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「日曜美術館」ブログ|NHK日曜美術館

出かけよう、日美旅

第108回 ニューヨーク/イースト・ビレッジへ ソール・ライターが暮らした街を歩く旅

2020年2月 9日

写真家ソール・ライターは2013年に89歳で亡くなるまで 60年余りをニューヨークのイースト・ビレッジで暮らし、主に自宅の近所を散歩し写真を撮り続けました。ライターを育んだ街を歩きます。

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イースト・ビレッジ、東10丁目と2番街の交差点にあるセント・マークス教会。ソール・ライターはこの近所に住んだ。

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ソール・ライターはアメリカのピッツバーグでポーランド系ユダヤ人の家庭に生まれました。1946年に画家を目指してニューヨークに出てきました。そして52年にイースト・ビレッジに移ってきました。ローワー・マンハッタンの東に位置するイースト・ビレッジやその南のローワー・イーストサイドは、古くより低所得者や移民が多く住むエリアとして知られてきました。19世紀末から20世紀にかけてはポーランドやウクライナといった東欧系の移民が押し寄せました。東欧系移民にはユダヤ教の人が多く、それはユダヤ教の会堂が街の中にあることからもわかります。 

イースト・ビレッジのもうひとつの特徴は、ソール・ライターが住み始めた1950年代に始まり、時代ごとに画家、写真家、詩人、ミュージシャンなど、歴史に名を残した芸術家が多く拠点としてきたことです。地区内の至るところに芸術家たちの伝説がひそんでいます。

セント・マークス教会

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セント・マークス教会の前に掲げられた看板。「教会」「ダンス」「詩」「演劇」と書かれている。

向かったのはソール・ライターが住んだ東10丁目。ライターの自宅があった場所の目と鼻の先、東10丁目と2番街と接する角にセント・マークス教会があります。ソール・ライターを生前追ったドキュメンタリー映画でも、この教会の前のベンチでくつろぐ人に向かってライターがシャッターを切る場面が登場します。

ここはマンハッタン全土の中でも特に古い教会として知られていますが、同時に文化的な聖地としても人々に記憶されています。

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セント・マークス教会前のベンチ。ソール・ライターがこの場所でシャッターを切っているシーンが映画の中で登場する。

特に有名なのは1960年代から現在まで50年以上にわたり続いているPoetry Projectでしょう。セント・マークス教会は常に実験的な詩の朗読の場で、50年代にはビート・ジェネレーション(注)のアレン・ギンズバーグが、1971年にはパティ・スミスが詩を朗読しました。今も1月1日には大規模な詩の朗読会が催されます。
注……ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアックらが中心となって始まった文学運動。1950〜60年代にかけて、当時の若者文化に多大な影響を与えた。

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東10丁目を歩く。レンガ造りの落ち着いた建物。 

70年代からはコンテンポラリー・ダンスの拠点ともなり、マーサ・グラハムやマース・カニングハムなどがこの場所でダンスを披露しました。 

なお草間彌生も60年代にローワー・マンハッタンを拠点としていて、『聖マルクス教会炎上』という彼女が書いた小説のモチーフとなった教会でもあります。

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ソール・ライターが日々通った道。

3番街+東10丁目の交差点

セント・マークス教会から西に向かって東10丁目を歩きます。ライターがいつも歩いていた道です。そして 3番街と東10丁目の交差点に到着。ライターは1952年にこの交差点を撮っています。

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ソール・ライターは1952年にこの交差点を写真に撮っている。

ライターの写真では、1階の外壁部分がコバルトグリーンに塗られたレストランとなっていました。現在は外壁の色や店が違ってはいますが、やはり1階がレストランで建物の雰囲気も大きくは変わっておらず、頭の中で景色を重ね合わせることができます。
ただ、ライターの写真の中ではとめどなく雪が振っていますが、現在は暖冬。温暖化の影響からか、訪れた日は1月のニューヨークなのに雪がまったくありませんでした。

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1950年代は緑色の壁の建物だったが、現在はレンガ色の外観。

Tanager Gallery跡

交差点からさらに進んで、東10丁目90番地へ。ここには1952年から1962年までの10年間、Tanager Galleryというアーティスト自身が運営するギャラリーがありました。ライターは「Near the Tanager」というタイトルでこの辺りを1954年に撮影しています。

東10丁目界隈では50年代から60年代初頭にかけて、こうしたアーティスト同士が団結して組合方式で運営するギャラリーが何軒もつくられ、「10th Street Scene」と呼ばれました。 

そしてライターは1956年には、このギャラリーで絵画の個展を開いています。彼は写真家として知られていますが、画家でもありました。写真家として名声を得た後も、毎日絵を描いていました。数千点もの絵画作品が残っています。

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ライターも撮ったTanager Galleryがあった場所には現在、日本企業のステーキレストランなどが入っている。

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イースト・ビレッジには蕎麦屋や和風の大衆居酒屋などもある。

ちなみにTanager Galleryがあった場所には、日本企業のステーキハウスが入っています。イースト・ビレッジの辺りは今や、ラーメン屋など日本の飲食店が多く並ぶエリアです。

東欧系の食の店

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セント・マークス教会からすぐの場所にあるウクライナ料理レストラン「VESELKA」。

ポーランド系やウクライナ系といった東欧系の食の店もイースト・ビレッジで見つけることができます。VESELKAは創業1954年、ウクライナ料理のレストランでライターも行っていたのではないでしょうか。また、この地域で長年親しまれている肉屋のEAST VILLAGE MEAT MARKET ではポーランドのソーセージなどが売られています。

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ウクライナとポーランドの伝統的な食が楽しめる「EAST VILLAGE MEAT MARKET」。

この街を彩ったアーティストたち

セント・マークス・プレイス通りには、60年代後半から70年代にかけてアンディー・ウォーホルがベルベット・アンダーグラウンドと一緒に実験的なショーを行った「Electric Circus」というナイトクラブがありました。同じ通り沿いで、80年代には「Club 57」というナイトクラブがあり、そこではキース・ヘリングやジャン・ミッシェル・バスキア、マドンナなどが活動していました。いずれもソール・ライターの住んでいた東10丁目から歩いてすぐです。

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イースト・ビレッジ及びローワー・イーストサイドではシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)を見かける。

50年代にはギンズバーグやウィリアム・バロウズなどのビート・ジェネレーションの詩人やチャーリー・パーカーなどのジャズ・ミュージシャン、ウィレム・デ・クーニングやジャスパー・ジョーンズなどの画家が、60年代にはウォーホルとベルベット・アンダーグラウンドが、70年代にはパンクロック・ミュージシャンが、80年代にはキース・ヘリング、バスキア、マドンナ、トーキング・ヘッズなどがこのエリアを拠点に活動していました。

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イースト・ビレッジやローワー・イーストサイドでは、アーティストが街に関わってきた歴史を肌で感じられる。写真はLa Plaza Culturalというコミュニティー・ガーデンで見つけた、70年代に活躍したアーティスト、ゴードン・マッタ・クラークの関与のしるし。

イースト・ビレッジは長らく低所得者やアーティストたちが気軽に住めるエリアでしたが、近年状況は大きく変わりました。家賃は跳ね上がり、周囲には高層ビルが次々つくられ高級化志向が進み、昔からの人々は留まることが年々難しくなっています。

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ニューヨークも暖冬続きで、昔ほど雪を見かけないようになってきている。

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ストランド・ブックストアの目の前、2019年に完成したばかりの高層ビル。

またライターの写真といえば、深い雪に埋もれた路地だったり、寒気に曇ったショーウィンドウの景色が多く登場しますが、温暖化の影響でそうした冬のニューヨークの風景も当たり前ではなくなりつつあります。 

ストランド・ブックストア

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赤いひさしがトレードマークのストランド・ブックストア。

最後にストランド・ブックストアへ立ち寄りました。言わずとしれたニューヨークを代表する書店で、今の場所では1956年から営業しています。本を愛したソール・ライターにとっても行きつけの場所で、お気に入りの浮世絵の本など日本関連の書籍も、ほとんどここで手に入れたとのこと。「蔵書を並べると18マイルの長さになる」というコピーが売りですが、本当に膨大な品揃え。ライターは晩年、店の表に出ているバーゲンブックのワゴンをチェックするのを日課にしていたそうです。

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お店の前のバーゲンブックのコーナーも、ストランド・ブックストアの名物のひとつ。 

イースト・ビレッジの街並み

ジェントリフィケーション(開発による街の高級化志向)によって、マンハッタンの景色は大きく変わりつつあります。しかし、地元の人に聞くと、ソール・ライターの住んでいたブロックはイースト・ビレッジの中でも特に美しい建物の景観が残っている場所だそうです。住民が中心となり、街の建造物保存の活動を続けていることも大きいようです。
ソール・ライターと数多くのアーティストの足跡が残るイースト・ビレッジを歩く旅、いかがですか。  

今回の「出かけよう、日美旅」はニューヨーク在住の環境デザイナー、ウェンディ・ブラウアーさんにご協力いただきました。ありがとうございました。

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イースト・ビレッジから歩いていける国際写真センター(ICP)。日本でのソール・ライター初個展は、ICPのキュレーターが監修した。

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以前はミッドタウンにあったが、2016年にローワー・マンハッタン、ニューミュージアムの近所に移転してきた。

展覧会情報

◎Bunkamura ザ・ミュージアム(東京)では、「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」が開催中です。3月8日まで。

【巡回】
4/11-5/10 美術館「えき」KYOTO(京都) 

インフォメーション

◎セント・マークス教会(St. Mark's Church in-the-Bowery)
131 E 10th St, New York, NY 10003 

◎ストランド・ブックストア(Strand Book Store)
828 Broadway, New York, NY 10003 

◎国際写真センター(International Center of Photography)
79 Essex Street New York, NY 10002
開館時間(ギャラリー部分) 午前11時〜午後7時(木曜日は〜午後9時)
休館日 火曜


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