“世界最強” ネオジム磁石 知られざる“縁の下の力持ち”

“世界最強” ネオジム磁石 知られざる“縁の下の力持ち”
皆さんは「磁石」と聞いて何を思い出すだろうか?「小学生のころクリップやくぎをくっつけて遊んだな」とか「ウチの冷蔵庫のドアにもマグネットがくっついているな…」といったことを思い浮かべる人もいるかもしれない。
実は磁石はスマートフォン、エアコン、電気自動車、パソコン。現代の私たちが一日も欠かさずに使っているような、さまざまな電化製品に潜んでいることをご存じだろうか。そんな磁石の中に、「世界最強」と誰もが認める日本発のものがある。その名は「ネオジム磁石」。
一体どんなものなのか。この記事では、皆さんを磁石の奥の深い世界に引き寄せてみたいと思う。

(科学・文化部 記者 山内洋平)

記者も驚くパワー

当たり前だが、磁力は目には見えない。

そこでネオジム磁石の実力を自分で体験してみることにした。

直径3センチ、高さ1センチのネオジム磁石と普通の磁石を使って、小さな鉄球を持ち上げる簡単な実験をしてみた。
結果は明らかだった。

磁石が持ち上げた鉄球の重さは、普通の磁石は130グラムだったのに対し、ネオジム磁石は300グラムと倍以上。

磁力があまりに強いため、実験のあとネオジム磁石にびっしりと付いた鉄球を引き剥がすのに難儀したほどだった。

どうして電気自動車に?

いま世界中で注目を集めている新分野、EV=電気自動車。

じつはネオジム磁石が大きな役割を果たしていると聞いて、福井県越前市に向かった。
北陸新幹線の福井延伸に伴い、ことし3月に開業したばかりの越前たけふ駅に降り立つと、1人乗りの小さな電気自動車が迎えに来てくれた。

運転していたのは地元企業に勤めるエンジニアの大瀧仁紫さん(26)だ。

この電気自動車で、タイヤを駆動するモーターにネオジム磁石が使われているのだという。
モーターの内部をばらした状態を特別に見せてもらった。
13キロある金属製のモーターの内部で実際に回転する「回転子」のさらに内側、ドーナツ状の部品のなかに、1辺が2センチほどの板状の小さなネオジム磁石が32枚使われていた。
大瀧さん
「電気自動車にとって心臓部にあたるモーターに磁石は欠かせないものです。特にネオジム磁石を使うことで、モーターのサイズを小さくしたり、車の燃費がよくなったりするメリットが生まれます」
モーターにどうしてネオジム磁石が必要なのか。

メカニズムがいまひとつ分かっていない私たちに対して、大瀧さんは、ふだん地元の子どもにモーターの仕組みを説明する際に使っている実験キットで解説してくれた。
乾電池で電流を流したコイルを2本の支柱の上に載せたもの。磁石がない状態ではコイルを指でつついても、わずかに揺れるだけだ。
ところがコイルの下に磁石を置くと、不思議なことにコイルが勢いよく回り出した。

クルクルといつまでも同じ速度で回り続けている。
大瀧さん
「電流を流したコイルの周りには磁界が生じます。磁石を近づけると反発したり引き寄せたりを繰り返し、その結果コイルが回っています。コイルに流した電気のエネルギーを回転するエネルギーに変えているのがこの磁石というわけでして、これが、モーターが回る原理になります」
モーターを回転させる力は、コイルに流す電流を大きくするほど、また磁石の性能が高くなるほど大きくなることが知られている。
つまり高性能なネオジム磁石を使えば、それだけでモーターの回転するスピードが上がるなど性能向上につながる。
非常に小さくても普通の磁石と同等の力が得られるネオジム磁石はモーターの小型化に大きく貢献している。
モーター全体をコンパクトに設計することが可能になり、総重量は半分にまで軽量化できるのだという。

モーターが小型化できれば、その分車両が軽くなり、1回の充電で走れる距離が伸びるほか、製造に必要な金属などの原料も減らせるため、省資源・省エネルギーにつながるなどメリットは大きい。

現代社会を支えるネオジム磁石

ネオジム磁石を使ったモーターは、電気自動車用に限らず、私たちの暮らしを支えるさまざまな電化製品に組み込まれている。

たとえば、今や誰もが肌身離さず持っている「アレ」。

そう、スマートフォン。皆さんは授業中や会議中にスマートフォンを「マナーモード」にしたことはないだろうか?マナーモードにすると、音が鳴る代わりに本体が振動するバイブレーションが採用されているが、この機能を支えているのがじつはネオジム磁石なのだ。
京都市に本社を置く電子部品大手が世界的なシェアを占めているのが、スマートフォン向けの超小型モーターだ。

厚さはわずか数ミリほど。スマートフォンのバイブレーション機能は、内部にあるこのモーターが振動することを利用したものだ。じつは私たちは毎日ネオジム磁石を持ち歩いているのだ。
ほかにも薄型のノートパソコンに内蔵されている冷却ファン、コードレス掃除機、エアコンの室外機などにもネオジム磁石のモーターが使われている。その活躍の範囲はとても広い。
ネオジム磁石がない世界をちょっと想像してみよう。
電気自動車は一度の充電で走れる距離が短くなる。エアコンのパフォーマンスは今よりも低く電気代を食うばかり。スマートフォンやノートパソコンはいまよりも大きくて重たいままで持ち運びが面倒。コードレス掃除機に至っては、重たいわりに吸引力が弱く使い勝手が悪かった。
そう、ネオジム磁石のない世界は、想像するだけでもう疲れてしまうような世界なのだ。いかに、現代を生きる私たちがネオジム磁石の恩恵に浴しているかがわかっていただけただろうか。

生みの親、佐川眞人さん

現代社会で大活躍しているネオジム磁石が誕生したのは40年余り前の1982年のことだ。

発明したのは当時民間企業で研究していた佐川眞人さん(80)。

画期的な技術革新をもたらしたネオジム磁石の開発が評価され、佐川さんはおととし(2022年)、イギリスの「エリザベス女王工学賞」に選ばれていて、ノーベル賞の受賞も期待される日本を代表する研究者の1人だ。
ことし4月、京都市内にあるオフィスに佐川さんを訪ねた。

早速、披露してくれたのが1円玉と同じ1グラムのネオジム磁石を使って3キロもある鉄の塊を持ち上げるパフォーマンス。

改めてネオジム磁石の力に驚かされた。

当時38歳の若さで世界最強の磁石を発明した佐川さん。

さぞかし学生時代から熱心に磁石一筋に研究に打ち込んでいたのだろうと予想していたところ、思いがけない答えが返ってきた。
佐川さん
「大学・大学院まで行きましたが、磁石のことは全然勉強したことがないんですよ。会社に入ってから磁石のテーマをもらったんですが、先生は誰もいない。先生がいなかったから自由に考えた。それがネオジム磁石に到達できた理由かなと思っています」
ネオジム磁石の主な成分には元素のネオジムに鉄、ホウ素が使われているが、当時の磁石の研究の主流はサマリウムとコバルトを主とするもので、全く違うものだった。

サマリウム・コバルト磁石研究が全盛の時代に、自由な発想でより強い磁石を安価で作れる元素の組み合わせを見いだして、その実用化にこぎ着けた理由について佐川さんはこう話してくれた。
佐川さん
「私の特徴はずーっと考えることです。寝ても覚めても考える。考えて考えて考えて、アイデアが浮かんだら実験して、そしてどんどん前に進みました。元素の組成を変えたサンプルを作りひとつひとつ確かめていったら、そのなかの1つがパチッと鉄板にくっついた。これがネオジム磁石誕生の瞬間でした。その時は本当にもう飛び上がって喜びました」

日本の“お家芸”~最強磁石の系譜

日本で誕生した世界最強のネオジム磁石。

じつは、世界最強を追い求め続けてきた磁石の歴史には、日本人研究者が大きく貢献している。

今から100年以上前、当時最強だった磁石もまた日本人が発明したものだ。
1916年にKS磁石綱を発明し、のちに東北大学第6代学長を務めた本多光太郎さん。

本多さんが立ち上げた東北大学金属材料研究所にある展示室には、天才物理学者アインシュタインと肩を並べた写真が飾られている。
本多さんは、永久磁石といえば天然の鉱物しか知られていなかった時代に、世界で初めて人工的に、しかも天然ものを上回る高性能な磁石を発明した。

世界を驚かせる大発明だった。
佐々木所長
「当時から磁石の使い方は電気メーターや電話機のスピーカーなどさまざまでしたが、日本で使っていた磁石はすべてヨーロッパからの輸入品でした。1914年に第一次世界大戦が起こり日本への輸出が途絶えるなかで、国産の磁石開発をしなければというのが本多先生の考えのもとになりました」
本多さんはKS磁石綱の発明にとどまらず、1933年には新KS磁石綱と呼ばれる改良版を発明して世界最強の記録を更新したほか、多くの研究者を育成して日本の磁石研究の発展に貢献した。

ネオジム磁石を発明した佐川さんも磁石研究こそ専攻しなかったが、大学院時代に所属し研究者としての基礎を身に着けたのは、ここ金属材料研究所だった。
佐々木所長
「本多先生のもとには多くの研究者が集まり『本多スクール』とも呼ばれ、磁石研究はその後も脈々と受け継がれていきました。研究の大きな流れやつながりは科学において非常に重要なことで、いまも日本で磁石研究が続いている1つの大きな理由ではないでしょうか」
本多さんが一時代を築いた最強磁石の歴史に新たな1ページを加えたのもまた日本人だった。

1970年代に世界最強を誇ったのがサマリウム・コバルト磁石だ。
これを開発したのが俵好夫さん(ことし2月に死去)。歌人の俵万智さんの父親だ。
サマリウム・コバルト磁石は、当時の電化製品の小型・軽量化につながり、携帯音楽プレーヤーのウォークマンに採用されるなどしたが、まもなく1982年に佐川さんがネオジム磁石を発明し、最強の座を譲ることになる。
俵万智さんは、父が発明した磁石が世界最強の座を譲ったあとの1987年に出版し、ミリオンセラーになった歌集「サラダ記念日」のなかで次のように詠んでいる。
ひところは「世界で一番強かった」父の磁石がうずくまる棚
KS磁石綱にはじまり、サマリウム・コバルト磁石などを経て、ネオジム磁石。「世界最強」の系譜を支えてきたのは日本人研究者たちだったのだ。

“世界最強”にも泣きどころ

発明から現在にいたるまで40年にわたり、世界最強の座に君臨しているネオジム磁石だが、実は弱点となる部分がある。ほかの磁石と比べて熱に弱いのだ。
磁石は一般に高温になるにつれて性能が下がる傾向があるが、ネオジム磁石は特に熱に弱いことが知られている。

そこで、自動車のモーターなど高温になる環境で使う場合、「ジスプロシウム」いう希少で高価な金属を加えることで耐熱性の改善が図られている。
ところが、ジスプロシウムは生産国が中国などに限られ、中国がネオジム磁石の最大の生産国でもあるため、日本などへの供給が途絶えるといったリスクが特に高いことが指摘されている。(経済産業省やアメリカ・エネルギー省の資料による)

高性能な磁石は今後の成長が見込める、電気自動車の製造には欠かせない。

政府としてもジスプロシウムの使用量を抑えたネオジム磁石やネオジム磁石に代わる新たな高性能磁石の開発を施策の1つに掲げていて、いま世界中で新たな最強磁石の開発に向けた研究が進められている。

ポスト・ネオジム磁石の行方は

ネオジム磁石を発明した佐川さんは80歳となったいまも現役で、ジスプロシウムの使用量を削減する改良などの研究を続けているが、これからの研究者には「ネオジム磁石よりもっと強い磁石を見つけてもらいたい」と語っていた。

ネオジム磁石を超えるポテンシャルを秘めた新しい磁石の研究が進められていると聞いて、私たちは茨城県つくば市にある物質・材料研究機構に向かった。

最先端の実験装置がそろう日本の磁石研究開発の拠点の1つだ。
ここで研究チームを率いるのが世伯理那仁さん(せぺり・なびど・40歳)だ。

イラン出身で、日本の充実した研究環境に魅力を感じ、16年前に来日して以来、磁石に関する研究を続けている。

すでに日本国籍も取得している。
世伯理さんが見せてくれたのはサマリウムと鉄を主成分とする開発中の磁石だ。

ネオジム磁石の原料の1つで安価な鉄と、俵さんが開発した磁石でも使われているサマリウムを組み合わせたものだ。

元素を混ぜて合金にした磁石の原料の段階では、ネオジム磁石と同じ程度の磁化(磁石の性能の1つ)を持ち、高い温度でも磁力を保てる優れた磁石ができる可能性が示されている。

ただ、磁石の研究開発の難しさはその先の工程にある。

磁石の主成分が決まっても、磁石としてのポテンシャルを引き出し実用的なものを開発するには、さらに別の元素を加えて、配分を微調整したり、製造工程の条件を工夫したりする必要があり、その組み合わせは無数に存在する。
そこで世伯理さんたちは、これまで行われてきた研究のデータをもとにデータサイエンスを駆使し、熱に強い磁石としてのポテンシャルを引き出すための要因を解析したところ、バナジウムと呼ばれる元素が特に大きな要因であることを突き止めた。
現在は、これを1センチの1億分の1まで見える特別な顕微鏡など、非常に小さな原子1粒1粒の位置を正確に捉えて解析できる最先端の装置を駆使してねらったとおりに原子が分布しているかを観察したり、シミュレーションと比較して成功や失敗の原因を分析したりして試作品を作るサイクルを回しながら研究開発を続けている。

数年後には高温に強い高性能磁石として実用化にこぎ着けたい考えだ。
世伯理さん
「いま開発している磁石は高い温度ではネオジム磁石よりもっと強くなるポテンシャルがあると思うので、実用化を目指しています。強い磁石ができれば、モーターの効率が上がり、省エネにつながるので、2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルやサステイナブルな社会の実現に貢献したいと考えています」

取材を終えて

世伯理さんたちが実用化を目指しているサマリウムと鉄を主とする磁石は、俵好夫さんの勤めた企業で同僚だった大橋健さんが見いだした組み合わせだ。

また、ネオジム磁石を発明した佐川眞人さんは、いま物質・材料研究開発機構の磁石研究の拠点の活動にアドバイスを行う立場で関わっている。

研究者の思いは世代を超えて連綿と受け継がれているのだ。

世界最強の磁石を輩出し続けてきた日本。あたかもその「磁力」に引き寄せられるように、海外からも優秀な研究者が次々に集まっている。世伯理さんのチームにも海外からの研究者が多数在籍し、国際チームで研究開発が進められている。
一方、現在、世界最強のネオジム磁石。いまモーターだけでなく、風力発電のタービンにも使われている。クリーンエネルギーへの移行の実現に欠かせないものになっており、ますます期待が高まっている。

なかなか地味で目立たないが、磁石は確かに“縁の下の力持ち”として私たちの暮らしを支えていて、その重要性は時がたつにつれて高まるばかりだ。

新たな最強の磁石が再び日本から誕生するのか。今後も注目し続けたい。

(2024年5月12日おはよう日本「サイカル研究室」で放送予定)