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2017年12月20日(水)

子どもへの期待 なぜ虐待に?

高瀬
「今年(2017年)9月に出版され、増版を重ねている本があります。」

和久田
「タイトルは『父の逸脱』。
教育熱心な家庭で、親が子どもに過剰な期待を寄せたことから、虐待が生まれていった状況を描いています。
実はこちら、5年前にフランスで出版され、10万部以上売れて大きな反響を呼んだ本です。
なぜ多くの支持を集めているのか、取材しました。」

裕福な家庭の子 「虐待」は発見しづらい

リポート:古山彰子記者(国際部)

本の著者、セリーヌ・ラファエルさんです。
子どもの時、ピアノの練習をする中で、父親から虐待を受けました。

セリーヌ・ラファエルさん
「小さい頃、ピアノが大嫌いだった。
私にとってすべての悪の原因だった。」

フランス中部の裕福な家庭に生まれたセリーヌさん。
父親は街で有名な企業の幹部でした。
父親の勧めでピアノを始めたのは、2歳半の時。
みるみる上達し、数々の国際的なコンクールで優勝。
父親は「一流のピアニストに育てる」と決意しました。
しかし、その期待は次第にセリーヌさんを苦しめるようになります。
著書の中で、その様子が克明に描かれています。

“私は何度もたたかれた。
ピアノのある部屋に閉じ込められた。
練習に集中していないと父が判断すると、トイレにさえ行かせてもらえなかった。
父はオルゴールをわしづかみにすると、思い切り床にたたきつけた。
オルゴールの箱は、ピエロもろとも砕け散った。
それはまるで私自身のようだった。”

セリーヌ・ラファエルさん
「『次の瞬間に何が起きるのだろう』と、いつもびくびくしていた。
私はひとりだった。
誰も助けてくれる人はいなかった。」

父親の暴力はその後もエスカレート。
セリーヌさんは14歳の時。
決死の思いで警察に通報しました。
父親は裁判で有罪判決を受けましたが、最後まで自分を正当化し続けたといいます。

“たしかに、私はセリーヌをたたきました。
なぜなら、娘は難しい年頃で反抗期だったからです。
しかし、私はいつも十分に手加減していました。
私の行いは誤って解釈されている。”

セリーヌ・ラファエルさん
「ピアノの先生が『私に才能がある』と言った時から、父は『娘を完璧にしなくては』と思い込んだ。
彼にとっては使命となった。
でも、それは誤った愛の表現だった。」

「誤った愛の表現」声をあげたフランス人女性

セリーヌさんの本をきっかけに、フランスでは、親の子どもへの過剰な期待が虐待につながっているのではないかと注目されるようになりました。

フランス南西部にある、虐待を受けた子どもたちが保護されている施設です。
14人の子どもがここで暮らしています。
15歳の少年は、成績優秀であってほしいという父親の期待に応えられず、繰り返し暴力を受けたといいます。

少年(15)
「僕がよく勉強するように、たたかれた。
僕はとても悲しかった。」

こうした「虐待」は発見しづらく、対策が難しいと専門家も警鐘を鳴らしています。

児童精神科医
「子どもたちの多くはよい衣服を身につけているので、虐待の跡は目に見えない。
学校にも通い、よいものを食べています。
貧しい家庭で見られるような虐待のサインは、裕福な家庭の子どもには見えない。」

「子どもに必要なのは愛情と安心」

家族と離れ、施設で暮らすようになったセリーヌさん。
ピアニストではなく、人を救う医師を目指すようになりました。

セリーヌ・ラファエルさん
「友だちできた?」

今はパリの病院で働いています。
患者の中には、子どもだけでなく、過去の虐待が原因で大人になっても慢性的な痛みに苦しむ人が多いといいます。
「自分なら苦しみが分かる」。
セリーヌさんは、虐待を受けた患者とも向き合い、治療にあたっています。
自分と同じように苦しむ子どもを減らしたいと、各地で講演も行っています。
みずからの体験を語ることで、親の世代にも子どもとの接し方を見直してもらいたいと考えているからです。

セリーヌ・ラファエルさん
「私が裕福な家庭の子だったから、なかなか虐待に気づいてもらえず見過ごされた。
最も大事なメッセージは、虐待がどんな家庭にも起きうるということ。」

講演会の参加者
「裕福な家庭だったから、幼い彼女に『大丈夫?』と誰も声をかけなかった。
そのことが何よりショックだった。」

講演会の参加者
「彼女が打ち明けてくれたことを教訓に、これ以上の虐待を防がなければ。」

父親からゆがんだ愛情を受け続けてきたというセリーヌさん。
親は子どもが何を求めているのかに耳を傾け、後押しをする存在であってほしいと訴えています。

セリーヌ・ラファエルさん
「子どもに必要なのは、愛情と安心。
子どもを成功させるために、辱める必要も、たたく必要もない。
ただ後ろからそっと支えて、子どもが手足をかけよじ登れる木のような存在に、親はなるべき。」

「熱心な教育」と「許されない虐待」

高瀬
「スタジオには取材にあたった国際部の古山彰子記者です。
セリーヌさんのような『親の子への過剰な期待』がこうじて起きる虐待は、フランスでこれまで見過ごされてきたんですね。」

古山彰子記者(国際部)
「そうなんです。
実はフランスは、伝統的に『子どもを厳しくしつける国』として知られています。
ただ、子どもへの『熱心な教育』と『許されない虐待』の間に線引きをするのは難しく、こうした虐待について、行政が統計をとったり対策をとったりすることはできていませんでした。
しかし、セリーヌさんの本がきっかけとなって、今、フランスでは国を挙げた対策が始まっています。」

和久田
「具体的にどのような対策なのでしょうか?」

古山記者
「フランス政府は去年(2016年)、医師や心理学者などで作る委員会を設置し、家庭に埋もれた虐待の実態を把握する取り組みに乗り出しています。
こちらは、虐待を受けた子どもが警察の事情聴取を受ける部屋ですが、マジックミラーの向こうには医師や心理学者も待機していて、子どものささいな言動から虐待の実態を見抜き、さまざまな視点から救済していこうという試みが始まっています。」

日本での反応は?

高瀬
「日本でも、子どもに熱心にスポーツや習い事などさせている親は多いですよね。
親の過剰な期待が子どもへの虐待につながってしまうおそれはあるのでしょうか?」

古山記者
「潜在的にその危険があるのは間違いないと思います。
セリーヌさんの本の日本語訳は今年9月に出版されましたが、インターネット上にはすでにさまざまな反応が寄せられています。

例えば『自分自身をそういう目で振り返り、反省しています』『自分が悪いことをしているなんて思っていない』などです。
親の世代を中心に、子どもとの向き合い方を見直す声が多く寄せられているんです。
30年にわたって虐待の被害者のカウンセリングを行ってきた、立命館大学の村本邦子(むらもと・くにこ)教授です。
日本でも少子化が進む中、セリーヌさんのような虐待の事例はあとを絶たず、こうした親にはある共通した思いがあると指摘しています。」

立命館大学 村本邦子教授
「(子どもが)1人とか2人だと親の期待が集中して、手間暇かけて、それだけ投資してるんだから、それだけのものを返してほしいという気持ちは大きくなる。
『こうでなければいけない』というのがありすぎると、力づくではめ込む。
そうすると虐待という形になってしまう。」

和久田
「親が思い描いている夢を子どもに実現してほしいという思いが、結果として子どもの将来につながることもあれば、時として子どもが生涯立ち直れないほどの傷を負わせてしまうおそれもはらんでいるんですね。」

古山記者
「そうだと思います。
子どもに期待をかける親の目線に立って見えるものと、それを受け止める子どもが感じるものは同じではないということを、取材を通じて改めて感じました。
セリーヌさんはつらい経験の記憶に今なお苦しみながらも、同じ思いをする子どもをこれ以上放っておけないと、必死に活動していました。
『親は子どもを後ろからそっと支え、子どもがよじ登れる木のような存在であってほしい』というセリーヌさんの言葉が強く印象に残っています。」

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