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2019年8月22日(木)

医の原点を学ぶ夏山診療所

天空にそびえる穂高連峰(北アルプス)。
標高3,000メートルの奥穂高岳の山頂近くに、夏山シーズンだけ開かれる小さな診療所があります。
「岐阜大学医学部奥穂高診療所」。
診療所は、毎年7月下旬から1か月間だけ開かれます。
この夏、1人の若い医師が初めてこの診療所を任されることになりました。
担当することになった4日間、何が起きたのでしょうか。

若き医師が挑んだ 夏山診療所

岐阜大学医学部の医療チームが、1泊2日かけて診療所まで登ってきました。
メンバーは医師や看護師、薬剤師、学生からなる5人です。
全員ボランティアで参加しています。
これから4日間、前のチームと交代して、診療所を任されます。
このチームで唯一の医師は研修医の大野慎也さん、26歳です。
ふだんは、大学病院でベテラン医師の指導のもと研修医として学んでいるため、自らの判断が問われる現場は初めてとなります。

診療スペースは6畳一間で、器具や薬も最低限です。
1人目の患者は、1日で1,500メートルを登り、山頂から下りてきたという60代の女性。
「頭がズキンズキンする」と症状を訴えています。
大野さんは診察しながら、患者が高山病になっていると考えました。
しかし、実際に高山病の患者を診るのは初めてのこと。
症状が重い場合、命に関わることがありますが、ここでは精密検査ができるような設備はなく、自分の目と耳で対応を考えなければなりません。
患者が自分で下山できない場合には、ドクターヘリを要請する時もあります。
幸い、患者の容体は軽く、大野さんは平衡感覚に異常がないか、患者がまっすぐに歩けるかどうかを確認しました。
まっすぐ歩けることを確認した大野さんは、「高山病の軽度の症状」と診断しました。
ところが、診察を終えると、大野さんは、ベテランの看護師から、思わぬ指摘を受けました。
診察のあと、患者が山を下りるのか、上るのか、予定をきちんと確認すべきだった、という指摘です。
高山病は、標高が高くなると症状が悪化することがあるため、念のため、下山することを確認しておくべきでした。

医師 大野慎也さん
「高山病を初めて僕自身が診たので、聞きそびれたことがありました。
次からの反省点として、しっかりちゃんと全体的に聞き取るようにしなければ。」

年々登山者が増え続けている穂高連峰。
特に中高年の登山客が増えています。
昭和33年の開所から61年続く「奥穂高診療所」はその役割を増しています。
登山の経験があるなしにかかわらず、医療の原点に立ち返れる場として、医師や学生らが自らを鍛えようと自主的に参加しています。
外科医を志している大野さんも研修医最後の今年(2019年)、もう一歩成長したいと志願しました。

診察2日目には5人の患者が訪れました。
なかには80歳代の女性も。
高山病だけでなく、目の痛みを訴える人や足をケガした人など、さまざまな患者の対応をしました。
この日は発熱とめまいを訴える男性がやってきました。
大野さん、まずは高山病の症状がないか調べるため、昨日と今日、何を食べたかを確認しました。
食欲はあるため、高山病ではなさそうです。
ならば、発熱とめまいの原因は何か。
虫刺されからくる感染症ではないか調べます。
腕や足などに虫刺されの跡はないか、くまなく診ます。
次には、内臓の疾患を考えましたが、血液検査やCTスキャンなどの精密検査の設備がないため、内臓の腫れがないか、おなかや背中を丁寧に触っていきます。
ここでは触診だけが頼りなのです。
しかし、発熱以外に症状が見受けられないため、「熱中症」と診断し、水分と休息をとることをすすめ、念のため解熱剤を処方しました。
大野さんたちと交代する次のチームがやってきました。
引き継ぐのはベテランの医師、医学部長の岩間亨さん、60歳です。
引き継ぎの席で岩間さんが若い医師たちに向けて、この診療所で診察する意義を語りました。

岐阜大学 医学部長 岩間亨さん
「今の先生たちは、自分の専門の事は一生懸命、所見を持ってやるけど、自分の専門じゃないと自分で診ないことがあるじゃない。
でも、ここでは何の設備もないので、自分で話を聞いて、診察して、自分ですべてを診るでしょ。
結局は実際に患者さんを診て、自分で所見をとるというのが一番大事。」

その話を聞いていた学生が、「私たちは何を信じればいいでしょう」と岩間さんに問いました。
「自分の目」とひと言。
この言葉に大野さんは、『患者とまっすぐ向き合うことが医療の原点だ』と、改めて感じたと言います。

医師 大野慎也さん
「(ふだんの病院では)採血すればいいや、最悪CTをとればいいかとか考えますが、ここではそういうことができないので、緊張感が違いました。
何気ない患者さんの言葉が、容体に関わることを言っていることもあるので、コミュニケーションが大事で、身体所見とかをしっかりやっていかなければいけないと思いました。」

医師として、成長の手応えを感じた大野さん。
今後、医師としての人生を支える忘れられない4日間となったようです。

こうした診療所は全国に22か所あり、いずれも大学の医学部の医師や学生らのボランティアで運営されています。
大きな病院とは違い、設備も限られていて、医療者の技量が問われます。
そのため、医療を学ぶ人たちにとって貴重な経験の場となっているということです。

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