上司も面接官も“選べる”!? どうする若手人材確保

上司も面接官も“選べる”!? どうする若手人材確保
「上司とウマが合わなくて、会社を辞めたい…」

こんな悩みを抱えている人も、いるかもしれません。

こうした声に応えるべく、なんと部下が上司を“選べる”制度を導入した企業があります。

背景には「若手人材の離職」という、企業側の深刻な課題が。

部下側が“優位”ともみえるこの取り組み、果たしてうまくいくのでしょうか?

「人材獲得競争」が激化する時代、企業と個人はどのような関係を築けばいいのか、そのヒントを探りました。
(政経・国際番組部ディレクター 中村幸代)

“上司の通信簿”をみて選ぶ!?

札幌市内に本社を置く、社員約120人の構造設計会社です。建物の耐震設計を手がけています。
この会社では、若手社員の離職が大きな課題となっていました。

そこで5年前、思い切って「上司選択制度」を導入。11%(2019年)にのぼっていた離職率は、0.9%(去年)にまで下がりました。

「上司選択制度」では、入社2年目以降の社員が、どの上司の下で働きたいか、年に一度自由に選ぶことができます。

社員たちは、どのように上司を選ぶのか。その切り札が、上司の「活用マニュアル」です。
その中で驚かされたのが、7人いる上司全員のいわば“通信簿”が示されていることです。

「社員の不安や悩みのケア」「社員の技術向上の指導力」など、上司に求められる14の役割に対して、それぞれの上司は「どれくらい期待できるか」、◎○△×で示されていたのです。
まず上司本人が自己分析し、社員たちの意見をふまえ、最終的には社長が相対的に評価して、作成したといいます。

さらに、一人一人の上司の「得意なこと」「苦手なこと」、それをふまえて「どのように付き合うといいか」について、まさに上司の“活用術”がA4用紙50ページにわたり、こと細かに記されていました。

部下・上司の本音は?

上司にとっては“シビア”とも思える、この「上司選択制度」。
社員たちは、どう感じているのでしょうか。
入社2年目の部下(23歳)
「人に×を付けるのはちょっと残酷なのかなと思いますが(笑)、社員に寄り添ってくれている。定量的なものがあるのは、社員からしたら上司を選びやすいと思います」
上司(45歳)
「ちょっとやりにくいところもありますけど、なんとか毎年ドキドキしながら選んでもらえるよう頑張っています」

若手の「離職」が課題だった

ここまで部下に“寄り添う”制度を導入したきっかけは、ある若手社員が「上司とウマが合わない」という理由で辞めたことだったといいます。
「さくら構造」 田中真一代表取締役
「その若手は、とても成長していて期待の社員だったので、そんな理由で退職させてしまったのが非常に申し訳なく、会社にとっても痛かった。もともと志望者が少ない業界で、若手の離職は大きな課題だったため、このまま何もしないのはまずいと思い、導入を決めました」
ミスが許されず、常に緊張感が求められる耐震設計の仕事。

上司が部下に厳しくなることもしばしばあるそうですが、そうしたなかでも、上司側に「意識を変えてほしかった」と田中社長はいいます。

上司・部下 双方に思わぬ効果も

上司を選べるようになったことで、いま社員たちに“思わぬ変化”も生まれています。
入社8年目の門田太陽人さん(32)が選んだ上司は、「社員の不安や悩みをケアする力」が「◎」の評価を受ける、山本健介さん(45)です。

「一度悩むと手が止まってしまう」という門田さん。気軽に相談でき、一緒に解決策を考えてくれる山本さんの下なら、働きやすいと選びました。

一方、上司の山本さんは部下の仕事の「工程管理」が苦手、評価は「×」となっています。

そこで部下の門田さんは、チームのスケジュール管理を積極的に買って出て、上司の山本さんをフォローするようになりました。
上司の「苦手」を理解したうえで上司を選ぶことは、部下の「自律」につながっていたのです。
入社8年目 門田太陽人さん(32歳)
「自分たちで(上司の苦手部分を)補うにはどうするか、という視点で考えています。“上司やってよ”という責任を追及するような思考はなくなりました。自分の成長にもつながっていると感じます」
さらに上司の側にとっても、自分の「苦手」を開示することで、負担が軽くなったといいます。
上司 山本健介さん(45歳)
「はじめは、苦手な部分を伸ばさなきゃ、と頑張っていた時期もありました。でも、○×を知ったうえで選んでくれている部下たちだから、そこを受け入れてくれているのであれば、苦手な分野はみんなに任せようと、ちょっと考え方を変えたときにけっこう楽になりました」

若手優位の“超・売り手市場”

「若手の人材確保」は、多くの企業で課題となっています。

先月から2025年卒業予定の大学生の就職活動が本格的に始まりましたが、4月1日の時点で内定率はすでに58%と、過去最高の水準です。
さらに内定取得者のうち、半数は「2社以上」から内定をもらい、“超・売り手市場”ともいえる状況です。(リクルート調査より)

就活生が面接官を“選べる”

こうした中、就活生が「面接官を選べる」制度を導入した企業もあります。

デジタルマーケティングなどの業務を行う東京都内のITベンチャー企業では、2025年新卒の採用から、一次面接の面接官を学生が選べるようにしました。
面接官20人のプロフィールを、事前に公開。「仕事で最もやりがいを感じた瞬間」や「学生時代に取り組んでいたこと」、さらに「趣味」まで書かれていて、学生はそれらを参考にしながら、面接官を自由に選べる仕組みです。
この会社に入社を決めた、大学4年生の青島稜都さん(22)です。

すでに内定をもらった3社の中から、この会社を選ぶ決め手の1つになったのが、「面接官を自分で選べたこと」だったといいます。
大学4年生 青島稜都さん(22歳)
「自分に近い人に面接をしていただくことで、自分の魅力も伝えやすいし、会社の魅力もわかりやすいと思いました。面接を受ける立場としては、安心感を覚えましたね」

面接では“逆質問”の時間も

面接では、学生の側から面接官に「逆質問」できる時間も用意されています。

青島さんが選んだ面接官は、入社6年目の久保瞭也さんです。注目したのは、久保さんが社内でWEBコンサルタントから営業職に転じている経験でした。
入社後、さまざまな職種に挑戦し、キャリアを積みたいと考えている青島さん。「やりたいこと」が変わったとき、その希望がかなう環境がどれくらい整っているのか、面接で詳しく聞きたいと思ったといいます。

久保さんとの面接を通して「この会社なら、チャレンジしたい社員の背中を押してくれる」と思えた青島さん。理想のキャリアが描けると思い、入社を決めました。
大学4年生 青島稜都さん(22歳)
「自分の疑問や入社後のイメージをぶつける面接ができて、それに対して面接官の方も真剣に向き合って答えてくれたのがすごく大きい。とても納得のいく就活になりました」

“フェア”な関係で相互理解深まる

一方、面接官として選ばれた久保さん。青島さんとの面接を通じて、採用した後もメリットがあることを感じたといいます。
一次面接官 久保瞭也さん(入社6年目)
「青島君が質問してくれる内容がとても具体的で、面接の段階から会社への理解度がとても高い状態でした。入社後に『期待していたことと違った』などのミスマッチが抑えられる形になると思います」
この制度を導入した新卒採用の担当者は、学生と面接官が“フェア”な関係になるように、学生の目線に立つことが重要だと考えています。
「ナイル」 新卒採用担当 宮野衆さん
「学生に“フェア”に向き合う、情報をオープンに提供することは、会社の姿勢を示すことにもつながっています。最終的には企業は“選ばれる側”にならないといけないことは明らかなので、面接自体の体験プロセスを通して、弊社のことをよく知ってもらったり、いい体験をしてもらったりすることを、会社側としてはすごく意識していかないといけない」

うまく活用し企業も個人も成長へ

面接官や上司を、若手が“選べる”という取り組み。

働き方に詳しい専門家は、うまく活用すれば企業にとっても個人にとっても「成長」につながるといいます。
リクルートワークス研究所 主任研究員 古屋星斗さん
「若者自身が上司や面接官を“選べる”ことを通して、自分はどう働きたいのか、どんなキャリアを築きたいのか、主体的に考え行動することを促せる。それが結果的に企業にとっては、いい人材の獲得や育成につながる。“誰を選んだか”ではなく、“なぜ選んだのか”そのプロセスが重要ですね」

取材後記

ともすれば、企業はここまで若者に“迎合”しないといけない時代まできてしまったのか?という見方も、正直あると思います。

ただ、取材を受けてくれた若手の皆さんが、自分が“選んだ”ことに責任をもち、「働く」ことに前向きに向き合っていて、イキイキとしていたことに、私自身が刺激を受けました。

この新しい“選べる”制度を生かすも殺すも、それは私たちの「捉え方」次第だと感じました。

(4月19日「おはよう日本」放送予定)
政経・国際番組部ディレクター
中村幸代
2015年入局
北九州局、福岡局、おはよう日本を経て現所属
雇用や働き方などを取材