2016年6月30日

2016年06月30日 (木)

"父と母の人生は何だったのか どこに訴えたらいいのか" ディレクター堀川宏太

沖縄戦から71年の「慰霊の日」を、河野キャスターとともに取材しました。6月23日の「慰霊の日」は、沖縄戦の犠牲者をいたむ大切な日。
しかし今年は、アメリカ軍の軍属の男が20歳の女性を殺害した疑いなどで逮捕され、事件への抗議が続く中で迎えました。
“ことしは例年と違ったどんな一日になるのだろうか”という視点から取材を始めました。
地元の沖縄局とともに、一人の女性を取材しました。島袋艶子さん、69歳です。

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島袋さんは43年前、両親を、飲酒運転のアメリカ兵による交通事故で亡くしました。
最近になってようやく訪れることができるようになったという両親の事故現場で島袋さんに話をうかがうなかで、とくに印象に残っている言葉がありました。それは、「父と母の人生は何だったのか。どこに訴えたらいいのか。悔しい。沖縄には、私だけでなく、やり場のない気持ちを抱えている人がいっぱいいる。」という言葉です。
島袋さんは当時、アメリカ軍が事故に対しどんな処分をしたのか何の説明もなく、謝罪を受けた記憶もないといいます。
それでも、アメリカ軍の基地に勤めている沖縄の人が多いため、沖縄全体にアメリカ軍に対し口をつぐむ雰囲気があったということでした。壮絶な経験をされた島袋さんの気持ちを理解することは決してできませんが、理解したいと自分ごとに置き換えてみるといかに大きな苦しみを抱えていらっしゃるのだろうと胸が痛くなりました。自分の家族を殺された相手に対して何もできず泣き寝入りするしかない状況―。
そんな状況を、島袋さんは43年間抱え続けつつも、これまでアメリカ軍や基地に対して進んで声を上げることはありませんでした。

 しかし、ことし、20歳の女性が殺害されアメリカ軍の軍属の男が逮捕された事件などが起き、これまでにない怒りを感じた島袋さんは、事件を受けて開かれた抗議集会に参加し、思いを新たにされました。島袋さんは、父親が残した「艦砲ぬ喰ぇー残さー(艦砲射撃の食い残し)」という歌を歌い続けています。この歌は、戦中艦砲弾の攻撃から生き延びたものの、消えない戦争の傷に苦しむ人々の姿を綴った歌ですが、今後、二度と翻弄されることがないよう願いを込めて歌い続けていくとのことでした。

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 沖縄のアメリカ軍基地をめぐる話は、自分とは少し遠い話と感じる人もいるかもしれません。しかし、島袋さんをはじめ沖縄の人ひとりひとりに目を向けると、同じ日本に住む人の中でとても大きな苦しみを抱えながらもなんとか現状を変えたいと生きている人が多くいらっしゃいます。向き合うべきなのは「71年目の沖縄」であるとともに、「沖縄の71年間」でもあるのだと実感しました。

そして、これからも沖縄戦を含め戦争を体験した方々や、戦争を語り継ぐ方々を継続して取材し続ける思いを強くしました。

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投稿者:番組スタッフ | 投稿時間:19:19 | カテゴリ:番組スタッフ | 固定リンク


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