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2021年5月 2日

コラム 19世紀の画家たちが描いたノルマンディーの海

5/2放送「私は世界でもっとも傲慢な男 ―フランス・写実主義の父 クールベ」いかがでしたか? 日美ブログでは、19世紀の画家たちが海を描きに出かけたノルマンディー地方にスポットをあてます。こちらもあわせてどうぞ。

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1869年、クールベはフランスの北西部・ノルマンディーの沿岸の町エトルタでうねる波の作品を40点以上描いた。 
ギュスターヴ・クールベ 「波」 1869 年 油彩・カンヴァス 愛媛県美術館

鉄道の発展と海のレジャー化

フランスでは1840年代から鉄道建設が加速、パリからの交通網が海辺まで広がりました。それによって観光事業も促進され、都会の人々は積極的に海に出かけるようになりました。新興富裕層を中心に人々はノルマンディーの海岸沿いの海水浴場で泳ぎ、さらにその周りを開発してできたレジャー施設でカジノ、ゴルフ、ショッピングなどを楽しんだ模様です。海を見下ろす場所には別荘が並び、人々がシーサイドで余暇を過ごすライフスタイルが定着していきました。

ノルマンディー方面への鉄道開発の経過としては1843年にパリ〜ルーアン、さらに1847年にルーアン〜ル・アーブルが開通。1850年代にはこれらの路線が統合する会社、西部鉄道が発足しました。パリにおける西部鉄道の発着駅はサン・ラザール駅でした。マネやモネが絵画の中で描いたことでも知られるターミナル駅です。

海が身近になりレジャーの場所となっていくのに呼応して、戸外制作を得意にする画家たちは「海」「浜辺」というモチーフに意欲的に取り組むようになりました。クールベの他、同時代の画家でノルマンディーの海を多く描いた画家にはブーダン、モネ、ミレー、カイユボットなどが知られています。海の絵は需要も高く、商業的にも良かったようです。 

クールベが拠点にした「トゥルーヴィル」「ドーヴィル」「エトルタ」

「私たちはついに海を、地平線のない海を見ました(これは谷の住人にとって奇妙なものです)」。山あいの村で生まれ育ったクールベは、22歳のときに、人生で初めて海を目にして、このように手紙に綴りました。その後1860年代後半に、クールベは3度にわたってノルマンディーの沿岸の町で滞在して集中的に制作をしています。

1865年9〜11月はトゥルーヴィルで、小舟を点景として置いた海と沿岸のみの風景画を中心に35枚のカンヴァスを仕上げています。1866年はドーヴィル中心に滞在、10数点を描きました。このときには、すでに海景画で実績を持っていたブーダンやモネとも知り合いになっています。1869年にはエトルタに滞在して50点ほど制作しています。そのほとんどは、うねる波に焦点をしぼった作品。この地でクールベは独自の海の表現に到達します。

地名で見ていく、画家とのつながり

ノルマンディー地方沿岸の町と、19世紀の画家や作品との接点を見ていきましょう。

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ル・アーブルは何と言ってもモネと縁が深い町です。モネの生まれはパリですが5歳から18歳までル・アーブルで暮らしています。この場所でブーダンと知り合って、戸外での制作について教えられました。印象派の呼称のきっかけとなったのは1872年のモネの作品「印象、日の出」ですが、その絵のモチーフとなったのがル・アーブルの港の景色です。

ル・アーブルから少し北に行くとサン=タドレスの海岸があり、ここもモネが描いています。モネにとっての初サロン入選作となった1865年「干潮のラ・エーヴ岬」で描かれたエーヴ岬もサン=タドレスのすぐそば。
 
ル・アーブルから25kmほど南、オンフルールは、モネやクールべに多大な影響を与えたブーダンが生まれた町。ブーダンは浜辺の風景画を手がけた19世紀の巨匠として一番に名前が挙がる存在ですが、ビーチと人の様子の描写とともに、空の描き方が素晴らしいと、クールベやコローから賞賛されました。

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ウジェーヌ・ブーダン 「浜辺にて」 油彩・カンヴァス 個人蔵

オンフルールから西に20kmほど行った、トゥルーヴィルやドーヴィルの浜辺はクールベ、ブーダン、カイユボットなど多くの画家が描いています。この辺りの浜は遠浅で海水浴を目的とした行楽客が非常に多い地域だったようです。

ル・アーブルから30km近く北上したところにあるのがエトルタ。前述の通り、クールベが波にフォーカスした絵を多く制作した町ですが、それ以上によく知られているのはモネが繰り返し「アヴァルの門」を描いたことでしょう。エトルタは石灰岩が風雨にさらされ形成された真っ白な断崖の風景で有名な景勝地。モネは1883年の1-2月に滞在して以降、1886年まで毎年エトルタを訪れて、さまざまな天候・時間帯のもとで表情を変えるアヴァルの門を何枚も描きました。

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クロード・モネ「アヴァルの門」 1886年 油彩・カンヴァス 島根県立美術館

映画『シェルブールの雨傘』で知られるシェルブール(2000年に隣町と合併し現在はシェルブール=オクトヴィルという町名)もノルマンディーの港町です。シェルブールと縁が深いのはミレー。生まれたのはこの近くのグレヴィルという農村ですが絵の修業はシェルブールでしました。その後パリ、そしてバルビゾンへと移り住んだミレーですが、1870年に普仏戦争の勃発を機に再びシェルブールへ移住。このときに「グレヴィルの断崖」というタイトルの絵を何枚も描いています。  

旅先を見つけるきっかけにも

絵画で取り上げられた場所を知ることで、その絵の背景にある時代背景・社会の変化や、土地毎の特徴的な景色などを知ることができます。行ったことのない魅力的な旅先を発見するきっかけにもなるかもしれません。今は移動が困難な状況でありますが、自由な旅が再びできるようになったときのための支度を、絵画から行ってみてはいかがでしょうか?

展覧会情報

◎「クールベと海 展ーフランス近代 自然へのまなざし」
  パナソニック汐留美術館(東京)
   4月10日~6月13日
  ※緊急事態宣言により4月28日から臨時休館中 

*記事中の作品図版はいずれも「クールベと海 展ーフランス近代 自然へのまなざし」の出品作です。