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2017年2月8日(水)

なぜ? 小さな用水路で死亡事故

阿部
「私たちの身近に潜む『命の危険』についてです。
のどかな田園風景が広がっていますが、最近、事故が多発しているのが、こちら。
水田や畑に水を引きこむために作られた『用水路』です。
全国の用水路でおぼれて亡くなった人は、一昨年(2015年)1年で68人に上っています。」
 

和久田
「これは、事故が起きたある用水路を再現したものです。
幅は60センチ、水深は15センチ、大人ですと、足首ほどの深さしかありません。
取材を進めると、こうした規模が小さい用水路でも、溺れるケースが少なくないことが分かってきました。」

なぜ? 小さな用水路で相次ぐ死亡事故

リポート:佐伯麻里記者(富山局)

用水路で溺れて死ぬ事故が全国で最も多い、富山県。
毎年20人前後が亡くなっています。

去年(2016年)6月、事故が起きた用水路です。
ある高齢の男性がおぼれて死亡しました。

用水路は幅60センチ、水深15センチほどの小規模なものでした。

亡くなったのは、当時94歳だった細川光一さんです。
少し膝が悪かったものの、活動的だった光一さん。
近所の畑での農作業を日課としていました。
息子の細川哲さんです。
元気だった父を突然失った悲しみは、今も癒えません。
 

細川哲さん
「残念で残念で。
100歳まで生きると思っていたから。」


 

事故当日、畑に出たまま行方不明となった光一さん。
見つかったのは、自宅裏を流れる用水路の下流でした。
死因は溺死。
家族にとって思いがけない事故でした。

細川哲さん
「“落ちて流されることはない”というイメージしかなかった。
だからふだんは(用水路が)怖いとか、まったく考えてもいない。
“まさか”という気持ちは今も持っている。」

稲作が盛んな富山県。
点在する住宅を囲むように水田が広がり、その脇に用水路が網の目のように張り巡らされています。
取材を進めると、富山県での死亡事故の多くが、自宅にほど近い、規模が小さい用水路で起きていました。

さらに、死亡した人のほとんどが65才以上の高齢者だったことが分かりました。
なぜ浅い用水路で溺れてしまうのか。
専門家と共に事故現場に向かいました。


 

長岡技術科学大学大学院 斎藤秀俊教授
「ここに、用水路に落ちたときの足跡があった。」

長年、さまざまな水難事故を調査・分析してきた斎藤秀俊さんです。
斎藤さんは、高齢者の転落事故では、用水路の水深の浅さが逆に命とりになる場合があると、指摘します。


高齢者がつまづいたり、転倒した場合、とっさに手が出ないまま、用水路の底に直接頭をぶつけてしまい、意識を失う確率が高まると見ています。

長岡技術科学大学大学院 斎藤秀俊教授
「亡くなった方は額に傷があった。
どちらかというと頭の前方。
水が少ないと、水底に頭をぶつけたとき衝撃が大きくなる。
水深が10センチしかないプールに飛び込むのと同じ。」

さらに斎藤さんは、水深が浅くてもおぼれる理由として、用水路の幅も関係していると考えています。

長岡技術科学大学大学院 斎藤秀俊教授
「水路の幅が、人間の体の大きさに匹敵するような幅になっている。」

幅の狭い用水路では、転落して身動きがとれなくなった場合、体が水の流れをせき止める形になります。





仮に意識があっても、瞬く間に水位が上昇、起き上がることすらできなくなります。
狭い用水路ならではのリスクです。

長岡技術科学大学大学院 斎藤秀俊教授
「たとえ30センチくらいでも水が乗ってしまったら、それだけで3キロ以上の重さになる。
そういう状態になったら、(高齢者が)頭を上げようと思っても不可能。」

用水路の安全対策 模索する住民と自治体

用水路で相次ぐ死亡事故。
地元では危機感が高まっています。
南砺市本江地区の自治会長、川﨑昭行さんです。
川﨑さんの地区では去年、わずか半年の間に、同じ用水路で高齢者の死亡事故が2件続けて起きました。

南砺市 本江地区自治会長 川﨑昭行さん
「これは理屈抜きで危ない。」



 

川﨑さんは用水路を管理している団体に安全対策を訴えましたが、進んでいません。

規模が小さい用水路の場合、その多くは「土地改良区」が管理しています。
農地を維持することを目的に、周辺の農家がお金を出し合って運営している団体です。
なぜ対策が進まないのか?
本江地区を管轄する土地改良区を訪ねました。

「赤い線は何ですか?」

「用水路です」

この土地改良区が管理する用水路は、合わせて480キロにも上ります。
清掃などの整備だけで精一杯で、安全対策に回す予算や人手がまったく足りないのが現状だといいます。
さらに、用水路に新たに柵やふたを設置するには、関係する農家全員の合意が必要となるため、対策がなかなか進まないのです。

南砺市 福野町土地改良区 重原裕事務局長
「安全対策は用水路に面した土地を持つ人で(費用を)負担をするのが原則。
実際に負担する人たちが“やりましょう”と言わないと、なかなかはじまらない。」


 

自治会長の川﨑さんは、自分たちで対策に取りかかりました。

農業施設の補修などに充てる予定だった国からの交付金の一部を使って、格子状のふたを設置。
軽い上に水路の様子が見えるので、管理が容易だといいます。

南砺市 本江地区自治会長 川﨑昭行さん
「他の予算を削ってでも、一番必要なところを先にやらないと。」



 

しかし、今回設置できたのは事故現場周辺の60メートルのみ。
すべての用水路に対策を施すメドは立っていません。

土地改良区に代わって、用水路の安全対策に乗り出した自治体もあります。
岡山県です。
用水路に転落し死亡する事故が、ここ岡山県でも相次いでいます。
農地の宅地化が進み、用水路の周辺に住む人が増えたことが要因だと見られています。

事態を重く見た県は、市町村と協力し、去年9月から事故現場の詳細なデータを収集しはじめました。




 

倉敷市 道路管理課 丸田敏昭主任
「“高齢の女性が転落してずぶぬれになった”と通報があった。」



 

1年間かけて、転落事故の起きやすい条件を探ろうとしています。
これまで、高齢者がふらつきやすい交差点の曲がり角など、事故が多発している地点が浮き彫りになってきました。

県はこうしたデータを蓄積。
割り出した危険箇所へ、重点的に反射板や柵を設置するなどの対策を進める予定です。

岡山県 土木部道路建設課 中山基隆課長
「より緊急性が高いところから予算をきっちり投入して、スピード感をもって対策できるようにつなげていければ。」



 

多発する用水路での死亡事故。
身近な場所に、命を脅かす危険が潜んでいるという現実を、改めて私たちに突きつけています。

安全対策 担い手は?

阿部
「取材にあたった富山放送局の佐伯記者です。
そもそも用水路の安全対策というのは、誰が行うべきものなんでしょうか?」

佐伯麻里記者(富山局)
「実は明確には決まっていません。
用水路には、国や県や市などが管理するような比較的規模の大きなものから、土地改良区が管理するような小さなものまで、さまざまなものがありますが、それぞれの特性や必要に応じて、管理する団体や住民などが対策を決めていくことになります。」

用水路事故 対策は?

和久田
「とはいえ、実際に人が亡くなっているわけですし、これからどうやって対策を進めていけばいいでしょうか?」

佐伯記者
「相次ぐ事故を受けて、国は来年度から土地改良区などが安全対策を行う際の費用の一部を補助することを決めました。
財政的に厳しい土地改良区などにも対策を促そうというものです。
しかし、用水路は全国で総延長が40万キロにも上るとされています。
すべての用水路に柵やふたを設置するといった対策は現実的ではありません。
そのため、私たち自身が、まずは用水路に危険が潜んでいるということを認識し、地域の用水路のどの場所が危ないかを認識したり、そういう場所に近づかないよう促すといった、ソフト面の対策もあわせて進めていく必要があると思います。」

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