2019年7月 7日
2018年5月2日に92歳で亡くなった絵本作家・かこさとしさん。人生の大半を関東で暮らしたかこさんですが、ふるさとを問われると、生まれてから8年を過ごした福井県の武生(たけふ。現・越前市)と答えていました。かこさんが愛した山河が残る越前の町に旅します。
JR北陸本線・武生駅で降りてまもなく、かこさとしさんが幼少時代に親しんだ山河の景色に出会える。
武生の豊かな自然の象徴とも言えるのが、日野川(ひのがわ)と、川に面してそびえる村国山(むらくにやま)、その向こう側に見える日野山(ひのさん)です。JR武生駅を降りて10分ほどで、そうした山と川の風景に今も出会うことができます。かこさんが童謡「ふるさと」の歌詞そのままだと愛した景色です。
越前市錦町。かこさんが小学1~2年生の頃住んだ辺り。日野川の土手がすぐそこに見える。
かこさんは武生時代に一度家を引っ越していますが、いずれも日野川のすぐ近くでした。かこさんの著書のひとつ『だるまちゃんと楽しむ 日本の子どものあそび読本』を見ると、エノコログサなど草花を使った遊びもたくさん出てきますが、かこさん自身、自然の中で工夫してさまざまな遊びを行っていたことが原点にあります。
日野川。地元の人によると、昔はこの辺りでも鮎が釣れたという。
橋から日野川を眺めていると、中洲でブルドーザーやショベルカーが工事をしているのが見えました。「おおみずの ときでも こわれない じょうぶな ていぼうをつくる こうじをしています かわの じゃりや すなを ほって、とらっくで はこんでいきます」。かこさんの代表的な絵本のひとつ『かわ』の語りが脳裏をよぎります。川の仕組みや、人間の営みと川の関係について、子どもの頃にかこさとしの絵本から学んだという人は少なくないのではないでしょうか。
日野川を挟んで対岸に見える工場。その前身となった会社の工場で、かこさんのお父さんは働いていた。
かこさんが小学1・2年の頃に住んだのは武生駅のすぐ裏あたり、住所で言えば錦町(にしきちょう)ですが、それ以前はもう少し北、豊橋(ゆたかばし)を渡った辺りにあった工場の社宅に住んでいました。駅側から豊橋を渡って日野川の対岸を見ると信越化学工業武生工場が見えますが、かこさんのお父さんはその前身となった大同肥料株式会社の工場に勤務していました。
かこさん一家が住んでいた工場の社宅跡地。今も信越化学工業の社宅がある。
かこさんの回想録では、武生時代、川の近くに生えていた桑の木から桑の実を取って食べるのが好きだった話が出てきますが、近所の人に聞いたところ、その昔、日野川の土手沿いに桑の木が多く生えていて、そこで養蚕も行われていたそうです。
用水路をたどっていくと、昔、かこさんが大ナマズを取りに出かけたという沼(地元では「フケ」と呼ばれる)の跡が。
かこさんの家があった辺りから用水路を北にたどっていくと、その昔、かこさんが大ナマズを探しに行った沼の跡にたどり着くことができます。数年前に干上がってしまったということですが、近所のおじさんに聞いてみたところ「確かにあそこには沼があって、ナマズはたくさんいたよ。小さいときよく遊びに行っていた」。こういうところで、かつて地元の子どもたちは遊んでいたのです。
もはや沼ではなく森のようになっている。
沼は枯れてしまってありませんが、かこさんの回想録の中で、沼にせり出した大きな木にしがみついて大ナマズを釣ろうとするシーンが出てきます。その木かもしれない巨木はありました。
この木につかまって、“沼の主”の大ナマズを釣ろうとしたのかもしれない。
越前市かこさとしふるさと絵本館 石石(らく)。2013年開館。
続いて、かこさとしふるさと絵本館 石石(らく)に行ってみました。こちらは2013年オープンで、かこさんの手がけた絵本のほとんどを収蔵し閲覧できる他、5000冊余りの絵本や紙芝居を読むことができます。
かこさとしやいわさきちひろなど、武生にゆかりの絵本作家の絵本が充実。
また、かこさんの絵本の中で取り上げられている自然現象についてわかりやすく読みとく企画展なども行われています。
かこさんの著書をベースに、台風の仕組みについてわかりやすく解説する企画展の準備が2階で行われていた。
館長の谷出千代子さんには、こんなお話もしてもらいました。
「かこさんが亡くなったのは5月2日で、今もさびしさが癒えません。
実は、その直前、ふるさとの武生をモチーフにしてかこさんが描いてくださった絵と詩『未来への行進』をもとにした歌を、地元の子ども合唱団がイベントで披露してくれる機会があったんです。かこさんの長女の鈴木万里さんもいらっしゃいました」
2006年に越前市中央図書館開館が新築移転した際、開館記念にかこさんが描き下ろした絵「未来への行進」(上は複製。原画は越前市中央図書館が所蔵)。この絵に書かれた詞に曲がつけられ、昨年、絵本館開館5周年を記念して合唱団による合唱が行われた。
「その直後に、かこさんのご容体が良くないとお聞きしました。目も開けられないし呼びかけてももう反応も返せないと。けれども万里さんが録音しておいた合唱団の歌をお聞かせしたら、『村国山めざし さあ いこう 次は日野山〜』というところで、目を開けられたのだそうです。最後に、心の中で日野川や日野山のもとに帰ることができたのかもしれませんね」
越前市民を中心に「越前らくひょうしぎの会」という、紙芝居を振興するグループも結成されている。
武生中央公園内に2017年につくられた「だるまちゃん広場」。かこさんの絵本に出てくるモチーフが遊具に取り入れられている。武生の自然を背景に、子どもたちが元気よく遊んでいた。
「かつて国府があった町並は戦火にも震災にもあわず、しっとりとした往時のたたずまいを残しています」と、かこさんの回想録『未来のだるまちゃんへ』に出てきますが、そうした古い町並みが越前市内には今も残っています。
町なかには寺も大変多く、風情ある寺町の路地を歩く楽しさもあります。
細路地を入ると、旧料亭街の跡が。
武生にはいわさきちひろの生家跡も残っており、記念館として一般公開されている。
また武生公会堂記念館は1929(昭和4)年に武生町公会堂としてつくられた建物です。この建物ができた当初はものすごくハイカラで特別な存在だったようです。かこさんはここで食べたライスカレーを思い出話につづっています。今は建物内には飲食店はありませんが、創設当時は1階に食堂があったということです。
武生公会堂記念館。武生に残る昭和期のモダン建築。現在は博物館。
武生の名物といえば、おろしそば、それから中華そばなどが有名です。町なかの中華そば屋さんに入ったら、かこさんが描いた「たけふ駅前中華そば」のポスターが貼られているのを発見しました。
武生では中華そばも地元のグルメとしてよく食べられている。
武生の中華そばやに貼られた案内ポスター。かこさんが原画を手がけた。
寺町の雰囲気を色濃く残す武生の通りのひとつ、京町通りを進んだ突き当たりが引接寺(いんじょうじ)という大きなお寺で、その境内に「丈生(じょうせい)幼稚園」があります。ここは大正時代に武生で最初にできた幼稚園で、かこさんも通っていました。
もともと1899(明治23)年、福井県警察部庁舎として建てられた木造洋風建築を1924(大正13)年に今の場所に移築し、幼稚園の園舎として使い始めたとのこと。現在も現役で、子どもたちが元気な声を響かせています。
京町通り。この道の突き当たりが引接寺。
かこさんも通った丈生幼稚園 (※特別に許可をいただき撮影させていただいています。一般の方は許可なく中に入ることはできません)
もともと庁舎の建物を転用しているので、室内では建物の柱が不思議な位置にあるのですが、先生によると「子どもたちはたくみに避けながら上手に遊んでいます(笑)」。
園内には、幼稚園の大先輩・かこさんから子どもたちへのメッセージが書かれた色紙が飾られていました。
丈生幼稚園の室内。もともと幼稚園としてつくられた建物でなかったこともあり、柱が変わった場所にある。
かこさんから幼稚園に送られた直筆の色紙。
現在の園児たち。みんな元気いっぱい!
かこさんは、子どもたちの持つ、「自分で工夫しながらいろいろなものを生み出していく」姿勢を常に尊重していました。今も残る豊かな自然。それからたくさんの発見のきっかけをくれる絵本館の存在。かこさんの面影を感じに行く福井への旅は、同時に、これからを生きる子どもたちに伝えたいものを考えるひとときにもなりました。皆さんもお子さんと連れ立っての越前の旅、いかがでしょうか。
◎かこさとしの世界展
ひろしま美術館 2019年6月15日〜2019年8月4日
大丸ミュージアム〈京都〉 2019年10月30日〜2019年11月18日
八王子市夢美術館 2020年2月1日〜2020年4月5日
松坂屋美術館(名古屋):2020年4月25日〜6月7日
◎没後1年かこさとし絵本展
藤枝市文学館(静岡)2019年7月28日まで
◎かこさとしの世界
かごしまメルヘン館(鹿児島)2019年7月12日〜2019年9月16日
◎かこさとし ふるさと絵本館 石石(らく)
福井県越前市高瀬1-14-7
開館時間 午前10時〜午後6時
休館日 火曜、祝日の翌日、年末年始
JR「武生」駅下車徒歩約32分
市民バス「のろっさ」市街地循環北ルート・南ルート「ふるさと絵本館前」下車すぐ
◎武生中央公園 だるまちゃん広場
福井県越前市高瀬2-7-24
JR「武生」駅下車徒歩約20分
市民バス「のろっさ」市街地循環北ルート・南ルート「文化センター・中央図書館」下車すぐ