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2021年3月 7日

コラム 震災10年 アーティストたちの言葉

3/7放送「震災10年 アーティストたちの想像力」いかがでしたか? 日美ブログでは番組で紹介しきれなかったアーティストの言葉を抜粋して紹介します。こちらもあわせてどうぞ。

●小森はるか+瀬尾夏美

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小森はるか+瀬尾夏美  

見えなくなったがなくなったわけではないものがそこにある

(瀬尾) 私たちは大学4年生のときに震災が起こって、絵を描くこともうまくできない状態だった中で、本当の感じがわかりたいと思い、現地に行ってボランティアに参加した。

2012年から2年間、陸前高田市に暮らしていたが、日常的にいろんな人の話を聞くようになると一人の話を聞いても他の人のなかに似た感情や喪失があると感じた。一人の声を聞いても複数の人の声として響くようになった。

今回の作品の中で展示している言葉は、現地で聞いた言葉を書き留めて、そのときどきでSNSのタイムラインに発信していたもの。被災の悲惨な部分だけが明るみに出るのでなく、ちゃんと生活が、営みがここにも同じようにありますよということを“報告”するような気持ちで行ったものだった。

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瀬尾夏美

(瀬尾)2014〜2015年は復興工事が特に活発だった時期で、かつての街の跡を壊し、その上に新しく土地が盛られていった。上に築かれる生活が全然想像できないまま、当時は喪失感ばかりが先に立った。復興を楽しみにしている人、希望と感じている人がいる。でも、その一方で自分はそれを言えない、うまく語れない、という人もたくさんいた。

2017〜2018年になると喪失だと思っていたかさ上げ地が整い、その上にまちができてきた。失っていく怖さがあったけれど、新しい土地ができ生活ができるようになっていくと意外と人々の間で震災のことを話す機会が減っていく。それはある意味、たくましいことでもあるけれど、でも語らなくなったからと言ってなくなったわけではない。そういう状態の中で生活を送っているまちの人たちがそこにはいた。

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小森はるか

今の風景、過去の風景、未来の風景

(小森) 最初に行ったときには被災した風景にしか見えなかった。居る人も被災した人としか見えなかった。でも出会い、食卓に迎えられ、お手伝いをして一緒に過ごす時間が増えていくうちで、そこにあるのはその土地で暮らす人々の、続いている人生の一部と見えてくるようになった。 

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小森はるか+瀬尾夏美「二重のまち/交代地のうたを編む」2019年 @Komori Haruka + Seo Natsumi

(小森)復興のためのかさ上げ地の工事が始まって、みなさんが大切にしていた記憶のよりどころだった場所がなくなっていった。そこに土が盛られていく様子は痛々しく、撮っていたときには悲しみや怒りといった感情に包まれながらカメラを向けていた。

でも後から見返すと、それだけではないものも映っていた。空や光がとても綺麗だったり草が揺れていたり、そこを歩いている人たちの表情と一緒に見るといい街だなと感じる瞬間があったり。そこから“創造”されていくものも映っていた。だからとても複雑な風景だと思う。大きな物語としての復興と、そこでの暮らし・営みが続いていく中での小さな復興。その両方が感じられるような映像として残せないか。

今の風景が、過去の風景にも未来の風景にも重なって、行ったり来たりするような想像ができる映像になったらいいと思っている。

● 加茂 昂

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加茂 昂

美しい風景の中にある違和感

震災が起きて世界と自分との関係がつかめなくなってしまった。日が経ってなんとか絵を描こうと試みたが無理だった。2011年4月の始め、友人と車で岩手まで北上し、海岸線沿いに福島まで降っていった。現地で感じた、海岸線から漂う匂いをすごく覚えている。

2016年に大学時代の同級生が訪ねてくれて、彼の実家は福島県双葉郡富岡町、福島の帰宅困難地域の中にあると教えてくれた。友人に連れて行ってもらってその場所を訪ねた。津波被害のように目に見える被害とは違ったが、明らかに街の時間が止まっていた。

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加茂 昂「福島県双葉郡浪江町北井出付近にたたずむ」 2019年 撮影:加藤 健

それ以来、その辺りにスケッチをしに通うようになった。行き始めた当初は境界線のところがバリケードのように囲ってあった。 

けれど1年、2年と経ち、明確なバリケードは減っていき「ここから先に行っては駄目」ということがカラーコーンと看板だけで示される場所に出会うようになった。風景としてはとても美しい。でも人間だけが入っちゃいけない場所。看板が、そこに立っている人間の姿のように、それ自体が人間の存在のように思えてきた。 

●佐竹真紀子

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佐竹真紀子

土地に重ねられる“堆積”

震災当日に報道を見ていたら、仙台市荒浜地区の海岸に300〜400人の遺体が打ち上げられたという情報がテロップで流れてきた。その言葉から勝手に連想した負のイメージに引っ張られてしまい、いろんなことが手につかなくなった。切り離すためにもちゃんと土地を見てみたいと出かけた。

行ってみると、もともとそこは美しい土地だったことがわかった。海のさざなみ、被災した状態で残った家の基礎を草が包んでいるさま。今も土地自体が持つ美しさは損なわれていない。

荒浜に通うようになって、かつて自分の家があった跡に小屋を建て他人が過ごせる場所をつくっている人がいたり、3.11にどうやって過ごそうか皆で考えている様子を見かけたり。そこにある人間の所作が土地の上に折り重なることでかたち作られる風景がまた美しいと感じた。

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佐竹真紀子「Seaside Seeds」 2017年

空の青、海の青、砂浜の柔らかい土の色、家の跡を覆っていた草の黄緑。私は風景を歩いていて色にすごく助けられるところがある。その土地や人から私が受け取った色。

震災によって一変してしまったけど、そこにあったという事実は変わらない。なくなってしまったものも、残っている人やものも。たくさんの時間と記憶がそこに重ねられている。その堆積を思いながらたくさん色を塗り重ねてそれを少しずつ彫っていった。

展覧会情報

「3.11とアーティスト:10年目の想像」
2月20日〜5月9日
水戸芸術館(茨城)