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2020年9月20日

コラム「第67回日本伝統工芸展」受賞作家 創作の現場より

9/20放送の日曜美術館で取り上げた「第67回日本伝統工芸展」。番組で紹介しきれなかった、受賞作家の創作の現場を日美ブログでもお届けします!

NHK会長賞 「紙胎皺矢羽根文箱(したいしぼやばねもんばこ)」人見祥永さん

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筒に巻いた和紙に上から力いっぱい圧を加え皺をつけていく。細かな皺がつくまで何度でも行う。

人見祥永(ひとみ・しょうえい)さんは30数年間日本伝統工芸展に応募し続け今回が初入賞。普段は表具師の仕事をしながら、和紙と漆の相性の良さを生かした漆芸作品を作り続けてきました。

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細かな皺がつくまで何度でも行う。

「原理としては張り子の虎などと同じで型に和紙を押し付けて漆で固めてから抜く『貼り抜き』で立体をつくります。ボディーの部分は厚みのある京都の黒谷和紙を何重枚も重ねて強度が出るようにしながら漆で固めています。表面は表情を出すために美濃和紙に繰り返し皺をつけて、それを矢羽の形にカットして互い違いに配置して貼ってあります。漆芸作品において漆はツルツルに磨いて仕上げるのが一般的だと思いますが、私の場合は余分な漆を拭き取って仕上げるのが特徴です。塗り過ぎるとせっかくの和紙の繊維を生かした皺が漆で埋められてしまって表情が損なわれるからです。皺の溝を砥石で研いだりと地味に手間が掛かります」

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漆によって固められた和紙。光に反射して美しい光沢感を出している。

「一つの作品をつくるのに一年近く掛かっているので、伝統工芸展に出品し終わるとすぐ次回に向けて作品をつくり始める。そんなサイクルです」

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以前に日本伝統工芸展に出品したときの作品。緑色の部分は玉虫の羽。白いラインは夜光貝。それ以外は全部和紙で出来ている。一見すると木箱と見間違うが持ってみると軽い。

「黒からタメ色※に変化している作品ですが、差し色になっている緑の部分には玉虫の羽を、乳白色の部分には夜光貝を漆で貼り付けています」
※タメ色…黒色が透けて、先に塗った赤味が見えてくる色合いのこと。

人見さんが制作拠点にしているのは京都府中部の南丹市。生まれ育ちもこの土地で、高校卒業と同時に京都市内の表具屋に就職して手に職を付けました。和紙の魅力を生かした作品をこれからも作り続けたいとのことです。

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南丹市にある人見さんの工房。左手に表具に使う仮張り板が見える。

 

日本工芸会新人賞「Whirl Boat Vessel」井尾鉱一さん 

現在33歳の井尾鉱一(いお・こういち)さんは今回の日本伝統工芸展最年少受賞者。祖父も父も金工の仕事をしていましたが、鉱一さんがその道に進むまでには紆余曲折がありました。

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段階によって使う金槌も叩き方も異なる。こちらは仕上げ段階で、表面の金槌の跡を細かく整えているところ。

「子どもの頃は、常に金属の匂いがする父の手が好きではありませんでした。美大への進学を決めた際も学芸員やギャラリーの仕事に興味があり芸術文化学科に入学しました。しかし実際の制作を知らずには作品を紹介したり、売ることもできないだろうと父の工房で金工の制作も勉強し始めました。いつしか避けていたはずの道を選んでいる自分がいました」

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鍛金をするときはまずバーナーで焼きなまして柔らかくしてから。

「大学は3年次からは金工専攻に転科。卒業後は韓国の公募展での受賞をきっかけに韓国の大学院に進学し、さらに金工を学びました。
韓国に留学したことで、日本の工芸、金工について客観的に捉える視点を得たことは大きな財産となっています」

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木の台に差し込まれているのは「当金(あてがね)」。金槌で板を打つとき、反対側で支えのようにして使用し、制作したい曲面の角度などによってさまざまな形の当金が使われる。

「また、幸運なことに大学院在学時から海外のギャラリーとのお付き合いが始まり、その中で日本の工芸作品への関心の高さを肌で感じることができました。日本の工芸作家に興味を持ってくれる海外の人がいることを知ったおかげで、金工を知ってもらうきっかけになればとSNSなどを通じた情報発信をする習慣もできました」

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硫酸銅と緑青を混ぜた水溶液。この溶液で煮込んで金属を着色する作業を「煮色(にいろ)」と言う。金属の種類によって煮上がったときの色は異なる。

「祖父、父が作品発表の場としてきた日本伝統工芸展に出品し、評価を受けることは目標のひとつにしていましたが、それだけに他で経験を積んで30歳になったらチャレンジしようと心に決めていました。入賞したことは素直に嬉しいですが、今を生きているという同時代性を表現してこそ未来へ伝統をつなぐことになると感じているので、より一層金工の可能性を開いていけるよう頑張りたいです」

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銅が3/4、銀が1/4の比率でできた合金「四分一」。銅板と違って、手で曲げようと思っても難しい。

今回井尾さんがチャレンジしたのは、「四分一(しぶいち)」と呼ばれる、銅75%程度、銀25%程度の配合からなる合金を使った金工です。「銅だけの場合よりも硬く扱いづらい素材。しっかりした技術と材料の特性への理解がないと、思うような形に仕上げることは難しい。焼きなましをして柔らかくしてから金槌で叩いていきますが、それでも板金から叩き出す最初の鍛金段階においては耳栓をしないといけないくらい、叩く音が強く響き渡ります。叩いて、焼きなまして、また叩く。この工程を25回くらい繰り返します。作品は成形後、表面を研ぎ上げた上で、硫酸銅と緑青(ろくしょう)でつくった水溶液で煮込んで着色していきます」

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四分一の板金を叩く井尾さん。加工するには強く叩く必要があり、耳栓をしていた。

展覧会

◎第67回日本伝統工芸展
[東京]
9月16日~ 9月28日 日本橋三越本店本館7階 催物会場
[名古屋]
9月30日~ 10月5日 名古屋栄三越7階 催物会場
[京都]
10月14日~ 10月16日 京都産業会館ホール北室 京都経済センター2階
[金沢]
10月23日~ 11月3日 石川県立美術館
[岡山]
11月13日~ 11月29日 岡山県立美術館
[松江]
12月2日~ 12月25日 島根県立美術館
[高松]
2021年1月2日~ 1月17日 香川県立ミュージアム
[仙台]
1月21日~ 1月26日 仙台三越本館7階ホール
[福岡]
2月3日~ 2月8日 福岡三越9階三越ギャラリー
[広島]
2月17日~ 3月7日 広島県立美術館