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「日曜美術館」ブログ|NHK日曜美術館

出かけよう、日美旅

第66回 大阪・箕面の滝へ 池大雅を発見する旅

2018年4月29日

与謝蕪村と並んで、日本の文人画を大成した人物として知られる江戸時代中期の画家、池大雅(1723〜1776)。中国の山水画を手本としつつも、実景から多くを学び取ろうとしました。池大雅が旅し描いた場所のひとつ、大阪にある箕面の滝を訪ねました。

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池大雅の作品にも描かれた大阪・箕面の滝。

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文人画の世界では、写実から脱却して観念的な風景として描き出します。しかし池大雅はそれに終始せず、日本各地を旅して、実際の風景を描いた「真景図」もたくさん手がけました。それゆえ旅の画家とも呼ばれています。

松島(宮城)、華厳の滝(栃木)、妙義山(群馬)、浅間山(長野/群馬)、立山(富山)、白山(石川/岐阜)、富士山(静岡/山梨)、三保松原(静岡)、東尋坊(福井)、吉野山(奈良)、嵐山(京都)、那智滝(和歌山)、宮島(広島)、錦帯橋(山口)などなど。池大雅は交通機関もない時代にもかかわらず、日本全国に足を運んでいます。

今回選んだ大阪・箕面の滝については「箕山瀑布図」という作品名で、1744年、22歳のときに描いています。大雅にとっての真景図の原点と言われる絵です。

箕面駅から出発

出かけたのは、4月後半の晴れ渡る週末。初夏が近づき、1年の中でも行楽が気持ち良い季節の到来です。出発は箕面駅、そこからすぐ滝道が始まります。舗装された道は昨秋の台風被害により途中から、通行止めになっていますが、川を挟んで対岸のハイキング道を使えば、滝までたどり着くことができます。それほど険しさもありませんし、山登りの気分を味わうならば、むしろおすすめです。  

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箕面の伝統菓子・もみじの天ぷら。ほんのり甘くておいしい。山登りのお供に。

滝道の始まる辺りには、箕面名物・もみじの天ぷらを売る土産物屋や、川を眺めながらひと休みできるカフェなどが並んでいます。また渓流に張り出した納涼床で、食事を楽しむ川床会席も始まったばかり、これから夏に向けてにぎわっていくことでしょう。

現在、滝がある場所は、明治の森箕面国定公園の一部です。道すがら、森林浴をしながら川辺で読書をする人、ランニングやウォーキング、犬の散歩などをする人など、思い思いにこの公園を楽しんでいる景色に出会いました。

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箕面の滝を含む一帯が国定公園となっている。気持ち良さそうにくつろぐ人々。

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箕面の川床もこれから本格化。川で涼を取りながら食事が楽しめる。

明治の森箕面国定公園には1000種近い植物と3000種を超える昆虫、さらに野鳥や動物も数多く生息しています。敷地内には昆虫館もあります。箕面の森一帯は、東京の高尾、京都の貴船と並んで「日本三大昆虫宝庫」と言われてきたそうです。

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箕面公園昆虫館。箕面は子どもを連れて遊びに来るのも楽しい。

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陽光を浴びて輝く新緑のもみじ。

瀧安寺

突然に法螺貝(ほらがい)の音が聞こえてきました。見ると、白装束に身を包み法螺貝と錫杖(しゃくじょう)を携えた男性が。ただ、白い装束の下は行楽客と変わらないカジュアルな服装だったこともあって、思い切って話しかけてみました。聞けば、普段は別の仕事をしながら、休みの日に修験者としての修行をしているとのことでした。「僧職でなく一般の方でも、修験道のお寺に行って許可を受ければ山の修行をすることができるのです。私も始めたのは最近で、きっかけは山登りが好きだったことでした」。ちょうど、滝の方にお経を上げに行ってきた帰りだとのこと。

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滝道でばったり修験道の行者と遭遇。法螺貝、錫杖といった法具を見せていただく。

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瀧安寺。もともと修験道の道場だった。

箕面は修験者たちの行場としての歴史を持ち、滝道沿いには修験道の開祖と言われる役行者(えんのぎょうじゃ)が建てた650年創建の瀧安寺(りゅうあんじ)があります。池大雅が滝を訪れた際にも、立ち寄ったかもしれません。

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大護摩道場。4月・7月・11月に修験者たちが集まる行事がここで行われる。

せっかくなので瀧安寺に立ち寄り、境内を見学。つい先ごろ、4月15日に関西一円から山伏が集まる大きな年間行事、採燈大護摩供(さいとうだいごまく)が行われたばかりだそうです。ご住職にお会いできたので、話を伺いました。

「今では観光地となっている箕面の滝ですが、歴史をさかのぼれば、誰もが気軽に立ち入ることのできる場所ではありませんでした。江戸の中期、元禄年間の前後から世の中の安定のもと一般の人たちのあいだで観光が普及し始め、この地にも人が訪れるようになりましたが、それ以前はもっぱら“修行の山”でした。現在のような川沿いの道もなかったですし、もう少し先にある釣鐘淵(つりがねふち)では、よく人が落ちて命を落としました。厳しい覚悟を持って修行をしに来る、そういう場所でした」

池大雅が生きた頃は元禄年間より少し後、ちょうど人々が観光で訪れ始めた頃ということです。

「それでも明治時代に修験禁止令が政府から出されるまでは、ここ瀧安寺も修験道の道場でしたし、滝の周りには行場と呼ばれる修行のためのお堂が80房もありました。明治に入り、皆撤去されたのです。その後明治政府によって、ここを森林公園にしようという計画になったのですが、実は現在、滝の近くで土産物屋さんになっている場所の多くは昔の修験者の行場の跡なのです」

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瀧安寺の境内。真っ赤な橋を渡った奥に、立派な堂舎が並ぶ。

もっとも、修験道自体は現代も絶えることなく続いており、関西では京都の聖護院と醍醐寺、奈良の金峯山寺蔵王堂の3つの本山があり、今も修行を行っている人が多くいるそうです。先程滝道でお会いした修験者も、そのいずれかから来ているのではないかということでした。

滝道を歩く

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生い茂る木々を見ながら池大雅の山水画の墨線を思い浮かべる。

池大雅は、旅の中でも登山をよくしました。高芙蓉(こうふよう)、韓天寿(かんてんじゅ)というふたりの文人と共に、1760年に3か月にも及ぶ大旅行に出かけて、白山、立山、富士山を制覇。その記録文やスケッチを貼り付けた「三岳紀行図屏風」は有名です。他にも浅間山への登山から生まれた「浅間山真景図」など、山にまつわる絵が多くあります。

そこには、見たことのない自然の風景を見て観察する意識もあったでしょうが、一方で修験者的な態度もあったのではないでしょうか。ちなみに、池大雅は京都の生まれ育ちですが、20歳から23歳まで聖護院(左京区)の門前で暮らしています。聖護院は前述のとおり、関西における修験道の本山のひとつです。

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ハイキング道の途中にある「姫岩」。

ちなみに駅から箕面の滝までのハイキングは、適度なアップダウンもはさみながらの40〜50分程度の道のりなのですが、幼児も登っていましたし、赤ちゃんを背負ったお父さん、さらには妊婦さんなどとも途中すれ違い、山が人々にとって身近なことを実感しました。装備は日常の服装にスニーカーでも良いですが、しっかりした靴だとより安心です。    

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道中、小さな子どもが登っている姿も多く見かけた。

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今は道も整備され気軽に滝まで行くことができるが、かつては危険の伴う道のりだった。

箕面大滝 

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箕面の滝に到着! 隣接する高い崖の景色も山水画のよう。

そこここでもみじの新緑に出会いながら(箕面は紅葉の名所として有名)進んでいくと、ついに滝が見えてきました! 

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33メートルの高さから流れ落ちる水流。水墨の線を想像する。

箕面の滝と通常呼ばれているのは、箕面大滝のことです(上流には他にも小さな滝があります)。箕面大滝は日本の滝100選にも選ばれており、その名に違わぬ見事な眺めです。見ている景色と池大雅の「箕山瀑布図」を、頭の中で重ね合わせます。崖を落ちながら分かれていく滝の水の筋が、水墨の線のよう。滝の脇にそびえ立つ高い崖は、中国の山水画の山を思い起こさせます。

瀧安寺のご住職の話が思い出されました。「今皆さんが観光でご覧になる大滝は雌滝(めだき/女滝)と言いますが、その上流にもう一つ雄滝(おだき/男滝) があるんです。そこでかつては、滝に打たれながらの修行が行われていました。修験道の開祖で瀧安寺の建立者でもある役行者も、しばしばそこで修行したと伝えられています」

旅をとおし、絵をとおし、自然の本質をつかもうとした池大雅。ただ形をつかむだけでなく、そこに行くことで精神を修養し、内面的な風景へと行き着こうとしたのではないでしょうか。
爽やかなこの季節、箕面の山で、池大雅に思いをはせてみてください。

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近くにいるとしぶきが。ハイキングを楽しみ、滝に癒やされる。

インフォメーション

◎箕面大滝
阪急「箕面」駅から徒歩約40分
※昨年の台風被害(土砂くずれ)により、駅前から滝へのびる舗装された遊歩道(滝道)は一部区間通行止め。対岸の山道は通行できます。(2018年10月末に復旧工事完了予定)

◎瀧安寺
大阪府箕面市箕面公園2-23
参拝時間 午前9時〜午後4時
阪急「箕面」駅から徒歩約15分

◎箕面 交通・観光案内所
駅と直結した観光案内所。足湯もある。
大阪府箕面市箕面1-1-1
営業時間 午前10時〜午後4時
定休日 木曜

展覧会情報

「特別展 池大雅 天衣無縫の旅の画家」が5月20日(日)まで京都国立博物館 平成知新館にて開催中です。


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