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2018年12月14日(金)

平成30年の歩み 日本企業はどう変わったか

「♪24時間、戦えますか」

平成元年にはやったこの曲。
モーレツな働き方は、日本のサラリーマンの代名詞でした。
しかし、バブル経済は崩壊。
金融機関の破綻が相次ぎました。
日本企業は円高や海外勢におされ、次第に競争力を失っていったのです。

平成元年はトップ50に日本企業32社

高瀬
「今週シリーズでお伝えしている平成史。
今日(14日)は『おはビズ』豊永キャスターと、日本企業の課題を探ります。」

和久田
「確かに何といってもバブル崩壊、そして円高。
平成って日本企業にとって厳しい時代だったんですね。」

豊永
「こちらの世界の企業の時価総額ランキングを出してみます。
赤が日本企業で、青は外国企業ですが、平成元年はトップ50に日本企業32社もランクインしているんですね。
1位は日本興業銀行。
それが今、どうなっているかというと、アップルやマイクロソフトなど、アメリカ勢が目立ちます。
日本企業はずっと下にいきますと、44位にトヨタ1社だけという。」


高瀬
「1社だけですか。
これはちょっとさみしいですね。」

和久田
「衝撃的ですね。」

豊永
「平成の30年間で日本企業はどう変わっていったのかを見てみたいと思います。」

時代に合わせた組織のあり方

報告:加藤陽平記者(経済部)

日本を代表する大手電機メーカー、日立製作所です。
平成3年に入社した野明俊道さん、51歳。
企業向けにITを活用し、課題解決のサービスを提供する部署に勤めています。
入社当時、日立では、工場ごとに独立した経営を行っていました。
組織の団結力は高まりましたが、違う部署や工場との連携はほとんどなく、時代の変化に対応できなくなっていきました。

日立製作所 IoT・クラウドサービス事業部 野明俊道副事業部長
「『縦割り感』は強かったので、まったく応用がきかないというか、横の連携にちゅうちょしてしまうところもあり、そこがだんだん弊害になっていった。」

  

さらに、経営判断の遅れも業績低迷につながりました。
電機メーカーの顔ともいえる、テレビ。
日立にとって、プラズマテレビは技術力を結集した製品だけに開発に巨額の資金を投じてきました。
しかし、海外メーカーとの価格競争が激化したうえに、液晶テレビが優位となり、採算が悪化。
プラズマパネルの生産から撤退したのは、平成21年になってからでした。
その年の3月期決算では、リーマンショックによって、当時、日本の製造業で最大となる、7,800億円を超える赤字に陥ったのです。

その後日立の社長に就任し、経営の再建に当たったのが、経団連会長の中西宏明さんです。

2010〜2014年 日立製作所社長 中西宏明経団連会長
「成功体験がありすぎたんでしょう。
それに経営陣が引きずられた。
過去に会社を盛り上げた、いくつもの事業を簡単にあきらめきれないという状態がすごく長かった。
『これはやめる』とか、決断ができなかった時代が、そのまま低迷になっていって、次々、結局みんなあきらめていった。」


日立はいま、組織のあり方を大きく見直しています。
縦割り主義から脱却するため、組織横断的な部門を新設。
「柔軟で新しい発想」がうまれやすい環境を整えようとしています。
平成3年に日立で働き始めた野明さん。
当時ならば会うこともなかった他部門の担当者とも、いまでは頻繁に議論を交わすようになったといいます。

日立製作所 IoT・クラウドサービス事業部 野明俊道副事業部長
「昔は彼らも自分たちの製品さえ売ってればビジネスが成り立っていたが、(今は)ITとつながらないといけないので、すぐ相談が来る。
(昔とは)大きく変わっていると思います。」

日本企業の競争力低下の要因

高瀬
「私も思い出を抱きしめて生きているタイプですので、過去にいい経験があるとどうしてもそれに引きずられてしまうのも分かる気がするんですが。」

豊永
「日本企業に共通する競争力低下の要因としては、

・縦割りの組織構造
・年功序列終身雇用といった日本型雇用システム
・意思決定の遅さ

こういうことが言われるわけなんですよね。」

和久田
「いよいよ変わらざるを得ないという時代に入ってくるということだと思うのですが、日本企業、どう変わっていけばいいのでしょうか。」

豊永
「そのヒントを次に見てみたいと思います。」

多様な人材・独自の人事制度

報告:猪俣英俊記者(経済部)

フリマアプリ大手のメルカリです。
創業から、わずか5年で売上高は370億円を突破しました。
急成長を支えるのは、世界31か国から採用した多様な人材。
そして、独自の人事制度です。
給与は個人の能力やどのような成果をあげたかによって決まる「絶対評価」。
勤続年数や年齢は一切関係ありません。

入社一年目の社員
「(1年目だから)この仕事しかできないということはない。
全員が対等にプロフェッショナルとして働くという意識が社員に浸透していると思います。」


フリマアプリを入り口に、自転車のシェア、旅行事業、金融にいたるまで、次々と新しいビジネスが立ち上がっています。

メルカリ 小泉文明社長
「スピードが命というところがあるので、会社組織をどうスリムにしてどう情報がシェアされて、みんなが自分事として会社の意志決定に関与できるかが大事。」

変化に対応 副業の解禁

社員の発想力を高めようとする企業も。
大阪に本社があるロート製薬は、副業を解禁しました。
この会社は事業の多角化を積極的に進めています。
今や、売り上げの8割が目薬以外の分野です。
副業の経験が、新規事業をうみだす原動力になると会社では期待しているのです。

食品の衛生管理を担当している市橋健さんです。
主に週末に取り組んでいるのは、クラフトビールの製造販売。
製造だけでなく、財務や法律など経営に関わる知識も日々学んでいます。
副業で得た経験を、将来は新規事業の立ち上げにつなげたいと考えています。

ロート製薬 市橋健さん
「(副業の経験は)本業にプラスなことだと思いますし、自分の成長にもプラスだと思うので、そういう働き方・生き方をしていきたいと思います。」*


ロート製薬 人事総務部 山本明子副部長
「一律な人ではやっていけないですし、変化にどんどん対応できる社員・個人が集まらないと、企業も変革に対応できない。」

アイデアを企業の成長につなげる

高瀬
「今後もどんどん変わっていく、その変化に対応する人材であってほしい、だから副業も認めると。
休みはあるんですかね。」

和久田
「忙しそうでもありましたね。」

豊永
「経団連も先月(11月)『Society5.0』という提言を出して、変わることの大切さを訴えています。」

経団連 中西宏明会長
「イノベーションの挑戦をやろうとしているわけなので、いろいろな人が集まってきて、そこで切磋琢磨(せっさたくま)できる環境をつくるのは、経営者としていちばん大事な仕事だと思います。」


和久田
「多種多様な人を受け入れて、今こそ自由闊達に次々とアイデアを生んで、企業の成長につなげるということですね。」

豊永
「そういうことなんですね。
平成の次の時代、働く人の個性を大事にする経営というのが、生き残りのカギになるように思います。」

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