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2018年6月17日 / 旅の紹介 第70回 京都へ 小さな美術館を訪ねる旅

『フランス人がときめいた日本の美術館』著者のソフィー・リチャードさんは日本のミュージアムの良さを「見るのに何日もかかる権威的な欧米の大美術館と違ってサイズ感がちょうどいい。建物や庭にも味があり癒やされる。自然を題材にした陶磁器や染織などの繊細さにもひかれる」と語りました。大きすぎず落ち着いて鑑賞でき、さらにその建物や地域自体にも歴史がある。そんな美術館・記念館を同書で紹介されている中からピックアップして行ってきました。

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京都市東山区にある河井寛次郎記念館。作家自身の住居兼仕事場を記念館として一般公開している。

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河井寛次郎記念館

選んだのは美術館、博物館、寺社仏閣など、美に触れられる場所がひときわ充実している京都の町。意外とまだ行ったことがない魅力的な記念館・美術館もたくさんあります。『フランス人がときめいた日本の美術館』でも京都編ではそうした知る人ぞ知るミュージアムがフィーチャーされています。

まず訪れたのは東山区五条坂にある河井寛次郎記念館。河井寛次郎と言えば、民藝運動の中心的存在としても知られる大正〜昭和に活躍した陶工。その住居兼仕事場が記念館として一般公開されています。

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かつて河井寛次郎邸の台所だった場所を改装して記念館の受付に(写真左側)。その横には、寛次郎が自らデザインした神棚がある。

「まるで河井寛次郎の家に遊びに来たような感覚で、自由に巡っていただけたらと思います」(記念館スタッフ)
靴を脱いで室内に入ると、河井寛次郎自作の椅子に腰掛けたり、たたみの部屋で座ったり、階段で2階に上がったり、まさしく家を探索する感じで見て回ることができます。

こちらは昭和12年に河井寛次郎自身が設計から手がけてつくられた家。島根県安来市の実家が大工業で、棟りょうの兄と職人たちに来てもらって3か月ほどかけてつくったそうです。

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いろりの回りは半分が座敷。半分は椅子の形式になっている。

床のフローリングは寛次郎が朝鮮旅行の際に見た、“朝鮮張り”という独特の張り方。部屋の中央には自分でデザインした大きな神棚があります。いろりの周囲は、半分が小上がりになっていて、そこの座敷に座る人の目線と、小上がりになっていない床に置かれた椅子に座る人の目線が同じくらいになるよう計算されています。椅子は外国人が使うことも多かったそうです。民藝運動の中心人物で知られたバーナード・リーチさんなども座ったのでしょうか。

また印象的なのが、神棚につけられた大きなしめ縄と、いろりの上から吊るされた餅花(もちばな)※1です。
※1 餅花……柳などの枝に小さく切った紅白の餅を花のようにつけたもの。

しめ縄にせよ餅花にせよ、通常は正月が過ぎると外すのが習わしです。
けれども、寛次郎はそれらの造形が美しいと好んで通年で掛けたそうです。しめ縄は毎年大晦日に新しいものと取り替えました。餅花は友人が毎年新しいものを持ってきてくれましたが、寛次郎が取り外さないので、何本にも増えていったのだそうです。寛次郎の娘が残した文章に「年中しめ縄餅花の父」という言葉が残っています。

家のあちこちには、寛次郎が制作した器や木彫作品、しゅう集したさまざまな国の日用品が置かれています。囲炉裏の横には「民族造形研蒐点」という額が掛かっていました。世界中の民族の造形が結集する場所という意味のようです。

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大きな吹き抜け。天井から下がる縄は荷物を上に運び上げるためのもの。

部屋の中央は大きな吹き抜けになっています。京都の町家ではなかなか見かけないつくりですが、飛騨高山など各地の民家を見て回り参考にしながらつくったそうです。

住居部分から庭に出て奥に進むと、窯と仕事場も昔のままに残っています。素焼き専用の窯とアトリエがあり、さらにその奥に大きな登り窯があります。

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アトリエに置かれた、釉薬の模様の出方を試験した陶片(手前)。色も柄のパターンもさまざまで楽しい。

河井寛次郎は昭和41年に亡くなるまでこの窯を使って器を焼きました。窯の所有者は寛次郎でしたが共同窯として使われており、火入れのときは外からリヤカーに器を乗せて持ってくる人が多く出入りしにぎやかだったそうです。この辺りは清水焼の産地でもあり、かつては近所に登り窯が5、6基もあったとか。しかし昭和46年の大気汚染防止条例がきっかけで窯を町中でたくことはできなくなったということです。

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河井寛次郎が使用していた登り窯。火力の強い第1室・第2室を使って寛次郎は器を焼いた。

「実はここのお隣りも、斜め向かいも陶芸家さんの家なんですよ。また近所の若宮八幡宮は『陶器神社』と呼ばれています。清水寺に近い五条坂や茶わん坂の辺りは陶芸のお店が多く、夏になると五条通で陶器まつりが開催されます」

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仕事の合間に休憩をしたりめい想にふけったという小部屋が、アトリエの横にあった。

小さな館でありながら至るところに河井寛次郎の美意識の跡があるため見どころが多く、いつまでも居られそうでした。また今回は会えませんでしたが、生前も猫を飼っていた河井家だけに、現在も記念館にやってくる猫がいるとか。次に来るときの楽しみにすることにします。

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近所には陶芸店が多い。

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陶器神社とも呼ばれる若宮八幡宮。鳥居の横には「清水焼発祥の地」の碑。毎年8月7日〜10日に陶器祭りが行われる。

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清水寺に向かう「茶わん坂」にも陶芸関係の店が多い。

清水三年坂美術館

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観光客で賑わう三年坂周辺。

河井寛次郎記念館から歩いて10分ほど歩くと、観光客でにぎわう三年坂の中ほどに清水三年坂美術館があります。

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ここだけが流れている時間が違うかのような静かなたたずまい。「清水三年坂美術館」。

ここは幕末・明治期の日本の工芸美術を専門にコレクションしている美術館です。明治時代、外貨獲得を目的に日本の工芸品が大量に輸出されました。しかしその結果として幕末・明治の美術の名品が海外のコレクターに人気がある反面、日本国内ではその存在自体知る人が少ないということになってしまいました。当館の館長を務める村田理如(まさゆき)氏は会社員時代の海外勤務時にアンティーク店で明治期の印籠を見つけ、それ以来幕末・明治の美術品のとりこになって購入するようになりました。村田さんのコレクションは、現在1万点以上といいます。

館内は1階が常設、2階が企画展示となっています。置かれている工芸は主にまき絵、彫刻、金工、七宝、京薩摩です。

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旭玉山作、彫嵌「葛に蜘蛛の巣図文庫」。くもの巣は、カットした象牙を象がんすることで表現されている。

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こちらの美術館では、単眼鏡を貸出してもらえる。

まき絵師・白山松哉(しらやましょうさい)による、香合の表面に極細な金の線が渦を巻いているように描かれた渦文まき絵香合。安藤緑山による、野菜や果物をモチーフにした、あまりにもリアルな象牙彫刻。象牙に着色されているのですが、弟子もとらず技法も秘密にしていたため、今でもどうやって着色したかはわからないそうです。他に、明治期の七宝の頂点を極めたと言われる並河靖之の色鮮やかな有線七宝※2。鮮やかな色絵と金彩が表面を埋め尽くす京薩摩の陶器。などなど。
展示されているもののどれもが、感嘆してしまうほどの精緻な工芸品で息を飲んで見入ってしまいます。
※2 有線七宝……素地の上に金・銀・銅などの針金を輪郭線として貼り付け、その中にガラス釉を差して焼成、研磨する七宝。

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並河靖之の有線七宝の表面(ルーペで拡大してみたところ)。金銀銅の輪郭線のうちに釉薬を差し、美しい七宝をつくり出している。

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並河靖之の有線七宝による香水瓶。

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華やかな色絵と金彩が施された京薩摩の器。

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安藤緑山の象牙彫刻。サヤエンドウのヘタなど微細なディテールまで。リアル過ぎて象牙とはにわかに信じがたい。

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かつての武具・甲冑(かっちゅう)師によって、戦のなくなった世に技術を生かしてつくられるようになった「自在置物」。足や羽を動かすことができる。

清水三年坂美術館は、1、2階を合わせても決して広くはではないのですが、1点1点の美術品があまりに細かく超絶技巧が凝らされているために、ひととおり見ると心地よい疲れを覚えるほどです。また技法を説明したパネルや解説ビデオ、道具の展示等も丁寧。充実のひとときが過ごせること請け合いです。

重森三玲庭園美術館

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京大の正門の横を通り過ぎ、吉田神社の鳥居前を右に折れて脇道に入ってしばらく行くと、重森三玲庭園美術館がある。

清水三年坂美術館を見た後は五条通からバスに乗って東大路通を北へ。京大正門前のバス停で下りて少し歩くと昭和を代表する庭園家・重森三玲(みれい)旧宅の書院及び枯山水の庭園を公開している「重森三玲庭園美術館」があります。

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重森三玲庭園美術館は一日2回、11時と14時から予約制で公開している。

重森三玲の手がけた庭園としては、東福寺方丈庭園などがよく知られています。重森三玲庭園美術館になっているこちらは、重森三玲の自宅があった場所。吉田神社の神官の邸宅だったところを譲り受けて暮らしていました。来館者は、書院に上がって重森三玲作の庭園を眺めることができます。

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書院の奥中央、格天井がある下辺りから庭を眺めたところ。写真提供:重森三玲庭園美術館

このお庭は、部屋にあがり床の間に近いあたりからお庭と正面で対じして眺めるのがおすすめです。部屋の奥側は格天井(ごうてんじょう)※3になっていますが、これはその辺りが特等席であることを示しています。ちなみに書院は江戸時代につくられた格式ある建物。 
※3格天井……木材を正方形の格子状に組んでそれに裏板を張ってつくられている。最も格式の高い天井様式と言われる。

「元来、日本のアートは関係性の中で成り立っているもの。建物とお庭が完全に対じしていて、そこに向かうことで外界と交信するきっかけが得ることができるようになる。単にお庭を見るのでなく、そこから外界・宇宙と自分が同期していく。本来、そういう体験なのではないかと思っています」(美術館を管理・運営する重森三明さん)

書院の横に重森三玲が昭和44年に建てた茶室があり、こちらも見学できます。ふすまには2種類の異なる形状をした波のモチーフが施されています。また障子の腰板の部分には、細い木材が何本も斜めに貼られていて、竹林のようにも見えます。見ようによってさまざまな連想を誘うような仕掛けがそこここにさりげなく配されています。

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重森三玲氏が建てた茶室「好刻庵」。「刻々と移ろいゆく時はすべて良いときである」という考え方からこの名がつけられた。写真提供:重森三玲庭園美術館

実は、この施設の館長をされている三明(みつあき)さんは、重森三玲の孫にあたります。現代美術のアーティストでもあり、かつてこの場所を使って重森三玲の庭と現代アートをコラボレーションさせた展示も行ったことがあります。今後もそうした企画を検討しているそうです。

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茶室からの眺め。築山や州浜をかたどった敷石が向こうへと続いていて、書院前の枯山水の庭とつながっているように見える。写真提供:重森三玲庭園美術館

今回は、小さな美術館を時間をかけて満喫する小旅行をご案内しました。他にも日本のさまざまな地域にこうした体験ができる館があると思います。ぜひ見つけてみてください。

インフォメーション

◎河井寬次郎記念館
京都府京都市東山区五条坂鐘鋳町569
開館時間 午前10時午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)、夏季・冬季休館あり(お問い合わせください)
アクセス 市バス206・207系統「馬町」下車徒歩1分、または京阪電鉄「清水五条」駅から徒歩10分

◎清水三年坂美術館
京都府京都市東山区清水3-337-1
開館時間 午前10時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 月曜・火曜(祝日は除く)
アクセス 市バス80・100・206・207系統「清水道」下車徒歩7分 

◎重森三玲庭園美術館
京都府京都市左京区吉田上大路町34
開館時間 午前11時〜/午前2時〜(観覧には事前予約が必要)
休館日 月曜
アクセス 市バス31・65・201・206系統「京大正門前」下車徒歩5分
※公開しているのは書院と庭園と茶室「好刻庵」に限ります。