都会の地下に眠る “災害対策のカギ”
都会のど真ん中にある大病院で、ドリルで地下を掘り進める工事が行われていました。目的は地下深くに眠る“災害対策のカギ”。
取材を進めると、首都直下地震など将来予想される災害で、私たちの命にも関わるリスクとその解決策が見えてきました。(社会部記者 内山裕幾)
2019年9月に放送されたニュースの内容です
目次
渋谷区の大病院 なぜ地下を?
東京・渋谷区の1等地に建つ「日本赤十字社医療センター」。
ドリルで地下数十メートルまで掘り進めていました。
「災害時に患者を危機から救うための対策です」
教えてくれたのは国内医療救護部長の丸山嘉一さん。東日本大震災や熊本地震で、実際に被災地に入って医療の指揮にあたった経験があります。
「目的は地下水です。東日本大震災や熊本地震では、被災地の病院で水道が使えなくなる事態に陥りました。首都直下地震が想定される中で、都心の病院が機能不全に陥ることは、絶対にあってはならないのです」(丸山部長)
受水槽あるのに なぜ地下水?
患者の飲み水はもちろん、手術、人工透析など、病院では大量の水が必要になります。この病院では、断水となった場合に備えて受水槽に200トンの水をためています。
しかし、1日に必要な水は約190トン。通常の使い方では「1日ほど」で枯渇するおそれがあります。
首都直下地震の想定では、水道のほぼすべてが復旧するまでに「約1か月」かかるとされています。このため病院では、より多くの水を確保しておくことが必須だと判断したのです。
断水で患者600人避難の病院も
断水の影響で患者600人を“県外避難”させる事態に陥った病院があります。2011年の東日本大震災で被災した、福島県いわき市の病院グループ、財団法人「ときわ会」です。
人工透析を主に行っている、この病院グループでは、震災で市内の4つの施設すべてが断水しました。
人工透析治療では、大量のきれいな水を必要とします。当時の透析患者は約600人。断水は、命の危険を意味していました。
東京電力の福島第一原発の事故も追い打ちをかけました。多くの医療スタッフの出勤が難しくなり、限られた人員で対応する必要があったのです。
川口洋 人口透析センター長は「自治体や自衛隊から給水も受けましたが、全く足りませんでした。限られた医療スタッフも災害対応の経験がほとんどなく、どうすればよいか分からない、パニックのような状況でした」と当時を振り返りました。
地震発生から4日後。
病院は透析患者全員の県外への避難を決めました。
避難によるストレスで患者の体力が奪われるリスクを伴う判断でした。
約600人の透析患者を、東京、千葉、新潟の医療施設に搬送し、治療を継続させました。
「病院外に避難させることにもリスクがありましたが、透析ができないほうがリスクが大きかった。人工透析患者にとって“水は命”なのです」(川口センター長)
経験を踏まえ地下水をすでに利用
この苦い経験から、病院グループではすでに地下水を活用しはじめています。
地下深くから「地下水」をくみ上げる設備を整え、さらに何層ものフィルターを通すことで細菌まで除去できる、特殊な「ろ過装置」を整備。災害に備えています。
災害拠点病院 1/4で対策不十分
災害時に私たちを救う“命の水”。全国の病院の備えはどうなっているのでしょうか。
去年発生した西日本豪雨や北海道の地震などでも断水が発生し、多くの病院で診療ができなくなる事態に陥りました。
これを受け、厚生労働省は、全国の災害拠点病院を対象に、断水時に3日分の水を確保できる設備があるかどうか緊急点検を行いました。
その結果、736の災害拠点病院のうち約4分の1にあたる179の病院で必要な設備がないことが判明したのです。
地下水導入に課題も 国は対策
さらに取材を進めると、病院が地下水を「活用したくてもできない」ことが多いのも分かってきました。
私は東京都内にある82の災害拠点病院を対象に、「断水対策の状況」と「地下水の活用状況」について聞き、67の病院から回答を得ました。
「地下水を利用していない」と答えたのは59%にあたる40の病院でした。しかし、このうち21の病院は「状況が許せば地下水を利用したい」とも答えていました。
地下水の利用は必要だと思っていても、利用できない課題があるのではないか。理由を聞くと「費用がまかなえない」「地盤沈下を防ぐための東京都の規制がある」などが多くあげられました。
対策は必要だと分かっていても、コストや規制の存在が壁になっている状況がうかがえました。
こうした状況を踏まえ、国は全国の災害拠点病院に対し、断水しても3日間は病院機能を維持できるよう、必要な設備の整備費を一部援助することを決めました。
「地下水」を利用するための設備も援助の対象に含まれます。災害が相次ぐ中での危機感の表れとも言えます。
専門家 “地域で支える”意識を
国立病院機構・災害医療センターの小井土雄一医師は、対策を病院や国任せにせず「地域で支える」意識が重要だと指摘します。
「コスト面で病院には余裕がない場合もある。特に災害拠点病院は『命を守る地域の要』であり、地域で支える意識が必要だ。対策を国や病院任せにするのではなく、補助金や規制緩和など自治体の理解と後押しも重要だ」(小井土医師)
病院は “最後の砦”
大規模災害時に地域の医療拠点となる病院は、私たちの命を守る、いわば“最後の砦(とりで)”です。
しかし、大規模災害が発生するたびに停電や断水が発生し、実際に多くの命が危険にさらされる事態に陥っています。
今後30年以内に70%という高い確率で起きるとされている「首都直下地震」でも、その危険は同じです。
さらに、地下水がない病院や、資金力のない小規模病院ではどう水を確保するのかなど、課題は残ります。
簡単な解決策はありませんが、過去の災害の教訓を今後の備えに生かすために、病院だけでなく、国や自治体、そして地域でも対策に向けた議論が必要だと強く感じました。
- 社会部記者
- 内山裕幾
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