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2019年4月19日(金)

第五福竜丸展示館 世界に核廃絶を訴える

和久田
「東京オリンピック・パラリンピックを前に関連施設の建設が続く、東京のベイエリアです。
今後、多くの集客が見込まれる競技会場のすぐ隣に、今月(4月)世界に向けた、あるメッセージが込められた、東京都の展示館がリニューアル・オープンしました。
館内に展示されているのは、65年前、核実験によって被ばくした漁船『第五福竜丸』。
そして、世界各地で繰り返されてきた核実験の被害を伝える資料です。」

高瀬
「世界中からやってくる人々に、この展示館を訪れてもらいたい。
生まれ変わった展示館には、核廃絶を願う人々の思いが込められています。」

核兵器の悲惨さを今に伝える 第五福竜丸

リポート:田中志穂

江東区の埋め立て地にある「第五福竜丸展示館」です。
第五福竜丸の船体は、被ばくから13年後、この埋め立て地に捨てられていました。
船体の保存を目的に作られたのが、この展示館です。
1954年3月1日、南太平洋でマグロ漁の操業中に水爆実験に遭遇した第五福竜丸。
乗組員23人が被ばくし、激しい下痢などの症状で長い入院生活を余儀なくされます。
広く知られるようになった放射能の脅威。
第五福竜丸は、大きな反核運動に発展するきっかけとなったのです。

被ばくした船体。
核兵器による悲惨な被害の実態を今に伝えています。

事件が風化する危機感

長年、この展示館の運営に携わってきた、安田和也さんです。
事件が風化する危機感を募らせてきました。
かつては年間30万人以上だった来場者が、最近では3分の1に減っているからです。

展示館 主任学芸員 安田和也さん
「65年前というと本当に遠い昔、イメージがわかない。
ここからの働きかけをやっていかないと、黙っていて人が来るということはない。」

外国語を加えた展示物を新たに用意

東京オリンピック・パラリンピックの開催を前に、リニューアルした展示館。

安田さんたちが新たに用意したのが、外国語を加えた展示物です。
広島、長崎だけではない、核兵器による被ばくの歴史を、外国の人々にも広く伝える狙いです。

アメリカ人観光客
「これが乗組員ですか?」

案内人
「23人が乗船していました。」

アメリカ人観光客
「年齢は?」

案内人
「平均24〜25歳、若者でした。」

アメリカ人観光客
「アメリカ人の多くは(第五福竜丸を)知りません。
この話を持ち帰り、多くの人と共有したい。」

「亡くなった仲間たちの分まで悲劇を伝えていく」

もう一つ、安田さんたちがこだわったのが、元乗組員の”肉声”です。

元乗組員 大石又七さん
「だんだん1人ずつ亡くなっていく。
本当に怖かった。
自分にいつ、それが来るのか心配があった。」

被ばくした人々の生々しい証言に、直接触れてもらおうという考えです。

安田さんたちの要請にこたえ、辛い体験を語った元乗組員の大石又七さんです。
被ばくしたのは、20歳の時。
以来、肝臓ガンや肺腫瘍などに苦しみ続けてきました。
7年前に脳出血で倒れて以来、会話も難しくなってきています。

元乗組員 大石又七さん
「自分が死ぬまでは、要望のあるところに行って伝えようという気持ち。
続くところまでやらなきゃいけない。」

今、大石さんを突き動かすのは、仲間たちの死です。
23人の元乗組員のうち、生存しているのは今では4人だけです。
「亡くなっていった仲間たちの分まで、この悲劇を伝えていく」。
大石さんの覚悟です。

元乗組員 大石又七さん
「人間は本当に忘れるということが非常に怖い。
何かが起こるかもしれない。
起こったら、それこそ大変なことになる。
私は言い続けるつもり。」

世界に核廃絶を訴える新たな拠点

今も続く核の脅威。
ここを、核の廃絶を世界に向けて訴える新たな拠点にしたい。
再出発した展示館には、多くの人々のそうした願いが込められています。

展示館 主任学芸員 安田和也さん
「核兵器の問題は、日本だけの問題ではない。
むしろ世界の問題。
世界で起こってきた、いろいろなことにつながる入り口としての第五福竜丸展示館だと思う。」

和久田
「オリンピック・パラリンピックの開催まで、あと1年余り。
安田さんたちは、展示を伝える外国の言語を増やしていくなど、より多くの人に見てもらえるよう、取り組みを広げていきたいということです。」

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