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「平和の尊さ伝えたい」ウクライナから避難 夫婦の訴え

  • 2022年09月08日
夫のムタル・サリフさんと妻のイリナ・シェフチェンコさん

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって2022年8月で半年。いまも多くの人がウクライナから日本に避難し、ふるさとを思いながら生活しています。新潟県小千谷市にも2022年5月、1組の夫婦が危険を逃れてやってきました。2人は地元の人たちのサポートを受けながら縁もゆかりもない土地になじもうと努力を続ける一方、小学校を訪れて平和へのメッセージを送りました。いま2人が何を思い、願っているのか、取材しました。(新潟放送局記者 猪飼蒼梧)

小千谷市に避難してきた夫婦

ウクライナから小千谷市に避難してきたのは、妻のイリナ・シェフチェンコさんと夫でガーナ出身のムタル・サリフさんの夫婦です。2人が住んでいた東部の都市ドニプロも、ロシア軍の攻撃を受け避難を余儀なくされたのです。一時的にヨーロッパのスロバキアに避難しましたが働き口を見つけることができず、用意されたアパートも手狭で長く暮らすことはできないと感じたといいます。

5月 来日した2人

そうした中、サリフさんが知人を通じて「おぢや避難民支援の会」の存在を知り、連絡を取ったことから日本への避難が決まりました。

5月に来日し、小千谷市が用意した住宅で暮らし始めて3か月余り。2人は縁もゆかりもない日本で自立した生活を送ろうとしています。

シェフチェンコさん
毎日小千谷のみなさんの優しさや支援に触れています。とてもフレンドリーです。

市民団体とともに新しい生活をスタート

「支援の会」は、2人に少しでも小千谷になじんでもらおうと市内や地域を案内するなどサポートを続けています。

日本で生活する上でいちばんの課題となるのは日本語。はじめは買い物も2人だけではできなかったといいます。2人は週2回日本語のレッスンを受けながら避難生活の長期化も見据えて市内で仕事を探しています。

日本語のレッスンを受ける2人

サリフさん
好きなことばは『おなかペコペコ』。食べることが好きだからね。

シェフチェンコさん
好きなことばは『はじめまして』。発音が気に入りました。

小千谷市では18年前(平成16年)に起きた新潟県中越地震をきっかけに、市民どうしの助け合いを大切にしようという活動が続いてきました。「支援の会」もこうした流れの中で結成され、2人の受け入れにつながりました。

「おぢや避難民支援の会」副会長 鈴木進五さん

支援の会 鈴木進五さん
地震のときには全国・海外から多くの支援をもらいました。
同時に被害を受けた人たちのつらさも私たちなら理解することができます。
2人のためにできることをしたいと思っています。

侵攻への胸の内

シェフチェンコさんと父親

2人が懸命の努力を続ける一方、ロシアによる軍事侵攻は終わる兆しが見えません。父親がドニプロに残っているシェフチェンコさん。

2人が避難したあとも父親の自宅周囲が攻撃される日があり、毎日ビデオ通話で安否を確認しています。

シェフチェンコさん
こんなことが実際に世界で起きていることにいらだちを感じます。
ドニプロに攻撃があった日はすぐに父に連絡して無事を確認しています。

 

夫のサリフさんはウクライナで大学を卒業し研修医として働き始めた矢先に侵攻が始まり、失望と怒りを感じています。

サリフさん
軍事侵攻で医師として働く機会やこの先のキャリアをすべて失いました。
私たちにとって悲劇であり、家族や将来について希望を失った日でした。

日本の子どもたちに平和の大切さを伝えたい

市民と交流を深める中で、市内の小学校からウクライナについて話をしてもらいたいという依頼を受けたシェフチェンコさんとサリフさん。依頼を引き受けたものの、2人はある迷いを感じていました。

ウクライナの現状を伝えるときにはどうしても破壊や暴力に触れざるを得ません。
子どもたちには衝撃が大きすぎるのではないかと考え、どのように説明すべきか決めかねていたのです。

迎えた小学校での講演当日。

2人は現地の写真を使い、ふるさとが攻撃されることの悲惨さをありのままに伝えました。
そして講演の最後に子どもたちに語りかけました。

シェフチェンコさん
家族を大切にしてください。いまウクライナには大切にする家族がいない人が
たくさんいます。友達や家族を愛してください。幸せになってください。

講演を聞いた児童
「とてもきれいなウクライナの国がロシアによって奪われていてとても悲しいと思いました」「家族を失った人がかわいそうだと感じました」「世界が平和な世の中になってほしい」

講演を終えた2人の表情は晴れやかでした。

 

シェフチェンコさん
小千谷の子どもたちはとても優しく、温かかったです。

サリフさん
きょうの授業はとても心温まるものでした。子どもたちには
平和の大切さ、そして家族や友達に感謝を伝えることの大切さを伝えることができました。


取材後記

いま2人のもとには県内の複数の学校から講演の依頼が寄せられています。自立に向けても努力を続けていて、サリフさんは医師の知識を生かしたいと医療に関わる分野で仕事を探し、シェフチェンコさんはウクライナで働いていた会社の業務をリモートで再開したということです。私が取材を申し込んだとき、2人は「ウクライナの現状を多くの人に知ってほしいのでぜひ来てほしい」と積極的に応じてくれました。報道関係者だけでなく市内で出会った人たちにも笑顔で接し、地域に溶け込もうとしている2人の姿が印象的でした。
2人は、8月には3年ぶりに開かれた長岡市の花火大会を訪れました。今回はウクライナへの軍事侵攻を受け、平和への祈りを込めて青色と黄色の花火も打ち上げられ、「支援の会」によればシェフチェンコさんは目に涙を浮かべながら見つめていたということです。
新潟県で取材する者としてまた1人の住民として、つらい思いを抱えながらも前向きに暮らす2人の姿を今後も伝えていきたいと思っています。

  • 猪飼 蒼梧

    新潟放送局 記者

    猪飼 蒼梧

    平成31年入局。
    新潟局が初任地で4年目。
    新潟市政、スポーツなどを担当。

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