これまでの放送

2019年1月10日(木)

新春インタビュー 外国人を迎える日本へ

高瀬
「『新春インタビュー』です。
改正出入国管理法が成立し、今年(2019年)から多くの外国人が日本にやってきて、働き、そして生活していくことになります。
そうした中で、皆さんに是非知ってほしい現実があります。」

“命を救う” 医療通訳

都内にある通訳会社です。
困っている外国人と、消防や区役所などとの間を電話による通訳でつないでいます。
13カ国語に対応しています。

今回、インタビューするのは、カブレホス・セサルさん。
日系3世のペルー人です。
セサルさんは、この会社で「医療通訳」の業務を立ち上げました。

(通訳→外国人)
「アレルギーはありますか?
大豆アレルギーですね。」

(通訳→医師)
「大豆へのアレルギーをもっています。」

医療通訳は、外国人が病院に訪れた時、病院からの要請を受けて行います。

特に必要とされるのが、救急車で運ばれるなど緊急性の高いケースです。
痛みに苦しむ患者やその家族から、詳細に症状を聞き出し、正確に医師に伝えることが求められます。

高瀬
「医療通訳をする上で、一番大事にしていることは?」

日系3世 ペルー人 カブレホス・セサルさん
「“人の命を通訳で助けられる”という心を持ってやることが、大きなポイント。」

高瀬
「多言語が話せるだけではダメですか?」

日系3世 ペルー人 カブレホス・セサルさん
「コミュニケーション能力が必要だと思います。
(患者から)情報をうまく引き出したり、伝える。
会話の内容を理解して、どう伝えるかというスキルも必要。
外国人がスムーズにサービスを受けられるようにしたい。」

医療通訳の現実

セサルさんが医療通訳の普及に力を注ぐ背景には、子どものころのつらい記憶があります。
セサルさんが日本に来たのは、1990年。
出入国管理法が改正され、日系3世まで在留資格が認められた時でした。

働きづめで日本語を学ぶ時間のない大人たちに代わり通訳を担ってきたのは、地元の学校に通い日本語を覚えた子どもたちでした。

高瀬
「来日してすぐ医療通訳をすることになって、印象に残っている現場はありますか?」

日系3世 ペルー人 カブレホス・セサルさん
「がんの告知、小学校の子ども2人を残していくお母さんに対しての告知。
目の前で亡くなっていく16歳の男の子の親に『もうこれ以上できることはないので、最期のお別れを』という通訳。」

高瀬
「それを、まだ10代とか?」

日系3世 ペルー人 カブレホス・セサルさん
「高校生のときです。」

高瀬
「つらくなかったですか?」

日系3世 ペルー人 カブレホス・セサルさん
「つらいです。
何があっても、私の記憶から消えることはない。
他の外国人の子どもたちにさせるべきではない。」

これからの日本に求めること

来日からおよそ30年。
今、日本は、再び多くの外国人を受け入れようとしてますが、セサルさんが心配しているのは、当時と状況があまり変わっていないことだといいます。

日系3世 ペルー人 カブレホス・セサルさん
「“労働力”ではなく“人”を取り入れるという考えでいてほしい。
“労働力”ではなく“人”。
日本人が日本で生活していく中で受けられるサービスを、外国人も受けられるような体制作りが必要。」

忘れないで 災害時の外国人のこと

今年(2019年)、セサルさんが力を入れていこうと考えているのは、災害時の外国人の支援です。
去年(2018年)も頻発した災害。
行政による支援が全く追いついていないところも多く、災害のたびに、多くの外国人がどうしたらいいのか、戸惑っていました。

セサルさんは、災害支援のNPOに協力を仰ぎ、もっと通訳のサービスを活用してもらえないか、検討を重ねています。

高瀬
「災害の時、命を守るための呼びかけや情報提供をする際、さまざまな外国語で伝えてほしいというニーズが、NHKにも来ています。」

日系3世 ペルー人 カブレホス・セサルさん
「『どこに行けばいいかわからない』『どこにみんなが逃げるんだろう』という思いを聞いた時、我々のサービスがあったなら。
通訳の仕組みなどを作っていく必要がある。
今まで得られた経験をどれだけ広げていけるか。
国・ボランティアなどに広げていけるかを考えながら行動していきたい。」

外国人が日本語を学べる環境を

和久田
「命の瀬戸際の重い負担を子どもたちが背負ってきたわけですよね。
その現実を早く改善しないといけませんね。」

高瀬
「セサルさんは、外国人が日本にやってくるのは、なにもこの春が初めてではないわけですので、これまでに直面した課題や乗り越えてきた経験をもっと学んで生かしてほしいと話していました。
通訳の普及も大事ですが、外国人が日本語を学ぶための環境を整えるべきことも大事だと話していました。」

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