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2017年12月17日

第60回 諏訪へ ジャポニスムの美に出会う旅

12月17日放送「HOKUSAIの衝撃 ジャポニスム」では、北斎に衝撃を受けた西洋の芸術家たちを紹介しました。フランスのガラス工芸家・エミール・ガレもまた、その一人です。ガレを通したジャポニスムの美に出会いに、長野県諏訪市を訪ねました。

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信州最大の湖、諏訪湖。北斎も『冨嶽三十六景』などで描いた名勝地。

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19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパで流行した、華麗な曲線が特徴的な装飾様式、アール・ヌーヴォー。フランス北東部の街・ナンシーに生まれたエミール・ガレは、アール・ヌーヴォー興隆の立役者の一人であり、高度な技術と詩情を兼ね備えた独自のガラス工芸を打ち立てました。
ガレの芸術の誕生に北斎は大きな役割を果たしたのです。

北澤美術館

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諏訪湖に臨む北澤美術館。

諏訪市にある北澤美術館は、バルブ製造会社創業者・故北澤利男氏が収集した、現代日本画および、エミール・ガレやドーム兄弟をはじめとするフランスのガラス工芸約1000点のコレクションで知られています。
開催中の「ガレのジャポニスム展―日本美に注がれた熱いまなざし」(2018年3月31日まで)では、ジャポニスムに関連したガレの作品を見ることができます。

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「鯉文双魚形花瓶」1879-1899年。『北斎漫画』より、鯉の絵柄が大胆にあしらわれている。

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(左)「北斎写しカエル文香水瓶」1876-1884年 (右)「蜻蛉(とんぼ)文受皿」1876-1889年。初期作品からは『北斎漫画』がガレに与えたインパクトがストレートに伝わってくる。

初期作品のコーナーでは、透明ガラスの上に生き生きと描かれた生き物たちに目が釘づけになります。鯉もカエルも『北斎漫画』のイメージが借用されています。
ガレの作品にジャポニスムの影響が最も色濃く表れるのは父親が営んでいたガラス器の企画販売業を継いだ1860年代から、パリで名声を得た1880年代だと言われています。つまり、独自の作風を模索した時期と重なります。

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「羊歯文伊万里風縁飾皿」。一見、伊万里焼のようだがガラス作品。

20代の初めのガレは、1867年の第2回パリ万国博覧会に父の片腕として参加します。
今から150年前に開催されたこの万博は2000点近い日本の美術や工芸品が会場を席巻し、ジャポニスムブームのきっかけになったと言われています。
ガレは浮世絵や陶磁器、漆芸などを買い求め、さまざまなインスピレーションを得ます。
その心酔ぶりは、「ナンシーに生まれた日本人」と称されるほどでした。

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「菊にカマキリ文月光色鉢」1884-1889年。モチーフのみならず巾着のようなかたちにもジャポニスムの影響が。

ジャポニスムの熱狂が最高潮に達した1878年の第3回パリ万博。ガレは、微量のコバルトを混ぜることで薄青色に発色する「月光色」というガラス地を発表しました。「月光色」が使われた「菊にカマキリ文月光色鉢」。青と黒で描かれた葉は夜の風景であることを暗示し、さらにガラス地の薄青色は、まばゆい月光に照らされた空間を連想させます。
主席学芸員の池田まゆみさんは、この鉢を「月を描かずして月夜を感じさせる、まさにガレの才能が光る一点」と解説しています。
月夜の風景は浮世絵では定番と言えますが、ガレにとって日本とつながる新鮮な題材だったようです。

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「雪中松に鴉(からす)図花瓶」1898年頃。多様なエナメル釉で雪の質感を表現している。

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ビング編の月刊誌『芸術の日本』に掲載された「雪中松に鴉図花瓶」によく似た水墨画。

月夜のほかに、雪景色もまた浮世絵に刺激されたテーマでした。「雪中松に鴉図花瓶」では、こぼれ落ちる雪をガラス素地に溶けにくいガラス粉を混ぜて巧みに表現しています。

実はこの作品、今回の展覧会のための調査でデザインの借用元が判明したそうです。ジャポニスムの熱狂の中で刊行された月刊誌『芸術の日本』。そこに掲載された、雪舟派の絵師によるカラスを描いた水墨画に、花瓶の鳥たちはそっくりです。

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最晩年の作品のひとつ「蜻蛉文脚付杯」1904年。当時、トンボは日本を象徴する生き物として認識されていた。

革新的な工芸家であるとともに、ガレは筋金入りの園芸愛好家でもありました。広大な庭に2500種を超える草花や樹木を育てていたそうですが、うち400種は日本に関連した品種だったと言われます。

ガレの作品は次第に絵柄をそのまま引用する直接的なジャポニスムから脱していきます。周囲の環境や光の移ろいまでも複雑なガラスの素地を通して表した作品が中心になっていきました。

そこにも、自然の描写を通じて感情までも表現する、北斎をはじめとする日本の芸術家たちへの深い共鳴がありました。北斎の影響から始まったジャポニスムはガレの創作の根底に生涯息づいていたことを実感しました。

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最後のセクションではガレのライバル、ドーム兄弟の作品も。青い諧調は浮世絵の「ぼかし」からの影響が指摘されている。

諏訪湖

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湖畔公園の一角にある市営の足湯。源泉に足をひたしながら、湖や日本アルプスの眺めを楽しめる。

北澤美術館の隣には、本阿弥光悦の国宝「白楽茶碗 銘不二山」を所蔵するサンリツ服部美術館もあります。夏場にはにぎわいを見せる諏訪湖周辺もこの季節はとても静かです。ゆっくりと作品に向き合うには、良いシーズンかもしれません。

目前に広がる諏訪湖の雄大な景観もぜひ楽しんでください。昔から諏訪湖の冬の風物詩といえば御神渡り(おみわたり)が有名です。厳しい寒さで凍結した湖の上に氷が山脈のように盛り上がる現象です。

諏訪湖の南北に諏訪大社があります。南側に上社本宮(かみしゃほんみや)、前宮(まえみや)、北側に下社秋宮(しもしゃあきみや)と春宮(はるみや)の4社がそれぞれ位置しています。
御神渡は、上社にまつられた男神・建御名方神(たけみなかたのかみ)が下社の女神・八坂刀売神(やさかとめのかみ)のもとへ通った道筋だと言われています。

温暖化の影響か御神渡りは過去4冬発生が確認されていません。この冬に御神渡りが発生するのかどうか気になりますが、いずれにしてもこれから1月から2月頃の一面真っ白く凍った諏訪湖の美しさは格別!そんな声を湖岸に暮らす方から聞きました。

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諏訪湖から眺める富士山。ドーム型のワカサギ釣り船が浮かぶ。

沿岸を下諏訪方面に向かって歩いていると突然、山並みから富士山が姿を現します。
北斎が『冨嶽三十六景』の36図を世に送った後、「裏富士」と言われる富士図10図が出版されました。
その中の「信州諏訪湖」が頭に浮かびました。北斎はまた、凍結した諏訪湖の上を渡る人々の様子も「信州諏訪湖水氷渡」という作品に描いています。
湖を眺めながら、西洋の芸術家を魅了した北斎の自然へのまなざしに思いを馳せました。

諏訪大社下社/片倉館

せっかく諏訪を訪れたのですから、ぜひ諏訪神社の総本社、諏訪大社も訪ねましょう。
4社すべてお参りしたいところですが、時間の関係で、北澤美術館から北西に約3キロの地点にある諏訪大社下社秋宮と、その1キロ北西にある春宮を目指しました。
水鳥が遊ぶ湖の風景を楽しみながらの徒歩約40分はあっという間ですが、急ぐ方は上諏訪駅にもどり、JR中央線で下諏訪駅まで一駅移動してから出発することをおすすめします。

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下社秋宮神楽殿。青銅製としては日本最大の狛犬と巨大な注連縄(しめなわ)が圧倒的。

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下社秋宮拝殿の四隅に引き立てられた御柱(おんばしら)。7年に一度の御柱大祭(みはしらたいさい)で山から切り出された樹齢150年を超えるモミの木が使われている。

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下社春宮拝殿。秋宮も春宮も拝殿は見事な彫刻で知られる。

諏訪大社下社にはご神体を安置するための本殿がなく、太古の神社の形式を今に伝えています。
御宝殿の奥にあるスギの木がご神木としてあがめられています(秋宮はイチイの木)。
境内にそびえる巨木を見上げると、自然を神としてあがめた古代の人々の思いに触れたような気がしてきます。

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昭和初期に地域住民のための厚生と社交の場として建てられた片倉館。

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千人風呂と呼ばれる片倉館の大浴場。異国情緒のある内装のモデルになったのはチェコの温泉地。

街のいたるところで源泉の湯けむりが上がる諏訪ですが、上諏訪駅から歩いて10分ほどの片倉館では、製糸事業で成功した片倉財閥が昭和初期に建てた洋風建築の大浴場(重要文化財)に現在も入ることができます。

また甲州街道に少し足を伸ばし、諏訪五蔵と呼ばれる酒蔵で利き酒を体験するのも、酒どころ諏訪らしい楽しみですね。

ジャポニスムの美を堪能した後は、諏訪の豊かな自然にはぐくまれた文化にもぜひ触れてみてください。

インフォメーション

◎東京・上野/国立西洋美術館にて「北斎とジャポニスム―HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」が開催中。2018年1月28日まで。

◎長野・諏訪/北澤美術館にて「ガレのジャポニスム展―日本美に注がれた熱いまなざし-」が開催中。2018年3月31日まで。

北澤美術館
住所 長野県諏訪市湖岸通り1-13-28
開館時間 午前9時〜午後5時(4月から9月は午後6時まで)※入館は閉館時間の30分前まで。
アクセス JR中央線上諏訪駅から徒歩15分

諏訪大社
・下社春宮
住所 長野県諏訪郡下諏訪町193
アクセス JR中央線下諏訪駅から徒歩15分
・下社秋宮
住所 長野県諏訪郡下諏訪町5828
アクセス JR中央線下諏訪駅から徒歩10分

片倉館
住所 長野県諏訪市湖岸通り4-1-9
開館時間 午前10時〜午後9時 ※入館は閉館時間の30分前まで。
アクセス JR中央線上諏訪駅から徒歩10分