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2018年2月 4日 / 旅の紹介 第62回 葉山へ 山口蓬春を巡る旅

2月4日放送「山口蓬春 絵に年をとらせるな」では、常に新しい表現を模索した日本画家・山口蓬春(ほうしゅん)の生涯を紹介しました。
伝統と現代的な感覚をあわせ持つ日本画が生まれた画室を、神奈川県三浦郡葉山町に訪ねました。

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山口蓬春記念館。蓬春の画室部分。建築家・吉田五十八(いそや)が1953年に設計、増築した。

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1926年、第7回帝展に出品した「三熊野の那智の御山」によって、画壇に華々しくデビューした山口蓬春。
戦後は西洋近代絵画の影響のもと、新しい日本画表現を打ち立てました。
葉山と蓬春の出会いは終戦後の1947年。
疎開先の山形県から葉山を訪れた画家は、翌年に本格的に移住を果たしました。
「蓬春モダニズム」と呼ばれる現代的で洗練された傾向の作品は、この町で誕生したのです。

山口蓬春記念館

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門をくぐり、敷石を進む。建築家・大江匡(ただす)によって1991年の記念館開館時に設置された。

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山口蓬春記念館。蓬春は昭和初期に建てられた建物を購入し、吉田五十八による数回の増改築を加え整えていった。

相模湾を臨む葉山・三ヶ岡。蓬春が亡くなるまで暮らした邸宅が、山口蓬春記念館として公開されています。
年に5回開催される企画展・収蔵品展とともに、画室や生活空間なども見ることができます。
小高い丘を登り、手入れが行き届いた庭園を進むと、蓬春が暮らしていた約半世紀前の葉山にタイムスリップしたような気分になります。
御用邸からほど近いこの界わいは、蓬春が越してきた当時は別荘が点在するのみで、現在よりさらに閑静な場所だったそうです。

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「めでたきは蓬春邸―縁起物・吉祥文の魅力―」展(2月4日まで)。蓬春筆の「雙花」1937年(右)、模写「蓮池水禽図」(中)ほか、愛蔵の古美術品も展示。

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フランス近代絵画のリズムを思わせる「都波喜」1951年頃(左)、「計志」1950年(中)。澄んだ色彩が魅力的な「夏影」1963年(右)など、花々の作品も。

蓬春の生前に客間だった部屋の一つも展示室になっています。
新春らしく、おめでたい文様やモチーフに焦点を当てたコレクション展が開催されていました。
蓬春自身の作品に加え、敬愛する尾形光琳の掛け軸、唐時代の俑(よう・陶製の人形)など、身の回りに置いて愛でた古美術の数々も堪能しました。
特に心に残ったのは、やまと絵や中国の古典絵画の模写にかける蓬春の情熱です。
新しい日本画を目指し、マティスやブラックなどの西洋近代絵画からさまざまな要素を吸収したと言われる蓬春ですが、若き日に繰り返された研さんにも触れることができました。

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自然光が降り注ぐ蓬春の画室。蓬春はテーブルに向かい机に腰かけて絵筆を振るった。

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生前に使われたままの絵皿には蓬春らしい明るく澄んだ色が残る。

ほぼ当時のまま保存された画室も見学できます。
部屋の中央には大きなテーブルがあり、右手には絵皿と膠(にかわ)を溶かすための火鉢、左手には絵筆などの道具が並べられています。
うしろの壁は隠し棚になっていて、岩絵具の瓶が整然と収められています。
機能的で居心地のよいこの画室を得て、蓬春の制作がさらに充実したものになった理由が納得できました。

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景徳鎮の赤絵陶器(中国・明)が飾られた画室の棚。蓬春は陶磁器を描いただけでなく、制作の合間もそばで眺めるほど愛した。

画室の南向きに大きく開かれたガラス窓に目を奪われます。
この大きな窓を可能にしているのが、戸袋をなくし、雨戸や障子をはじめとする戸をすべて壁の中に収めた「引き込み式」の構造だそうです。
他にも、この画室には建築家・吉田五十八によるさまざまな工夫が凝らされています。
「大障子の雪見(上下に開けることができる部分)は通常とは異なり左右に開くようになっています。手の影が入らないように光を調節しやすくするために、このように設計したそうです」(副館長兼学芸主任・岡田修子さん)
蓬春と建築家の間で交わされたやりとりは残っていないそうですが、蓬春が戦前に東京・祖師谷で暮らした家も吉田五十八設計だったことからも、東京藝術大学の同窓でもある二人の間には阿吽(あうん)の呼吸が存在していたのかもしれません。

光あふれるモダンな画室を見学し、戦後の蓬春の作品の明るさと洒脱(しゃだつ)さの秘密に触れたような気がしました。

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春子夫人の客間、桔梗(ききょう)の間。武者小路千家の茶道を学んだ夫人は、この部屋で茶事を催した。

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茶の間。画室同様に吉田五十八によって増築された。ここで蓬春自ら水割りを作り、家事手伝いの方々に供することもあったという。

蓬春夫妻の暮らしぶりをうかがえる生活空間も公開されています。
春子夫人自身も平福百穂(ひゃくすい)に学んだ日本画家でしたが、嫁いでからは高い美意識で生活のすみずみを整えることに専心しました。
美しさで名高かった蓬春邸の庭。その手入れは春子夫人によって毎日欠かすことなく行われました。
邸宅がある丘の上に畑もつくり、育てた野菜で食卓をにぎわしたそうです。

後輩の画家たちの回想には、社交家だった蓬春との楽しい交流の思い出とともに、蓬春自身のスマートなたたずまいをたたえる「瀟洒(しょうしゃ)」「洒脱」などの言葉がよく登場します。
しかし、蓬春の画家としての半生は順風満帆だったとは言えません。
洋画から日本画への転向、家族の事業の破綻による苦学、さらには師・松岡映丘(えいきゅう)との決別、戦争――
心地よい茶の間にたたずみ、戦後、葉山で蓬春に訪れた穏やかな時間に思いをはせました。

神奈川県立近代美術館 葉山

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神奈川県立近代美術館 葉山。近代美術の魅力を発信し続けている。

山口蓬春記念館を後にしてから、丘を下ってすぐの場所にある神奈川県立近代美術館 葉山を訪れました。
春子夫人から寄贈を受けた約4,000点のスケッチや蔵書を所蔵し、1984年と2006年に開催した回顧展以外でも、下絵・素描の展示を中心にさまざまな切り口で蓬春作品を紹介しています。

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コレクション展「冬の旅、春の声」では、旅をテーマに作品が展示されている。(3月25日まで。同時開催:「白寿記念 堀文子展」)

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蓬春のデッサンも4点展示されている。1943年(左2点)と1956年(右2点)。二度の訪中で大同の石窟を訪れた際に描かれた。

訪れた日、幅広いジャンルの近現代作家による「旅」をテーマにしたコレクション展が開催されていました。
蓬春が戦前と戦後の二度、中国を訪れた際に描いたデッサンも4点見ることができました。
「中国の古陶磁や俑に注がれたのと同じ愛情が飛天や菩薩に注がれているのを感じます」と企画課長兼普及課長の橋秀文さんは語ります。

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レストラン(右手)からは相模湾が一望できる。

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構内の庭園には野外彫刻が点在する。東屋(あずまや)手前の彫刻は、西雅秋「大地の雌型より」 2003-5年。漁船から型抜きされた。

葉山しおさい公園・葉山しおさい博物館

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御用邸付属邸跡地に開設された葉山しおさい公園。日本庭園、相模湾の海洋生物をテーマにした博物館、茶室などがある。

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葉山しおさい博物館展示室。魚類・貝類などの海洋生物の標本や資料が展示されている。奥は昭和天皇寄贈の標本を展示している部屋。

神奈川県立近代美術館 葉山と細い路地を挟んで隣り合う葉山しおさい公園では、日本庭園のほかに、茶室、海洋生物をテーマにした博物館などを見ることができます。
「今、住んでいる所が、湘南の海村なので此頃の画題の多くは殆ど現在の環境から取っています」と1950年に語っている蓬春は、同年作の「夏の印象」に、貝殻のモチーフを描いています。スケッチに使ったと思われる貝殻は、蓬春の死後、この博物館に寄贈されたそうです(展示予定はありません)。

葉山の海

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神奈川県立近代美術館 葉山と葉山しおさい公園の間の路地。三ヶ下海岸に隣接する一色海岸が見えてきた。

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山口蓬春 スケッチブックより「三ヶ下海岸からの海の眺め」1947年 神奈川県立近代美術館所蔵(コレクション展では展示されていません)

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現在の海岸の眺め。蓬春はマティスが暮らす南仏のニースに葉山をなぞらえてもいた。

旅の最後に、蓬春が愛した葉山の海岸の眺めを堪能しましょう。
ピンクや紫、さまざまな色に染まる海原。
その豊かな表情を、蓬春は色鮮やかなスケッチに描きました。
戦後の代表作「山湖」(1947年)には、取材した裏磐梯の景色の他、スイスの画家フェルディナント・ホドラーからの影響、さらに明るい葉山の海岸のイメージが三重に重なっている、と指摘されています。
まばゆい海面を眺めながら、光あふれるこの場所が蓬春の芸術に与えた影響をあらためて体感しました。

夏場は海水浴客で大にぎわいの葉山も、この時期はとても静かです。 オフシーズンのこの町について、「浜辺に早や人影もなくなった、この広大な“私の庭”を散歩するのは、一年のうちの十カ月の楽しみである」と蓬春は語っています。 蓬春が愛した、静かな漁村の風情のあるこの時期の葉山を、ぜひ訪ねてみてください。

インフォメーション

◎山口蓬春記念館では、「めでたきは蓬春邸―縁起物・吉祥文の魅力―」展が開催中です。2月4日まで。
2月10日からは、「山口蓬春とお茶-蓬春邸にみる茶の湯のこころ-」展が開催されます。4月8日まで。

山口蓬春記念館
住所 神奈川県三浦郡葉山町一色2320
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館 月曜(祝日・振替休日の場合は開館し、翌日休館)
アクセス JR横須賀線・湘南新宿ライン「逗子」駅からバス約18分または
京浜急行線「新逗子」駅からバス約16分「三ヶ丘・神奈川県立近代美術館前」バス停下車徒歩3分。

◎神奈川県立近代美術館では、コレクション展「冬の旅、春の声」が開催中です。3月25日まで(同時開催:「白寿記念 堀文子展」)

神奈川県立近代美術館 葉山
住所 神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館 月曜(祝日・振替休日の場合は開館)
アクセス JR横須賀線・湘南新宿ライン「逗子」駅からバス約18分または
京浜急行線「新逗子」駅からバス約16分「三ヶ丘・神奈川県立近代美術館前」バス停下車すぐ。

◎葉山しおさい公園・葉山しおさい博物館
住所 神奈川県三浦郡葉山町一色2123-1
開館時間 午前8時30分~午後5時(入園は午後4時30分まで)
休館 月曜(祝日・振替休日の場合は開館し、翌日休館)
アクセス JR横須賀線・湘南新宿ライン「逗子」駅からバス約19分または
京浜急行線「新逗子」駅からバス約17分「一色海岸」バス停下車すぐ。