これまでの放送

2019年7月29日(月)

身近に潜む危険 用水路事故

農業用水や生活排水が流れる用水路。
農村地域だけではなく、住宅地にも張り巡らされています。
この用水路に転落する事故が、全国で相次いでいます。




自宅前で孫とバドミントンをしていて用水路に転落した男性
「この辺が血だらけになった。
血が流れた、額から。」

長岡技術科学大学大学院 斎藤秀俊教授
「用水路があるということも風景そのもの。
まったく危険性を考えないし、忘れてしまう。」

死にも至る用水路への転落事故。
しかし、NHKの調査で、その多くが見過ごされてきたことが分かってきました。

用水路事故の実態 死傷者約2,000人

警察庁が各都道府県警察を通じてまとめた事故の件数の中で、特に死亡事故が多かった15の道府県では去年(2018年)、用水路で死亡した人は47人、けがをした人は7人でした。
しかし、NHKが用水路や側溝への転落事故などで出動した事例を消防に取材し、けがの程度、事故が発生した状況について独自にまとめまた結果、この15の道府県で去年、死亡した人は少なくとも154人、けがをした人は1,800人余りに上ることが明らかになりました。
これは、警察庁の統計に比べて、死者数は3倍以上、けが人の数は260倍にのぼります。

いったいなぜなのか、現場を取材しました。
富山県南砺市に住む宮西厚子(みやにし・あつこ)さんが用水路に転落したのは、去年3月。
いつもの道で犬の散歩していた時のことでした。

宮西さんは意識を失い、およそ70メートルにわたって流されました。
意識を取り戻したのは、流れが緩やかになった暗きょの中。
差し込んでいた光を頼りに腹ばいに進んで脱出し、救急車で搬送されました。

ひたいを20センチにわたり負傷。
骨が露出するほどの大けがでしたが、この事故は救急車の出動記録に残っただけでした。
なぜ、警察には把握されていなかったのか。
そもそも警察は「用水路事故」というカテゴリーで統計をとっていません。

用水路で溺れて死亡したケースに限って「水難事故」として記録されます。
しかし、宮西さんのように頭を強く打った事故は統計に含まれず、自転車や車で落ちた場合は交通事故として処理されることもあります。
消防は、救助で出動した記録は残しますが、やはり「用水路事故」という統計はとっていません。

専門家は、全国で事故が相次いでいるにも関わらず全容が分からない状況に警鐘を鳴らしています。

長岡技術科学大学大学院 斎藤秀俊教授
「正直言って、何が起こっているか、誰も分からないんですね。
事故の対策を行うためには、やはり『実態把握』が大変重要ですので、まずここをきちんとやるということが重要だと思います。」

このように「交通事故」や「火事」などに比べ、まだまだ「用水路事故」はその危険性が認識されているとは言えません。
対策のヒントとなるのが、全国でも用水路事故が多い岡山県の取り組みです。
行政が旗振り役となって、消防の出動記録をすべて取り寄せ、詳しく分析しました。
すると、歩道の先に用水路が落とし穴のように現れる場所や、カーブの先に用水路がある場所など、事故が多く起きている危険箇所が分かったのです。

岡山県の中でも、さらに踏み込んだ対策を進めているのが、市内におよそ4,000キロの用水路を抱える岡山市です。
新たにガードレールを設置した用水路です。

道路幅が急に狭くなるうえ、夜は街灯がないため転落するおそれが高いと判断しました。
至るところに張り巡らされた用水路の危険をどう防ぐのか。
市は消防のデータだけでなく、町内会からも情報を収集。
危険だと指摘された場所は、職員が直接視察します。
そして、道路の構造や防止柵の有無などをもとに、危険性を点数で評価。
50点評価で、20点を超える場所は対策が必要と見なします。
この現場は28点、危険性が高いと判断されました。

岡山市道路港湾管理課 大林弘明課長
「すべての用水路に防護柵を設置するのはなかなか難しいので、危険なところを優先順位をつけて、効果が上がるよう実施するということで、今は対策を実施しています。」

用水路の管理者は、農家で作る団体や市町村など、さまざまです。
国も平成29年度に対策費用の一部を補助する制度を作りましたが、フタや柵を設置する際、農家や市町村の費用負担は避けられません。
専門家も用水路の転落事故は、自宅近くの見慣れた道で多く起きているため、実態把握や優先順位をつけた対策だけでなく、交通安全キャンペーンのような啓発活動も重要だと指摘しています。

悲惨な事故を繰り返さないためには、私たちひとりひとりがその危険性を認識し、事故のリスクに注意を向けていくことが必要です。

(NHK用水路事故取材班:佐伯麻里、中谷圭佑、武田千秋、目見田健)

【関連リンク】
「なぜ? 小さな用水路で死亡事故」

Page Top