Special コラム  十勝晴れ

【第25回】十勝を開拓した人々

第24週では、泰樹おじいちゃんの口から開拓の話が語られましたね。
十勝に住んではいるものの、私にとって教科書で習う歴史のひとつに過ぎなかった「開拓」。泰樹おじいちゃんの話を聞いて、ふだん何気なく眺めている十勝の風景が特別に思えたライターTです。重機のない時代…十勝の原生林を人の手で切り開いて進められた「開拓」とは、どんなものだったのでしょうか?

今回は「なつぞら」に資料を提供している帯広百年記念館を訪れ、十勝の時代風俗に詳しい学芸員の大和田さんに“十勝の開拓”についてお話を伺いました!

同郷の仲間と

明治2(1869)年、明治新政府が「開拓使」を設置。「蝦夷地」は「北海道」に改められ、本格的に北海道開拓が始まりました。十勝地方では明治20年代に、北海道庁による測量と区画整備が行われ、入植者の受け入れ態勢が整ったのだとか。

入植者が正式に土地を所有するには、段階を踏む必要がありました。まず、役所に申請書を提出して“土地を借りる”形で開拓をスタート。数年後、土地がしっかり開拓されたことを確認する役所の検査に合格すると、そこで初めて土地を得ることができたそうです。

本州からたくさんの人が入植した北海道。十勝には、当時洪水被害を受けた富山県出身の入植者も多かったとのこと。泰樹おじいちゃんも経緯は違いますが、富山県から十勝にやってきました。家や畑を流された悲しみから立ち上がろうと、十勝開拓に望みをかけたんですね…。

それぞれが事情を抱えていたであろう、入植者たち。集団で入植することもあれば、単独の人もいたそうです。支え合って生きていた彼らは、“出身地が同じ”という共通点がある場合、特に結束が強かったのだとか。先に移住した同郷の人に話を聞いて入植を決めたり、十勝では隣同士に住んだりしていた様子。泰樹おじいちゃんと、とよおばあちゃんのようにとがっていても温かい会話で交流が繰り広げられていたのでしょうね。

過酷な暮らし

入植者の中には、夏は農業、冬は木を伐採して生計を立てる人もいました。伐採した木材は「馬車」や「馬ソリ」を使って運搬。肉体労働に明け暮れていた彼らですが、住んでいたのは驚くほど簡素な「開拓小屋」!

隙間風が入り、朝起きると布団の上に雪が積もっていたこともあったとか。天陽くんの家を想起させますが、それ以上に寒そう…。実際に、家の中でも厚着をして寒さに耐えていたそうです。この家で、労働の疲れを癒やせたのでしょうか…。

寒さをしのぐために使われていたものといえば、“石”!「なつぞら」でも冬の寒さを乗り越えるため、天陽くんの家で使っていたと話していましたね。

写真は、実際に当時使用されていた石です。川原や畑で拾った石をストーブやいろり、火鉢で温め、水でぬらした布に包んで使っていたそうです。とがったところがなく、抱いても痛くなさそうですね。

十勝に入植者が増えた明治30年代からは、豆を中心とした農産物の生産が本格化。初めのうちは各農家が独自に豆のこん包をしていたため、重さや乾燥の程度がバラバラで安く買いたたかれることもあったそう。芽室を皮切りに各地で豆の検査機関が発足し、一俵の重さや乾燥の具合を自分たちで検査するようになってからは、「十勝産」の価値を高めることに成功しました。

十勝産業の産声

酪農家として成功した泰樹おじいちゃん。次なる夢を抱いたきっかけは、晩成社がつくった「バター」を食べたことでしたね。晩成社を設立した依田勉三(上記画像)は、明治16(1883)年に入植しています。十勝を開拓しようと、失敗を繰り返しながらも挑戦し続けました。いまも十勝・帯広の小学校では“地域の偉人”として伝えていて、十勝で生まれ育った方にとっては身近な存在です。札幌出身の私は十勝に来るまで知りませんでしたが、こちらに来てからは仕事でその名を聞くことが頻繁にあり、私にとっても身近な存在となりました。

個人でバター製造にチャレンジした酪農家は、少量で製造する効率の悪さや販路開拓に苦戦。なかなか事業として成立しなかったのだとか。もろもろの課題は、劇中で農協が自ら工場をつくって「たんぽぽバター」の商品化を進めたように、幕別町・帯広市・清水町に大工場が建設されたことによって解決しました!各農場から生乳を集め、工場で製造したバターを鉄道で大消費地に輸送するという、効率的な生産体制が構築されました。冷蔵運搬技術が未発達だった当時は、バターの塩分濃度を高め、保存性を上げていたのだとか。

その後、経済活動の基盤となる産業が次々と育っていきました。現在、十勝経済を支える多くの企業が創業100周年を迎えています。泰樹おじいちゃんや、とよおばあちゃんのような開拓者たちがその礎を築き、二世、三世にもその開拓者精神が継承されているからだと感じます。連続テレビ小説100作目の「なつぞら」が、今年十勝で放送されたことも必然だったのかもしれません!

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