもそういうとき、どうやったら毎回こういう気持ちになっているのに、なんでここから逃れられないんだろう~みたいな状態になることはよくありますけど。
恥ずかしかったり、怒りがとれなかったり…どうしたらいいんですかね…。
やっぱり負けないという気持ちに切り替わると、そこから抜け出せる気がします。」

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