リポーター

2019年06月18日 (火)母校にて


リポーターの芳川隆一です。

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先日、久しぶりに訪ねた場所がありました。

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私の母校、群馬県立高崎高校です。
卒業から約20年、どうして訪ねたのかと言うと…。

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創立122年の記念講演会の講師として呼んでいただいたのです!
全校生徒約900人とその保護者、さらにOBの皆さんなど、総勢1000人を超える会場で、私は高校時代の思い出や、NHKアナウンサーとしての仕事についてお話しました。

母校・高崎高校は写真の通り男子校で、今も当時も、元気のよい生徒がたくさん。
この日も、熱心に私の話に耳を傾けてくれ、終了後にはたくさん質問もしてくれました。

私を呼んでくださったのが…。

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加藤校長先生です。
実は加藤先生は、私が高校2年生、3年生の時の英語の担当で、とても怖い…いや、愛のある厳しい先生でした(笑)。

その先生に講演会の講師として呼んでもらえて、ちょっと緊張気味の私。
なお、加藤先生は、「おはよう日本」を毎朝、見てくださっているそうです。
ありがとうございます!
私が出演する際は、高校時代と同じ、厳しくも愛のあるご指摘を引き続きお願いいたします!!

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講演会終了後、高崎高校オリジナルのTシャツをいただきました。
それを着て、後輩達と記念の1枚。私の話が、少しでも彼らの心に残れば嬉しいです。
高崎高校の皆さん、大変貴重な機会をありがとうございました!

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2019年05月31日 (金)時代の変わり目に・・・


リポーターの佐藤誠太です。

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お気づきの方もいるかもしれませんが、
実はまだ、今年度に入って「おはよう日本」に出演しておりません(!)
というのも、統一地方選の開票速報や新人研修の緊急報道の講師などを
担当していたのです。
そしてもう一つ大きな仕事だったのが、
5月1日・天皇陛下即位の日の特設ニュースでの中継です。

朝の皇居ランナーに始まり、車列を待つ沿道の様子や、
天皇陛下ゆかりの洋食店、そして連休も休めない町工場など、1日で5回中継を担当!
中には、車で移動しながら中継先を探した回もありました。

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【令和初日に皇居ランデビューのご家族と】

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【天皇陛下の車列を待つ沿道から、2回中継】

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【天皇陛下が学生時代に通われた洋食店で】

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【10連休も仕事中!墨田区の町工場から】

4月30日と5月1日の2日間、
あわせて6人のアナウンサーがこの中継に関わったのですが、
実は、そのうち5人は「おはよう日本」経験者!

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アナウンス室・赤松アナ、佐賀局・井原アナ、
静岡局・吉田アナ、広島局・黒田アナ、そして私です。

担当ディレクターも交え、みんなでひざを突き合わせて
どんな話題を取り上げるかギリギリまで検討。
取材や出演交渉なども、すべて自分たちで担いました。

結果、2日間でのべ20本の中継を放送!

今回、おはよう日本の先輩たちと一緒に仕事をする中で、
改めておはようOBの“底力”を体感することができました。

先輩たちに負けないように、また朝の時間帯も頑張ります!

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2019年05月21日 (火)初めての松江


廣田直敬です。

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島根県・松江市では、日本三大船神事の一つ、ホーランエンヤが始まり、
特に週末はにぎやかな頃でしょうか。

先日、松江局の応援に行って参りました。松江市を訪ねたのは初めてです。
サラリーマンの醍醐味の一つは、出張の空き時間に、
いかに安く、多くの場所を訪ねることができるか?!

ワンコイン500円で1日乗り放題の市内観光バスの切符を買い、
「3回乗り降りすれば元がとれるなぁ」などと思いながら、
泊り勤務が終わってからの半日で市内を回りました。

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   【雷電 爲右エ門の碑】

松江市内の月照寺の入り口にある雷電 爲右エ門の碑。
未曽有の最強力士という触れ込みと名前は知っていたものの、
なぜ松江に碑があるのか、恥ずかしながら全く知りませんでした。
信濃の国と言いますから今の長野県の生まれで、
天明8年(1788年)、松江藩のお抱えとなっていたのですね。

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【手形の大きいこと!】

碑に手形が残っていました。私の手の2倍近くの長さがありました。

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   【島根県のゆるキャラ しまねっこ】

駅や空港の他、観光地でもよく見かけるゆるキャラの「しまねっこ」。
「島根+猫かぁ」くらいには思っていたのですが、
説明を聞いたら、かぶっているのは大社造(たいしゃづくり)の帽子で、
首にはしめ縄のマフラーをしているのだとか。
さすが、出雲大社のある島根県のキャラクター。

見て、分かったつもりでも、しっかり観察しないと分からない。
知らないことはひらめかないものだ、と、
ホームズに馬鹿にされたワトソンのような気分になりました。

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【園山俊二さんのキャラクター】

JR松江駅前から少し西へ歩いたところに、
マンモスを追いかける、原始時代の少年の像。
よくこの漫画を読んでいたなぁ、と思い出しました。

作者の園山俊二さんが松江の出身だとは知りませんでした。
説明に「松江城の外堀で魚釣りをし、宍道湖でしじみを採り、
月照寺の亀の像の背中で友人と語り合いながら、少年時代を過ごした」とありました。
さっき見てきたばかりの景色の中で、
園山俊二さんが動き出すような不思議な感じがしました。

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【宍道湖に沈む夕日】

宍道湖に沈む夕日の美しさを、松江の方口々に自慢するので、
楽しみにしておりました。
噂にたがわず美しく、沈むのを見ていると、
明日もいいことがありそうな気がしてくるのでした。
松江の方が、自分の街を自慢するときに
「まっちぇ」と発音するのが耳に残っています。
自分の故郷を大切に思っている様子が、よく伝わってくるのです。

行ってみないと気づかない。
住んでみないと分からない。

そうそう、小泉八雲もこの土地にほれ込んで住んでいたのでしたね。
耳なし芳一あたりから読み直そうと思いました。

最近の大学生が転勤を好まない、というのは話していて気づきますが、
もったいないなぁ、と思います。
自分の中でバラバラに存在していた豆知識がきれいにつながって、
ストンと腑に落ちるのって気持ちがいいものです。

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【明日も頑張るぞぉ!】

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2019年04月23日 (火)お目にかかれておりませんが


リポーターの大槻隆行です。

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今年度も「おはよう日本」のリポーター担当です。
どうぞよろしくお願いいたします。

ところで、番組は新年度になったものの、
このところ「おはよう日本」以外の業務が重なっていて、
まだほとんど番組でお目にかかっておりません!
そんな中、数少ない出番だったのが…

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こちらと、

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こちら。

はじめの方は、3月に放送された
NHKの各番組を紹介する「プレマップ」での1コマ。
新年度の「おはよう日本」を出演者が紹介しています。
ご覧になった方いらっしゃるでしょうか?!

2つ目は、
新元号『令和』発表の翌日に放送された、
新元号がプリントされたまんじゅうが販売されるまでのリポートです。
新元号発表の瞬間、私は菓子販売会社の皆さんと一緒に
食い入るようにテレビを見ていました。
新時代の訪れを象徴する場面だなと感じました。

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ちなみに、
こちらも「プレマップ」での1シーン。
みんなでタイミングを合わせて掛け声&手を振るシーンです。
てこずるかと思いきや、息を合わせてあっという間にOK!
抜群のチームワークで今年度も番組を盛り上げていきます!

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2019年04月16日 (火)ありがとう『平成』!


リポーターの大沢幸広です。

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今月1日に新元号『令和』が発表されましたね。
その発表からおよそ4時間前、私は岐阜県関市の道の駅からの中継を担当しました。
その名も平成(へなり)地区がある街です。
中継にご出演いただいた道の駅のスタッフ、森成孝さんと。

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前日の日曜日。
現地に着いて、本当に驚きました。駐車場は大混雑、ほどなく満車状態に。

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この日が日曜日だから?いえいえ。
森さんによると、去年の秋以降は平日でも混雑は珍しくないし、
道の駅に入れない車で付近の道路が渋滞することも(!)あるそうです。
この日も団体ツアーバスまでやってきていて、
まさに森さんの言葉通り「平成フィーバー」再来。
やはり皆さん、去りゆく平成が名残惜しいのでしょうか。

そして、中継後半でご紹介した新元号の予想。

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ご出演いただいた美濃羽治樹さんと私が持っている3つの元号が、予想のトップ3。
安永→永和→安久の順に多かったそうです。
美濃羽さんの「寂しい気持ちはあるものの、それ以上に新たな時代に期待している」と
にこやかに語る表情が印象的でした。

元号が平成に変わった当時、私は8歳。
平成の時代に多感な時期を過ごし、そして社会に出ました。
間もなく新たな時代を迎えられるのも、
一人一人が等しく共有した「平成」があったからこそ。
ありがとう、平成!

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2019年04月08日 (月)新しい気持ちで!


リポーターの芳川隆一です。

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この春から新たに「おはよう日本」のメンバーに加わりました!
どうぞよろしくお願いいたします。
2015年~2017年まで、早朝キャスターを務めていました。
久しぶりの「おはよう日本」、わくわくしています。

この季節、街中では、真新しいスーツに身を包んだ新社会人をよく目にしますね。
春は新しいスタートの季節。
私も、3月まで担当していた「これでわかった!世界のいま」(=通称“せかいま”)から、
心機一転、がんばります!

その「せかいま」で最後に取材したのが、
これから技能実習生として来日するベトナム人女性でした。

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グエン・ティ・タイン・フォンさん(22)です。
フォンさんは、この夏から岡山県の介護老人保健施設に派遣されることになっています。
まさにフォンさんも、今、新しいスタートに向けた準備の真っ最中なんです。
日本で介護を学んで、帰国後はベトナムでも介護関係の仕事に就きたい!と、
彼女は今、首都ハノイにある、日本で働く人材を育成するための学校で学んでいます。
その学校の1シーンがこちら。

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ずらりと並んだ生徒たち。何をしているか分かりますか?
実は、日本のラジオ体操の真っ最中。
「ゆっくりと上体をそらせま~す♪」という声に合わせて
一斉にそのポーズをしている所なんです。
全校生徒は1200人以上。
日本語や、介護や建設など専門分野の勉強に加えて、
こうして日本での生活や文化などもイチから学びながら、
皆さん、来日に向けて準備していました。

フォンさんの来日は6月の予定です。
日本でもまた会えたら嬉しいなと思っています。
春は新たなスタートの季節。
これからやってくる実習生たちに気持ちを重ねながら、私も新たな気持ちで頑張ります!

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2019年03月28日 (木)おは本(ポン) → ひめポン!


中澤輝(あきら)です。

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ずっと大好きだった「おはよう日本」、3月で卒業します。
これから大好きになる「ひめポン!」、4月に入学します。
(※ 愛媛県域放送・平日・午後6:10~7:00)

2年に亘ってリポーターを担当した私は、
今春、前任地である四国・松山放送局へ異動します。

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「おはよう日本」の卒業式は、3月15日(金)。
【まちかど情報室】の出演が最後でした。
コーナーの最後に、お別れのあいさつをする時間を頂き、
視聴者の皆さんに感謝の気持ちを伝えられました。

改めて、このブログでも・・・
『全国の皆さん、ありがとうございました。行ってきます』。
『四国地方の皆さん、愛媛県の皆さん、ただいま。どうかよろしくお願いします』。

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「おはよう日本」アナウンスの皆さんから花束を贈られて、
“本当に今朝で卒業なんだ”と噛み締めました。

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放送後、「おはよう日本」の放送に携わる皆さんとの記念撮影♪

「おはよう日本」は、私にとって大切なもう一つの家族です。
・心の広い頼れるお父さんがたくさんいます。
・笑って褒めてくれるたくさんのお母さんがいます。
・仕事が出来て尊敬できるお兄ちゃんがいっぱいいます。
・美しくて優しい憧れのお姉ちゃんがいっぱいいます。
・可愛がっている人懐っこい弟もいっぱいいます。
・気配り上手で自慢の妹もいっぱいいます。

“生まれ変わっても「おはよう日本」ファミリーに入りますか?”
そう聞かれたら、迷い無く即答します。
“はい”。

大好きだからこそ、家族のもとを離れがたい・・・。
でも、成長するためには独り立ちする時も必要です。
それが、2019年春というタイミングです。


振り返れば様々な経験が出来た2年間でした。
この先のNHKアナウンサー人生に必ずプラスになると確信しています。

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2017年春、「おはよう日本」ファミリーに入った時に作って頂いた名札です。
今も大切にしています。

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2000メートルを超える山に登り、「山の日」に中継しました。
2泊3日で臨んだ放送。総勢およそ30人のクルーで成し遂げた達成感は忘れません。

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「気になる@LIVE」では、締めのキーワード“中継でした”の出し方に情熱を注ぎました。
視聴者の皆さんをクスッと笑わせたい、ちょっと驚かせたいとアイデアを出し続けました。

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私は時に「被災地アナウンサー」と呼ばれることがあります。
ここ数年、日本各地で様々な災害が発生しました。
その現場に駆け付けることが多かったからです。

“被災地を見て、被災者に会い、被害を知る”。

私がその過程で大切にしたのは、被害を伝えるだけで終わらせないこと。
被災地が一歩踏み出す瞬間を逃さない、
被災者が立ち上がろうとする姿勢を見逃さない・・・etc。
僅かかもしれませんが、‘希望の光’を探しました。
同じ被災地で頑張っている人がいる、
同じ苦しみの中で前に進んでいる取り組みがある・・・etc。
被災地の皆さんが放送を見て、救われたと思える情報を発信したかったからです。

九州北部豪雨の被災地、福岡県・朝倉市。
土砂災害の凄まじさを目の当たりにしたのは、この時が初めてでした。
ここが「被災地アナウンサー」の‘原点’かもしれません。

災害に負けない心、くじけない姿を見られました。
だからこそ、その事実をより多くの人に伝えようと思いました。


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去年7月、西日本豪雨の発生直後に、高知→愛媛→岡山と転戦し中継。
1か月後も愛媛から中継。2か月後には広島の取材も加えて再び愛媛から中継。

前任地・愛媛県の実情を伝え続けることが、いつしかライフワークになっていました。
知った土地だから、知っている人がいるから、
それだけで伝えようとする思いは無意識に強くなります。
発する言葉にも思いが乗ります。

被災地の皆さんに出会い、託された思い。
それを伝えられるようになったことが
被災地取材を通じて私が成長できたことかもしれません。

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被災地中継後、クルーで肩を組んで瀬戸内海に誓いました。
【「おはよう日本」は、被災地に寄り添い続けます】。

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全国各地の夏の被害がまだ記憶に新しい中、発生した9月の北海道地震。
すぐに向かいました。

北海道で見た光景は、つらい景色が多かったのですが、温かい風景もありました。
東日本大震災や熊本地震の被災者が続々と救援に入ってくる姿です。
被災者の皆さんは口々に言います。
「あの時、自分たちは助けて貰った。だから、今度は助ける番」だと。

「日本人は強い。絶対、大丈夫」。被災地取材を通して感じた真実です。

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最後のロケも、被災地でした。8年前の東日本大震災の被災地、岩手県陸前高田市。
いつか必ず足を運ばなければと思い続けてきた‘奇跡の一本松’。

「被災地アナウンサー」の称号は、いりません。
これ以上、災害が起きないことを強く希求します。

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2019年4月1日(月)から「ひめポン!」キャスターとして、走り出します。
愛媛県にお越しの際は(四国へ旅行の際は)、是非、ご覧下さい。

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2019年03月20日 (水)ありがとうございました!!


リポーターの高橋康輔です。

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この春で、「おはよう日本」を卒業することになりました。
2年間、大変お世話になりました。

去年は、「気になる@LIVE」や「check!エンタメ」での仕事が思い出深いです。

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こんな高い木の上で、生中継したときには、リハーサルで、木の上にあがったきり、
放送終了後まで2時間近く下りることはありませんでした。
木の上で動きを修正する必要があったので、
木の下にいたディレクターとのやりとりは、互いに「大声で」。

プロ野球開幕に合わせて、こだわりグルメも紹介しました。

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上記、放送内容と写真は直接関係ありません。

写真の説明をしますと、
バンザイ三唱の図ではなく、見事、盗塁成功!のつもりです、はい。

さらに、ビッグな方へのインタビューも!

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俳優の水谷豊さんには、長年構想をあたためてきた作品を
映画として、世に送り出す思いをうかがいました。
刑事役でも知られる水谷さんは、
ことし、オリジナル作品の監督も務められるとのこと。
直接お話をうかがった方の近況は、その後もずっと気になるものです。

また、あるときには、

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遣唐使、阿倍仲麻呂が読んだふるさとの絶景を体感しようと、
奈良市の若草山に登ったこともありました。
時を越えて、歴史上の偉人の見た景色を感じる。ワクワクする時間でした。


2年目のことしは、
あらたに「まちかど情報室」を担当するようになったほか、
国会中継や全国戦没者追悼式の式典中継など、
報道リポーターとして、「おはよう日本」以外のフィールドでも
仕事させていただきました。


おはよう日本最後の出演の日となった3月8日、
放送終了後、この日の放送に関わった皆さんが記念撮影のために
わざわざ、集まってくださいました。

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「おはよう日本」は、関係する人の多さから、
大所帯だね~と言われることがあるのですが、
集まってくださったお一人おひとりの姿をみて、
人が多いだけでなく、あったかいファミリーだったんだなと実感しました。

同僚の仕事ぶりから刺激を受けることも多かったですし、
それぞれが専門性を発揮し、尊重しあいながら番組を作る。
まだまだ働きたい職場でした!

わたしは4月から、
水戸放送局で夕方の番組「いば6」のキャスターを担当します。
実は、「おはよう日本」に来る前に務めていたのが、水戸放送局でした。
里帰りする感じです。


日本一すてきなお二人のキャスターワークを
近くで見てきた経験をいかして、がんばるぞ!

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また、おめにかかりましょう。
ありがとうございました。
高橋康輔

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2019年03月12日 (火)一言で...


廣田直敬です。

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卒業式、入学式と続く季節です。

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<涙でかすむ卒業式の文字>

先日参加した息子の高校の卒業式で、
担任の先生が生徒の名前を一人ずつ読み上げているうちに、
3年間を思い出したのでしょう、こらえきれずに涙声になりました。
震える声で読み続ける先生を見ていて、保護者がもらい泣きを始めました。
14クラスあるので、全クラス分の卒業生の名前を読み終える頃には、
会場全体が泣き声で一杯になるのではないかと心配になりました。
そしたら、同じことを感じたのでしょうねぇ、
機転の利く高校生が、一人で、たった一言で会場の雰囲気を変えました。

以下、名前はすべて仮名です。

「北野剛寛」「はい!」
「小郷知子」「はい!」
「豊永博隆」「はい!」
「三條雅幸」「はい!」
「酒匂飛翔」「はい!」
「高橋康輔」「はい!」

先生が泣きそうになるのをこらえる。
保護者席からもすすり泣きが聞こえる。
まずい。
誰か一人でも声を出して泣き始めたら、もう止まらなくなる。
コップ一杯に水が溜まっていて、もう一滴水を注いだら、こぼれる、
というようなギリギリの感じ…。そしたら次の生徒が…。

「中澤輝」「はい! 元気です!」

爆笑でした~。
会場に笑顔があふれました。
笑い声が収まるのを待って、先生が再び名前を読み始めて、
実にいい雰囲気になりました。
見事な一言でした。

丸刈りの男子生徒を見て、野球部員だなぁ、などと思っているうちに、
自分が入局したばかりの頃のことを思い出しました。

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<甲子園で土産に買った沖縄水産のペナント>

1991年の夏、沖縄水産高校が夏の甲子園で
2年連続準優勝をしたときのことです。
駆け出しのアナウンサーだった私は、「ふるさとリポーター」として
甲子園の初戦からずっとアルプスリポーターをしていました。

決勝戦。
13対8で大阪桐蔭に破れ、最後のスタンドリポートをするときに、
まったく準備をしていないコメントをすることができました。
「今年の夏、初めて相手チームの校歌を聞きました」
今思い返しても不思議なのですが、どうしてこんなことを言ったのか分かりません。
「その場でしか言えない事を言え」とさんざん先輩に教え込まれたことを
初めて出来たかなぁと思いました。
思い出の一言です。

色々な一言と出会う楽しみ、ひねり出す苦しみとのお付き合いが、
まだまだ続きますように。

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2019年02月26日 (火)思い出


リポーターの高橋康輔です。

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休暇で秋田へ行ったときの話です。

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こどもたちと
「木のおもちゃ」に触れてきました。

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訪れた日が日曜日だったこともあり、大勢の家族連れでにぎわっていました。

どこかといいますと、
三角屋根のこの建物。

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        黒板               体育館のステージ

廃校になった小学校を活用した施設です。

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施設内のいたるところから、当時の元気な子どもたちの声が聞こえてきそうです。

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この場所は、「旧鮎川小学校」。
国の登録有形文化財でもある校舎は、昭和20年代の木造。
林業が盛んな秋田県でも最大級の現存する木造校舎です。

体育館の中央には、木のおもちゃのほかにも

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まるで秘密基地のような木の構造物もあって、
近くの森で基地を作って遊んだ幼いころを思い出しました。

楽しい思い出をよみがえらせてくれて、パパも楽しかったです。

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