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清水がおじゃまします!山古志~母の味届ける農家レストラン

  • 2023年11月06日

    コーナー「清水がおじゃまします!」。 
    地域密着リポーターの清水まどかが、県内のみなさんのもとに直接おじゃまして 
    地域で地道に頑張る人や魅力的な取り組みなどをお伝えします。

    放送した動画はこちら

    「山古志の元気印に!」農家レストラン

    2023年10月23日、新潟県中越地震から19年となりました。
    今回取材したのは、この震災の経験を経てオープンした、長岡市・山古志地区にある農家レストラン。
    山古志の元気印になりたいとお店を営む、パワフルなお母さんたちに密着しました!

    お店を訪ねて、いきなり見せていただいたのが、伝統野菜の「神楽南蛮」です。

    「山古志の人は作ってない人はいないんじゃない」くらい、生活に根付いた食材なんだとか。
    この神楽南蛮も、お店を運営するメンバーが作っているものです。
    神楽南蛮のワタをなめてみたらと言われ、なめてみると…辛くて、びっくり!!

    !!!

    神楽南蛮は辛くないものと辛いものがあるそう。わたしは辛いものにあたってしまったようです…。

    お店を運営するメンバーは5人。最高年齢は74歳!

    店主の五十嵐なつ子さんです。
    長年、学校給食の栄養士として働き、その経験をいかしてお店をオープンしました。
    作っているのは、地元で採れる旬の食材にこだわった料理です。

    味付けも山古志ならではの工夫が。

    店主・五十嵐なつ子さん
    「油がすごく貴重だった、昔。煮物の中にちょっとたらすとごちそうになる。」

    11時になると、お店のオープン!午後2時までのランチのみの営業です。

    初めてお店を訪れた人も、秋の味覚にこの笑顔。

    食材のうまみを生かした素朴な味を求めて、幾度も訪れるお客さんもいます。

    オープンのきっかけは、震災で触れた”人の優しさ”

    19年前、震度6強の地震に襲われた山古志。住民は避難所での生活を余儀なくされました。

    店主のなつ子さんもその一人。
    山古志で生まれ育ち、外の人に対して身構えていたというなつ子さんは、
    避難生活を助けてくれたボランティアとの出会いで、気づかされたことがありました。

    店主・五十嵐なつ子さん
    「人とのふれあいがものすごくうれしいことで、人って本当に、本当にすごいんだなと
     思いましたね。(他人に対して)斜に構えているところがあったんですけれども、
     それが自然にとれて素直な自分を出せばいいということに気づかされた。」

    助けてくれた人の優しさに、恩返しがしたいー。
    そして始めたのが、農家レストラン「多菜田」です。

    地域に笑顔を~宅配弁当

    なつ子さんはお店以外にも大切にしているのが、お弁当の宅配です。山古志地区の3軒を回ります。

    栗おこわ、きゅうりとイトウリのつけもの、煮卵、手作りこんにゃくの炒め物

    訪れたのはひとりで暮らす86歳の男性。
    ひとりでは作ることができない料理を、直接届けてくれることがありがたいと言います。

    そして、郵便局をひとりで切り盛りする女性のもとにも。
    なつ子さんのようなお母さんたちが活躍している様子を見ると、
    「自分も負けていられない!」と励まされると言います。

    「山の母ちゃんの味」未来につなげたい

    お店のオープンから15年。
    メンバーの高齢化に悩んでいたなつ子さんですが、この春、うれしい出来事がありました。

    30代の若いメンバーが入ったのです。
    明るく行動力があり、すぐにメンバーとも打ち解けあいました。

    新メンバー・田沖美紗子さん
    「本当に家族みたいな感じで。実家のような安心感がありますね。
     (山古志に)必要な場所なので、それ(お店)が絶えないように出来る限り
     引き継げたらな、と思ってるんですけど。」

    震災をきっかけに生まれた「多菜田」。
    なつ子さんはこのお店でつながる地域の輪を守り続けたいと考えています。

    店主・五十嵐なつ子さん
    「『多菜田』っていう名前をなくしたくないっていう思いが強いです。
     次にバトンタッチできることが私にとって一番大きな夢であります。
     地震の過酷な体験から、神様は、本当に自分がどういうふうに最後生きていきたいのか。
     生きる、その選択、機会を与えられたんじゃないかなって、私は。
     いいおばあちゃんになります。」


    震災と向き合うことは、簡単なことではなく、本当に大変なことだと思います。
    しかし、その経験を経て、食堂をオープン。
    新しい一歩を踏み出す。山古志のお母さんたちの強い姿を見て、心が動かされました。

    おじゃまさせていただいた、農家レストラン「多菜田」のみなさん、ありがとうございました!

    ディレクター(牧陽子)のひとこと

    新潟に異動して7か月。ご縁がどんどんつながっているのに驚かされる。
    5月―
    ひとりで弥彦神社にお参りに行った時、おじいさんから声をかけられた。
    「10合目まで歩いて登ってお参りしなさい。あなたが新潟に来た答えがある」半信半疑で歩いて登ると・・・
    そこにあったのは、NHKの電波塔!ここで働かせてもらうために来たんだと驚いた。

    8月―
    同僚と、再び弥彦神社へ。
    たまたま、カメラのシャッターを押してくれた女性から、「長岡の高龍神社がおすすめ」と言われてすぐに向かった。
    近くまで行ったのだが、豪雨と雷で動けなくなり、近くの旅館の駐車場で避難していると、
    大雨の中、従業員の女性がかけつけてくれて、「温泉でゆっくり休んでいって下さい」と声をかけて頂いた。
    いろいろお話をお聞きすると、ここは、中越地震で大きな被害を受け、旅館も大変だったが、
    地元のみなさんのお陰で再開出来たのだとか。

    それがご縁で、再び清水リポーターと旅館を訪ね、女将さんに何時間もお話をお聞きすることが出来、
    その時、「多菜田」のなつ子さんのことをお聞きして番組につなげることが出来た。
    10月23日(中越地震の日)は、清水まどかの誕生日―不思議なご縁も感じた。

    「多菜田」では、お母さんたちが、ワーワー言いながら楽しそうに食事を作っていた。
    “地元の野菜を使っておいしいものを食べてほしい”という心が、そのまま、優しくてあたたかな「母の味」に。
    「震災があったからこそ今がある。今が一番幸せ」という、なつ子さんの言葉が響いた。
    それぞれの人にそれぞれの想いがある―忘れてほしくないから伝え続けたい。

    次回のロケで柏崎に行くと、取材先のお母さんから手作りの栗ご飯、ポテトサラダを頂いて、じーん。
    夕方、局に帰ると、以前取材させて頂いたアルビレックスサポーターのお母さんが、
    ハロウィン弁当&お菓子を届けて下さった。なんてあったかいんだろう・・・
    私たちも、出会いと優しさに感謝しながら、真心を込めて、温かな番組を届け続けたい。

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