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2019年7月19日(金)

リオを盛り上げた“難民選手団” TOKYOを目指す思い

2016年のリオデジャネイロオリンピックで初めて結成された「難民選手団」。
紛争や迫害などによって母国を追われた10名の選手たちが活躍しました。
その1人が男子マラソンに参加したエチオピア出身のヨナス・キンデ選手です。
来年(2020年)開催される東京大会でも結成が決まっている「難民選手団」の一員になりたいと、オリンピックの舞台を再び目指しています。

TOKYOを目指す“難民ランナー”

ヨナス・キンデさん(39)は、祖国から遠く離れたヨーロッパのルクセンブルクで、走り込みを続けています。
母国エチオピアでは、1万メートルの選手として活躍し、将来を期待される有望なランナーでした。

難民になったのは、当時あった祖国の不安定な政情のためでした。
エチオピアは、政治活動をする人やジャーナリストなどへの言論統制が厳しい国とされ、国際的な人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は去年(2018年)、反政府活動をしたなどの理由で、不当に逮捕された人は、1年間に2万6,000人に上ったと発表しました。
ヨナスさんも7年前に政治活動に参加したことで、刑務所に収監され、拷問を受けました。
出所後もたびたび命の危険を感じたため、国を出ることを決意しました。

エチオピア出身 ヨナス・キンデさん
「国を出ることは最後の決断でした。
もちろん私は祖国を愛しています。
望んで難民になったわけではありません。」

家族とは、7年間会えていません。
危険が及ぶことを心配して、人前で、家族や祖国のことを話すこともほとんどありません。
ルクセンブルクで、安定した仕事に就くこともできず、行政の支援に頼る生活が続いています。

定期的に教会に通うヨナスさん。
身にまとっているのはふるさとの姉から送られた礼服です。
この教会にはエチオピアや、その周辺の地域から来た人たちが数多く集まります。
祖国では、家族とともに教会に通いました。

エチオピア出身 ヨナス・キンデさん
「家族が健康で平和で暮らせるように。
いつか家族と再会できるように、と祈っています。」

ふるさとを追われた人たちと話をする度に、いたたまれない気持ちになります。

エチオピア出身 ヨナス・キンデさん
「6,500万人が世界中に離散しています。
それを考えると、僕はすごく……(声がつまる)私たちは人間です。
同じ人間として難民のことを考えていくべきなのです。」

苦しい中でも、ヨナスさんは走ることを諦めていません。

多くのメダリストを生みだしたマラソン大国エチオピア。
人々にとって、走ることは誇りです。

ヨナス・キンデさん
「エチオピアでは走ることができれば、生き抜くことができると言います。
42kmを走りきったら、自信につながります。
そうすれば、どんな困難にも立ち向かうことができると考えています。」

来年、40歳になるヨナスさん。
再びオリンピックの舞台に立つのは簡単ではありません。
それでも東京大会を目指す特別な理由があります。

同じエチオピア出身のアベベ選手が偉業を成し遂げた地だからです。
「裸足のアベベ」で有名な祖国の英雄は、1964年の東京オリンピックで、マラソン史上初の連覇を果たしました。
伝説を作ったアベベ選手のように、不屈の精神で走り切ることで、離ればなれとなった家族、そして困難の中にある多くの難民たちに勇気を与えたいとヨナスさんは願っています。

エチオピア出身 ヨナス・キンデさん
「アベベ選手は靴なしで完走しました。
靴のある私は良い結果を出さなくてはなりません。
難民も、チャンスさえあれば大きな成果を挙げることができるのです。
若い難民にその道を示すことも大切です。」

IOC=国際オリンピック委員会は、難民選手団の候補37人を発表していて、ヨナスさんは、その1人に選ばれています。
最終的に「難民選手団」の代表選手が決まるのは、来年6月めどになる見通しで、ヨナスさんは、ヨーロッパの国際大会に出場し、実績を積みながらオリンピックを目指しています。

取材:国際番組部ディレクター
   飯野真理子

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