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2017年11月12日 / 旅の紹介 第57回 東京で蒔絵の技に出会う旅

番組では、昭和3年に献上された御飾棚(おんかざりだな)に焦点を当て、その超絶技巧が紹介されました。日美旅では、蒔絵(まきえ)の技に注目。番組をご覧いただいた後、その魅力に触れられる場所を紹介します。

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「東京藝術大学創立130周年記念特別展 皇室の彩(いろどり) 百年前の文化プロジェクト」会場。一対の「御飾棚」(写真中央)他、大正から昭和最初期の献上品が展示されている。

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大正から昭和最初期にかけて、皇室の慶事を祝うために数々の美術品が制作されました。
特に、1924年の皇太子(後の昭和天皇)御成婚の際の献上品制作は、135名もの美術家と工芸家が参加した大規模なものでした。
最高峰の技が発揮された献上品の中でも、宮内庁三の丸尚蔵所館の「御飾棚」に輝く蒔絵は、息をのむ美しさです。
漆の面に高貴な輝きをもたらす蒔絵の魅力を、都内の身近に行ける場所で探してみました。
(※最後に登場する「目白漆學舎」は一般公開していません。)

東京藝術大学大学美術館

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上野の東京藝術大学美術学部正門すぐ右の東京藝術大学大学美術館。東京藝術大学の前身・東京美術学校時代からの資料や卒業生の作品を収集・展示している。

まずは、上野の東京藝術大学大学美術館で開催中の「東京藝術大学創立130周年特別記念展 皇室の彩(いろどり) 百年前の文化プロジェクト」展へ。番組で紹介された「御飾棚」などの献上品の数々、大変貴重な機会ですし、やっぱりこの目で見たいですよね。
「御飾棚」をはじめ、献上後は皇居に配置されていたために、今回の展覧会が初の一般公開となる作品も少なくありません。
当時第一線で活躍していた有名作家から、その後美術・工芸界を担っていくことになった新進気鋭作家までが参加。技の限りを尽くした名品たちを見ることができます。

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一対の「御飾棚」(中央)。棚に飾るために制作された漆器や陶器などの「御飾品」も見ることができる。

「御飾棚」が展示されているのは、昭和天皇御成婚に関連する献上品の展示室です。
「鳳凰菊文様」と「鶴桐文様」。異なる図案の蒔絵が施された一対の「御飾棚」には、完成まで5年の歳月が費やされ、1928年に昭和天皇と香淳皇后夫妻に献上されました。
間近で眺めると、天板の裏側まで施された金蒔絵の輝きと、立体的に浮かび上がる文様の荘厳さに目を奪われます。一方、羽や花びらの部分に螺鈿(らでん)の技で埋め込まれた夜光貝は柔らかに輝き、飾棚全体が複雑な光を放っているかのようです。

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御飾品の数々。(左)和田光石「牙彫(げちょう)置物 唐子遊」、(右)辻村松華「蒔絵手箱 菊花に鶺鴒文様」。(奥)渡邊松華・黒田橘邨「刺繍写真立て 春・秋」。すべて宮内庁三の丸尚蔵館蔵。

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(左)赤塚自得「蒔絵硯箱 菊文様」。(右)迎田秋悦 「蒔絵短冊色紙箱 岩濤文様」。すべて宮内庁三の丸尚蔵館蔵。

明治以降、作品の買い上げや帝室技芸員制度の設置などを通じて、皇室は漆芸の技術継承を大きく支援してきました。
「御飾棚」に飾るために特別に制作された「御飾品」にも、華麗な蒔絵の作品を多数見ることができます。
高蒔絵(たかまきえ)の技法で、文様部分を盛り上げレリーフのような立体感を作り出している赤塚自得の「蒔絵硯箱」。側面から鑑賞されることを計算し、鳥の文様をあしらった辻村松華による「蒔絵手箱」。
これらは昭和天皇と光淳皇后に献上された品ですが、蒔絵の技法やデザインを駆使し、それぞれ力強さとたおやかさをかもし出しています。

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「御飾品」の下に敷かれた山鹿清華(やまがせいか)による「染織繍組器褥(せんしょくしゅうそきじょく)」。宮内庁三の丸尚蔵館蔵。

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「御飾棚」とともに献上された「二曲御屏風」。宮内庁三の丸尚蔵館蔵。

1928年に献上されたこれら御物の制作が、いかに大規模なプロジェクトだったのか体感できるのが、一対の「二曲御屏風」(にきょくおんびょうぶ)です。
呂色(ろいろ)と呼ばれる濡れたような光沢の黒漆に、それぞれ12面、全体で48面の図が塗りこめられています。48人の画家や工芸家が腕を振るったこれらの図をよく見ると、陶磁、金工、木彫、蒔絵や螺鈿を含む漆芸など実にさまざまな技法で制作されています。
工芸各分野の大家が手掛けた「御飾品」とは対照的に、「二曲御屏風」制作には東京美術学校を卒業したての若手作家も参加しました。
合計135人もの作家が参加した大プロジェクト。その熱気に触れることができました。

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もう一室には、皇室を巡る文化政策と東京美術学校の関わりが展示されている。目を引く大作は、横山大観「日出処日本」(左奥)と小堀鞆音(ともと)の原画による刺繍「萬歳楽図衝立」(右)。2点とも宮内庁三の丸尚蔵館蔵。

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東京藝術大学構内にある正木記念館前に立つ、沼田一雅による陶製の正木直彦像。30年以上校長を務めた。

展覧会場の向かい、陳列館の奥にはこの百年前の文化プロジェクトの陰の立役者である東京美術学校第5代校長・正木直彦の功績を顕彰して建てられた正木記念館があります(通常は非公開)。
その前に、陶磁器彫刻の第一人者・沼田一雅による正木の陶製の像があります。
正木は、135名もの作家をまとめ上げ、美術界の縁の下の力持ちとして大きな役割を果たしました。

今年、創立130年を迎えた東京藝術大学。
東京藝術大学大学美術館では、漆芸研究室に所属する作家による「うるしのかたち」展(2010〜2017年)や、第一期生の六角紫水(ろっかくしすい)をはじめとする漆芸家を紹介する「漆芸 軌跡と未来」展(2012年)など、漆芸の研究・教育において、開校以来の長い歴史を持つ芸大ならではの展覧会を開催してきました。これからの企画もぜひチェックしてみてください。

三井記念美術館

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三井記念美術館 「驚異の超絶技巧!-明治工芸から現代アートへ-」展会場を訪れる。

華麗な御物を鑑賞した後は、マニアックなまでの技巧を楽しみましょう!
三井家に伝わる美術工芸品を収蔵する三井記念美術館(日本橋)は、これまでも幕末から明治にかけての漆芸の革新者・柴田是真(しばたぜしん)など、さまざまな日本の工芸を紹介してきました。
開催中の「驚異の超絶技巧!―明治工芸から現代アートへ―」展では、各種工芸の技が頂点に達したと言われる明治時代の工芸家から現代の若手作家まで、リアルだったり過剰だったり、あっと驚くような技が尽くされた作品が一堂に会しています。柴田是真をはじめとする蒔絵の作品も見ごたえがあります。

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「水辺鴨蒔絵屏風」清水三年坂美術館蔵。蒔絵と螺鈿によって細密に描かれるみやびな風景。

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(左)柴田是真「古墨形印籠」。古びた墨と見せかけて、漆で表現した印籠! 右も是真作「沢瀉に茶筌筒蒔絵目録盆」。2点とも個人蔵。

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蒔絵の作品ではありませんが……。(中央)現代の木彫家・大竹亮峯の“自在”作品「鹿子海老」。クジラのひげや和紙に漆を塗り触覚や尾びれの質感を出している。“自在”とは、可動式部分がある工芸品。左右は明治期の職人による「伊勢海老」。

柴田是真(ぜしん)の粋で大胆な意匠、白山松哉の神技のような繊細な線描き、赤塚自得の高蒔絵の豊かなボリューム――。ひとくちに蒔絵と言っても、その表現はなんと多彩なことでしょう。
2つの展覧会を通して、漆と蒔絵は日本の美術工芸の華といえる存在であることを、改めて感じました。

目白漆學舎

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新宿区下落合の目白漆學舎で迎えてくれた漆芸家の室瀬智弥(ともや)さん。「千年や二千年を経ても朽ちない漆の強さに魅了される」と語る。

最後に、新宿区下落合の「目白漆學舎」を訪れました。こちらはまさに今、蒔絵が作られている現場。
今回番組に登場していただいた、蒔絵の人間国宝・室瀬和美さんが開設した目白漆芸文化財研究所を母体に、3年前に開設されました。
漆工芸に関する技術の教室や漆を使ったプロダクトの制作などを行っています。
通常公開はしていませんが、今回特別に見学させてもらいました。

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漆を乾かすための室(むろ)。漆風呂とも呼ばれる。

蒔絵とは、ごく簡単に言えば、漆で描いた上から金や銀などの粉を蒔き、定着させる技法です。
まずは漆の基本的な性質を知るために室(むろ)と呼ばれる、漆を乾かすための棚を見せてもらいました。
漆は本来、ウルシの木が傷ついたときに、傷を保護するために分泌される樹液です。
漆には空気中の水分と反応して乾くという特性があるのです。水分が蒸発することで乾く水彩絵の具などとは逆に、湿度が高いほど漆は乾くユニークな性質があります。
漆が塗られた器は、このように湿度を保つための室に収めて乾きを待ちます。
漆とは、湿度の高い日本の風土に最適な素材であることを知りました!

取材の日、目白漆學舎では蒔絵の教室が開催されていたので見学させてもらいました。

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蒔絵教室の様子。この日指導していたのは室瀬智弥さんの弟・室瀬祐(たすく)さん(左から2人目)。

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漆で線描きした上から金粉を蒔く、蒔絵の「粉蒔き」と言われる工程。

葦(あし)の筒を握った生徒さんが作業しているのは、細かな金粉を蒔く「粉蒔き(ふんまき)」の作業です。
絵筆で描いた漆の文様が隠れるように金粉を蒔き、余分な金粉を払うと、漆の粘りで文様のかたちに粉が残ります。
椀の蓋の裏面に、金色の松葉文様が浮かび上がりました。
しかし、まだこの段階では金蒔絵本来の輝きはありません。乾いてから全体に漆を塗り、炭を使って文様を研ぎ出します。さらに文様の上から漆をすり込み磨く、その作業を何度か繰り返すことで、蒔絵ならではの光沢が生まれるのです。

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プラスチックのスマートフォン・ケースに施した蒔絵。磨きの作業中。金と銀の輝きが表れてきた。

すでに磨きを何度か繰り返した生徒さんの作品には、金や銀のきらびやかな光沢が表れています。蒔絵の華麗さの陰にある、地道な作業の積み重ねを知りました。

目白漆學舎は舎内を一般に公開していませんが、通年で開催している教室や、不定期ですが回数限定の体験教室もあるとのことです。

今回はいつもの日美旅とは少し趣向を変え、今行われている展覧会を紹介するかたちで、番組を見た後で作品を見に行ける場所をご案内しました。
その他、時期によっては、東京国立博物館本館や東京国立近代美術館工芸館などでも、蒔絵の名品が展示されています。
あなたの蒔絵の名品をぜひ探してみてください。

展覧会情報

現在、東京藝術大学大学美術館で、東京藝術大学創立130周年記念特別展「皇室の彩(いろどり) 百年前の文化プロジェクト」展が開催中です(11月26日まで)。

三井記念美術館で「特別展 驚異の超絶技巧!―明治工芸から現代アートへ―」展が開催中です(12月3日まで)。

インフォメーション

◎東京藝術大学大学美術館
東京都台東区上野公園12-8
JR上野駅(公園口)、東京メトロ千代田線根津駅(1番出口)より徒歩10分。
開館時間 午前9時30分-午後5時。月曜休館。※入館は閉館時間の30分前まで。

◎三井記念美術館
東京都中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階
東京メトロ銀座線三越前駅(A7出口)より徒歩1分。東京メトロ半蔵門線三越前駅より徒歩3分(A7出口)。
東京メトロ銀座線・東西線日本橋駅(B9出口)より徒歩4分。
開館時間 午前10時-午後5時。月曜休館。※入館は閉館時間の30分前まで。

◎目白漆學舎
東京都新宿区下落合4-22-11
JR山手線目白駅より徒歩15分
※不定期に開催される講習会などの期間以外は、一般公開していません。