インタビュー

作・大森寿美男さん インタビュー

最初の一滴を垂らす人を描きたくて

アニメーションの世界と北海道の開拓民の話。
そのどちらかだと思ったんです。

北海道とアニメの世界を描くというストーリー展開は、どのように生まれたのですか?

最初に磯プロデューサーから提案されたのがアニメーションの世界。もう一つ話に出たのが北海道の開拓民の話。他にも、実在する人物をモデルにした物語なども含めていろんな企画を考えましたが、最終的に戻るのが、アニメーションの世界と北海道の開拓民の話。そのどちらかだと思ったんです。最初からピンときていたんでしょうね。

そこから、アニメーションをやるならどの時代だろうと考えました。僕が子供のころに好きだったアニメーションを思い返すと『アルプスの少女ハイジ』『キャンディ・キャンディ』『みなしごハッチ』『あしたのジョー』と、全部親のいない子の話だったんです。

-----そういえば、どれもそうですね。

戦後は親がいないのも当たり前の時代で、作り手はそういう背景にも影響されながら作っていたのでしょうね。
そんな昭和のアニメーションを作り出した人たちの話をやりたいと思ったんです。さらに調べていくと、当時は宮崎駿さんや高畑勲さんなど、今の日本アニメーションを大きくした人たちの原点でもある時代でした。

これは一つの物語になるんじゃないか?

北海道の開拓民のお話は?

平行して、北海道の開拓民の話も考えていました。今回の作品は朝ドラの100作目ですが、1作目から99作目を作った人は、そこを目指して作ったわけじゃない。一つ一つの積み重ねがやがて大きな到達点になる。『なつぞら』ではその最初の一滴を垂らす人を描きたくて、開拓者というテーマがふさわしいと思ったんです。

なかでも“十勝”という地域に惹かれて調べると、僕が20代のころ、絵をモチーフにして演劇を作っていたくらい好きだった画家・神田日勝という人のふるさとだと分かったんです。
さらに調べると、神田日勝は東京大空襲にあって、家族で焼け出された後に十勝に入植し、開拓を始めたという生い立ちでした。

-----え?それは偶然ですよね?

偶然です。それでひらめいたんです。「アニメーションと開拓民の話を別々に追いかけていたけれど、これは一つの物語になるんじゃないか?」と。
東京大空襲にあって、北海道に行くことになり、そこから絵というものを通じてもう一度東京に戻って、アニメーションを開拓するヒロインの話にしてはどうか。と繋がったんです。

誰に聞いても「楽しかった!」と言うんです。

アニメーション業界を調べてみて、発見はありましたか?

今や『なつぞら』になくてはならない存在の、舘野仁美さん(アニメーション監修)と小田部羊一さん(アニメーション時代考証)にもお会いして、そこから東映動画で当時働いていた人たちにも直接お話を聞けました。誰に聞いても「楽しかった!」と言うんです。まるで学校のサークルのように、楽しい思い出しかないと。その代わり遊んだ思い出しかないらしいです。特に仕上課の人たちが(笑)。

-----物語にも盛り込まれていますね。

そうそう。昼休みにバレーボールをしたりね(笑)。そして、以前はアニメーターという職業に”技術的で職人のようなイメージ”を持っていたのですが、そうではなく“表現者”なのだと分かりました。役の内面を絵で表現する。その絵を動かすのは、役者にとっての演技の技術と一緒で、描く人の身体能力や感性が大きく関わってくるのだと知りました。だから、アニメーターは作業こそ座って行いますが、すごくアクティブな人たちだと思っています。

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