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2016年11月14日(月)

テロに襲われた町 住民たちはいま

和久田
「フランスのパリで起きた同時テロ事件から1年。
事件は、大勢の人が集まるコンサートホールやサッカースタジアムだけでなく、人々が日常を送る街角でも起きました。
その1つが、パリの下町と呼ばれる、11区にある、こちらの地域です。
カフェやレストランなどが銃撃を受けました。
今、地区の人々がどのような思いで過ごしているのか、取材しました。」

パリ同時テロから1年 “傷”と向き合う人々

リポート:池田亜佑(おはよう日本)

テロの実行犯が、この地区を襲撃した直後の映像です。

「なんてことだ!」




 

カフェのテラスで過ごしていた若者など、5人の命が奪われました。
1年がたち、銃撃を受けた現場には、当時の惨劇を伝えるものはなくなっています。

犠牲者が出た、カフェ「ボン・ビエール」も修復され、営業を再開しています。
しかし、この地区の人たちは今も心に深い傷を抱えています。


 

カフェと同時に激しい銃撃を受けたレストランです。

ウェイターのサミル・サフェールさん。
あの日、このレストランで起きたことは、親しい友人にさえ口に出せずにきました。
今回、テロの現実を知ってほしいと、私たちの取材に応じてくれました。



サミル・サフェールさん
「あの日の夜は、いつもと変わらず、お客さんたちは音楽の流れる店内でゆっくり食事を楽しんでいました。」


 

当時の様子を記録した、防犯カメラの映像です。
カウンターに立つ、サミルさんの姿が映っています。



 

午後9時半過ぎ。
突然、銃撃が始まります。
左上の赤い丸がテロの実行犯。
自動小銃を手にしています。

テラスの影に隠れた女性を見つけ、銃口を向けます。
しかし、犯人が急に立ち去ったため、女性は一命を取り留めました。




銃撃が収まると、サミルさんはレストランの客に避難を呼びかけます。

サミル・サフェールさん
「私は店内にいた人にちゅう房に隠れるように言いました。
通報しようとしましたが、手が震えて電話することができませんでした。
外に出て目にしたのは、ボン・ビエールの前で横たわる、撃たれた人たちの姿でした。」

サミルさんは事件後、半年近く、この地区に近づくことさえできませんでした。
いきなり理由もなく襲われた恐怖は、今も消えることがないと言います。

サミル・サフェールさん
「昼間は週2日働けるようになりましたが、夜はここにいたくありません。
思い出してしまうからです。
なぜ私たちが襲われなければならなかったのでしょう。
ただそこで働いたり、食事を楽しんでいただけなのに。」

この地区には、今も1日に数回、軍や警察がパトロールにやってきます。
事件の後、フランス各地でテロが相次いでいるため、「非常事態宣言」が出されたままで、警戒が続いているのです。
古くからアフリカなどから来た移民と、フランス人とが共に暮らしてきたパリ11区。
こうした関係にも変化が起きています。
テロの実行犯がイスラム教徒だったことから、商店を営むイスラム系の移民などに心ない言葉や偏見の眼差しが向けられるようになっているのです。

モロッコ系移民
「私は普通に生きているだけです。
『イスラム教徒はテロリスト』と言われると悲しくなります。」


 

モロッコ系移民
「あらゆる人種が混じり合うこの界わいも、テロ事件後は死んでしまったようです。
町を離れてしまう人もいます。」

事件の後、人々の間に広がる溝。
こうした流れにあらがおうとする人がいます。

犠牲者が出た、カフェ「ボン・ビエール」の常連、モニーク・ブロシエさんです。
テラスで住民たちと語り合うことで、地区の絆を取り戻そうとしています。

 

「ぼくたちの肉屋さんだよ。」




 

モニーク・ブロシエさん
「ここで互いの時間を分かち合うのよ。」 



 

この地区には、70年以上にわたって、同じ場所にカフェがあります。
さまざまな人種のひとたちが、このカフェで語りあい、お互いを理解し合ってきたのです。
テラスで語らう人たちが犠牲となった、今回のテロ事件。
地区の人たちは、自分たちが大切にしてきたものを傷つけられたと感じました。 

事件から3週間後に再開したカフェ。
その時、ある言葉が掲げられました。



 

“JE SUIS EN TERRASSE(ジュ・スィ・オン・テラス)”。
「テロを恐れず、テラスに出よう」。
カフェが再開してから1日も欠かさず、テラスに座り続けるモニークさん。
事件の前の「日常」を取り戻そうとしています。

モニーク・ブロシエさん
「テロリストに私たちを変えることなんてできない。
この地区を壊そうとしたけれど、うまくいかなかった、それだけ。
ここはさまざまな人種が共存する下町。
ここにふさわしいのは、『戦い』ではなく『平和』なの。」
 

同時テロ事件から1年。
パリ11区の人たちは、テロの不安と向き合いながら、日々の暮らしを懸命に続けています。