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新潟市 医師不足・働き方改革で岐路に立つ救急医療

異例の「公募」で踏み出した現場再編への1歩
  • 2023年08月23日

「市内の救急医療が崩壊の危機に瀕している」。新潟市の医療関係者の話です。 深刻な医師不足や高齢化、医療の専門分化に、来年度から本格化する医師の働き方改革が加わり、将来的に十分な救急医療を提供できなくなるおそれが出ているといいます。 状況を打開しようと県医師会は救急拠点となる病院を公募するという異例の対応に乗り出しました。新潟市の現状と改革を進める現場を取材しました。(新潟放送局 記者 藤井凱大)

"分担"で成り立つ救急医療の現場

新潟市内の救急搬送は年々増加し、年間3万件を超えています。 救急医療は主に▽自力で来院できる軽度の救急患者に対応する1次救急 ▽入院や手術が必要な救急患者に対応する2次救急 ▽命に関わり高度な医療を要する重症患者に対応する3次救急に分類されます。

新潟市内を走る救急車

新潟市で3次救急に対応するのは新潟市民病院と新潟大学医歯学総合病院の2つで、2次救急には内科や整形外科、小児科など診療科ごとに夜間・休日の救急受け入れの担当病院を割り振る輪番制を設け、毎日当番となる医療機関を割り振っています。

新潟市の救急医療は、新潟市民病院が年間6000台ほどの救急車を受け入れるほか、およそ20の中小規模の病院が500台から2000台を受け入れ、分担することで成り立ってきました。

新潟市民病院

しかしいま、中小規模の病院で救急に対応することが難しくなってきています。背景にあるのは県内の深刻な医師不足と高齢化です。新潟県は国が2019年に数値化した医師の充足度を示す「医師偏在指数」が全国で最も低く、2036年の将来予測でも全国で最も医師不足が深刻になると予想されています。また新潟市の医師の平均年齢は政令市で3番目に高くなるなど高齢化も進んでいます。

 こうした影響を大きく受けているのが中小規模の病院が支えてきた2次救急です。深夜の時間帯では平均の病院問い合わせ件数は2回を超え、患者の搬送先が決まるまでに1時間以上かかることもあるといいます。

新潟万代病院

新潟市の救急医療体制を支えてきた輪番制から撤退する医療機関が出てきています。新潟市中央区にある「万代病院」もそのひとつです。病床数は52床と小規模ですが、これまで内科と整形外科の輪番に参加し年間500台程度の救急車を受け入れてきました。

しかし、ことし4月、内科の輪番から撤退しました。救急患者に対応できる3人の内科医の平均年齢はおよそ55歳。多いときには一晩で10台の救急車を受け入れることもある激務を続けるのは難しいという判断でした。

万代病院 堂前洋一郎院長

万代病院 堂前洋一郎院長(県医師会会長)
特にうちの病院の内科は医師の平均年齢が50を超えているので、もう2次輪番の当直はできない。

こうした状況に拍車をかけようとしているのが来年度から始まる「医師の働き方改革」です。 夜間などの時間外労働の上限を一部の例外を設けた上で年960時間とするほか、勤務と勤務の間に9時間以上の休息を確保することが義務づけられます。県医師会の会長も務める堂前院長は救急医療の先行きに不安を感じています。

万代病院 堂前洋一郎院長(県医師会会長) 
夜間に救急車が5台も6台も10台も来た時には、もうほとんど寝られない状態なので、 働き方改革では次の日休まざるを得なくなってくる。中小規模の病院で医師が休むということは日中の診療がストップしてしまうという非常に厳しい状態になるので、選択肢としては、2次輪番から撤退ということになってくる。救急に参加する2次輪番の病院が減ってきてしまうことになる。

このまま中小規模の病院で救急の受け入れ体制が縮小されていくと、最終的には3次救急に対応する新潟市民病院や新潟大学医歯学総合病院に負担が集中し、命に関わる重症患者に対応できなくなる最悪の事態に陥ることも懸念されています。

県医師会が異例の公募

医師の働き方改革が本格的に始まるのは来年度。待ったなしの状況にどう対応していけばいいのか。その案の1つとされるのが「医療機能の集約化」です。医療機能を集約した拠点病院を作り、救急を一手に引き受ける考え方です。 

新潟市の医療関係者によれば、これまでにも市内の病院統合の話が出たことがありましたが結局は具体化せずに終わったということです。新潟市は民間の病院が多く再編の議論は経営の問題に直結するため進んでこなかったのです。

令和5年3月に開かれた県医師会の記者会見

行政による再編も、これまでのように丁寧にコンセンサスを図っていく手法ではどうしても時間がかかるほか、新潟市が政令市であることから県と市の管轄が複雑になっているという事情もあるということです。 

こうしたなか動いたのが新潟県医師会でした。ことし3月に記者会見を開き、年間8000台の救急車を受け入れる拠点病院を公募するという異例の発表をしたのです。

県医師会 堂前洋一郎会長

県医師会 堂前洋一郎会長
救急車を8000台以上受ける大きな病院が(さらに)必要であるということはもう医療関係者、新潟市医療圏のなかでは常識というか、みなさんの共通認識だったわけです。ただ誰がどういう風にするかということがなかなか決まらなかった。
県医師会が後押しをして背中を押して、公募・選定して皆さんで協力して大きな病院を救急車8000台の病院をつくることが一番妥当であろうというところで公募することになりました。

県医師会による公募という異例の方法をとることで意欲のある病院の自発的な動きを促す。救急拠点となる病院を先に決めたうえで、ほかの病院に機能の分化を図っていくというスピードを意識した対応でした。

公募には2つの病院が手を上げました。選考で最も問われたのは救急医療を支える病院に変わっていくという「覚悟」。1か月という短期間でどこまで病院内での改革が進められるかという点が重視されたといいます。

済生会新潟病院 始まった体制の見直し

公募で選ばれたのは「済生会新潟病院」でした。済生会新潟病院がこれまで受け入れてきた救急車は年間2500台程度。市内3番目の規模の病院として救急を担っていく責任がある考え手を挙げました。新たな救急拠点に選ばれて2か月あまりが経過するなか、8000台の救急車受け入れに向けた体制の見直しが始まっています。

救急拠点の核となる救急科には経験豊富な医師を招聘し、救急専門の医師をこれまでの2人から3人に増やしました。チームを強化し、救急医療のノウハウを浸透させようとしています。

さらに進めているのが職員の意識改革です。救急車の受け入れ要請に対して実際に対応した割合を示す「応需率」は、公募に手を上げる前のことし3月ごろまでは多くても50%程度でした。医療の高度化にともない医師の専門領域が細分化したことで、患者の症状によっては別の病院で専門の医師に診てもらったほうがいいと医師が判断することがあったのです。

救急科の医師や看護師

しかし8000台の受け入れにはこの「応需率」を80%台後半から90%台まで引き上げる必要があります。今年度はまず60%台にすることが目標で、院内のページに週ごとの受け入れ達成状況などを掲載することにしました。具体的な数字を示すことで病院全体の意識を高めようとしています。

院内のページに掲載されている目標達成状況

すでに変化は出始めていて、ことし7月の「応需率」は60%台後半に上がりました。このペースを維持すれば救急車5000台を受け入れる計算になります。ただ意識改革だけでは限界があるのが実情で、来年度以降、医師数を現在の約110人から150人程度まで増やすとともに看護師や検査技師などの医療スタッフも増やしていく方針です。またハード面では病院の建て替えや新病棟を建設することも検討しています。

救急科 小林厚志部長

救急科 小林厚志部長
おそらく5000台くらいまではいまの努力とかそういうものでいけるとは思いますが、それ以降はやはりハード・ソフトともに充実させないと長い間続けることはできないと思っています。

地域の医療機関との連携を目指して

さらに救急拠点としての機能を果たしていくには、ほかの病院や診療所との連携が欠かせません。回復期にある患者を、ほかの病院に転院させることができなければベッドが埋まり、次の救急患者に対応できなくなってしまうからです。 

連携はまだ始まったばかり。8月1日に行われた地元の開業医などとの会合では、出席者からは患者の受け入れ先がなかなか決まらない状況を何とか改善してほしという切実な声が上がりました。

8月1日に開かれた協議会

参加した医師
疾患によってはだいぶてこずることがままありますし、この間大変だったのは大腿骨頸部骨折で新潟(市の病院)は全部だめで結局、燕(市)の病院に行ったのかな。そのときも返事をいただくのは「ベッドがない」とかいつもの返事だった。

参加した別の医師
医局・スタッフ全員がその気がなければ、取り組みはつぶれてしまう。

済生会新潟病院 本間照病院長

済生会新潟病院 本間照病院長 
もう基本は断らない、救急車はお断りしないという病院を目指していかなければいけないと思います。本当に困った顔がひとりでも減るようになんとか頑張っていろいろ考えていかなければならないと思います。

公募という異例の形で始まった新潟市の新しい救急医療体制の試み。 地域の期待にどこまで応えられるのか、模索が続いています。 

取材後記

済生会新潟病院は、8000台の救急車受け入れを令和9年度に実現することを目標に掲げています。これに合わせて新潟市の医療体制は、地域全体で医療を提供するという体制に変わっていくことになりますし、働き方改革に対応していくためには変わらざるを得ない面があります。 そして、新しい医療体制を実現するためには、公募を行った県医師会のほか、県内の医療体制の青写真を描く新潟県や、病院に医師を派遣している新潟大学の協力も欠かせません。また患者の側も医療体制が変わっていくということを知っておく必要があります。新潟市で始まった試みが安定した救急医療体制の構築につながるのか、これからも注目していきたいと思います。

  • 藤井凱大

    新潟放送局 記者

    藤井凱大

    平成29年入局。函館放送局、札幌放送局を経て、2022年夏に新潟放送局に赴任。現在、医療や経済、農林水産業などの取材を担当。

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