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”鬼退治に行かない”桃太郎

  • 2023年12月04日

 

誰もが知っている「桃太郎」。
猿、キジ、犬の力を借りながら鬼退治を成功させるというのが本来のストーリーですが、もし桃太郎が「鬼退治に行かない」ことにしたら…。
この「桃太郎」には“死にたいくらいつらいこと”に遭遇した時にどうしたらいいのか、大切な知恵が隠されています。
大学生と小学6年生が一緒に、「鬼退治に行かない桃太郎」から学べることを考えました。

(名古屋放送局・記者 鈴木博子)

パパゲーノ効果って?

著名人が自ら命を絶ったニュースが報道されると影響を受ける人が増えてしまうという話を聞いたことがある人は多いと思います。

この影響を逆手に捉えたのが「パパゲーノ効果」です。
死にたいほどつらい気持ちを乗り越えた人の話を聞くことが自殺の抑止力になるという考え方のことです。自殺防止の政策に取り組む厚生労働省も報道機関に対して「パパゲーノ効果」を意識して報道するよう呼びかけています。

NHKでも特設サイトで死にたいほどつらい気持ちを抱えながらその人なりの理由や考え方で今を生きている人たちを紹介しています。

小学6年生を対象に

11月29日、愛知県名古屋市の小学校で6年生の子どもたちを対象に、このパパゲーノ効果の考え方に触れてもらおうというユニークな取り組みが初めて行われました。

企画したのは中京大学でメディアを学ぶ学生たち。

 

学生と6年生の児童

まず、子どもたちは学生の読み聞かせで「桃太郎」を題材にしたオリジナルの物語を聞きました。

物語は「むかしむかし…」という語り出しではじまります。
そして川へ洗濯に行ったおばあさんが大きな桃を拾います。その桃から誕生した男の子を「桃太郎」と名付けました。

 

「桃太郎」題材のオリジナル物語の冒頭

成長した桃太郎は「わたしの誇りと命をかけて、必ずや鬼を退治してまいります!」と宣言し、旅に出発。

ここまでは聞いたことのある桃太郎です。

しかし…。

 

実は桃太郎の本心は「鬼退治に行きたくない」という気持ちを抱えていました。

その後、桃太郎の周りにはお決まりの猿、キジ、犬が登場します。しかし、この登場動物たちもひと味違っているのです。

 

猿がやってきて…

猿は桃太郎の好きだった音楽を聴かせてあげました。ノリノリでダンスを踊る桃太郎と猿のもとに、犬とキジもかけつけます。

 

話を聞いてあげる犬

犬は桃太郎の「本当は鬼退治に行きたくない」という気持ちを聞いて、一言「わかるワン」と応えます。キジは「パパゲーノ効果」について桃太郎に解説。

ひとしきり、話を聞いてもらいお礼にきびだんごを動物たちにあげた桃太郎は…。

 

鬼退治に行かないことを決めた桃太郎

鬼退治に行かないことにしたのです。

 

物語を聞いていた子どもたちは、思わず「えっ!」と驚いていました。

鬼退治に行かない桃太郎から得たヒント

物語を聞き終わった子どもたちは学生たちと一緒にディスカッションを行いました。

 

ディスカッションの様子

桃太郎は、本心では嫌だと思っている「鬼退治」から逃げることにしました。猿が音楽で気持ちを紛らわしてくれたり、犬が話を聞いてくれたりしたことことで、鬼退治に行かないという選択ができたようです。

「逃げてもいい」。
このメッセージを学び取った子どもたちは、将来つらい出来事に遭遇した時にどう逃げるのか、考えました。行きたいと思う場所や相談したい人、聞きたい音楽や見たい動画をそれぞれ考え、シートに記入します。

 

学生らが作成したオリジナルのシート

シートの内容はまさに三者三様です。

相談したい人は「母親」や「友達」、「先生」。
行きたい場所は「トイレ」や「ふとんの中」などユニークなものも。
見たい動画や聞きたい音楽は、子どもたちがお気に入りのものを書いていました。

 

授業を
受けた児童

「今までは『逃げるな、闘え』と考えていたので、逃げてもいいんだなって、対処法が増えた」

授業を
受けた児童

「自分のことをちゃんと知ることができた。いつもは考えないようなことをちゃんと考えられる授業だったと思う」

大人が伝えたかったこと

授業の終わりに、学生が所属する大学のゼミナールの教員である西嶋賴親さんが子どもたちに語りかけました。

 

中京大学文学部・西嶋賴親専任講師

「僕が伝えたかったのはつらいことがあったら『信頼できる誰かに話すこと』『逃げてもいいんだということ』の2つだけです。この先、生きていく中でいつかこの授業のことを思い出してくれたらうれしいです」。

実はこの授業は学生たちが小学6年生と一緒に取り組む中で、西嶋さんはみずからの教え子たちにも気づきを得てほしいと思っていました。

西嶋さんが自身のゼミでこのテーマに取り組もうとしたきっかけは、見ず知らずの100人あまりの学生を対象に「メディアと自殺」をテーマに講義を行った際、講義の後に多くの学生から「死にたい」や「死にたいと思ったことがある」などと相談された出来事だったといいます。

厚生労働省の『令和5年版自殺対策白書』によると、10代(10歳~19歳)の死因トップが「自殺」なのはG7各国の中では日本だけです。

 

『令和5年版自殺対策白書』

また、日本の小中学生と高校生の自殺者数は昨年(令和4年)1年間で514人と、統計をとりはじめて以来、はじめて500人を超え過去最多となりました。

このうち小学生は17人、中学生は143人、高校生は354人です。

西嶋さんは中高生は引き金になる要因が複雑に絡み合っているのではないかと考え、小学生のうちに自分の心との向き合い方を知っておいてもらおうと考えました。

そこで思いついたのが桃太郎を題材にしたオリジナルの物語と、物語を聞いた後に「逃げ場所」となるような自分の好きなきなものや相談したい人を考えるという授業でした。

今、「死にたい」と思っていなくても、いつかそう思いそうになった時に、この授業のことを思い出してもらえたら…。

それは授業を受けた小学生だけではなく、教え子の学生たちにも向けた思いでした。

 

今井美音さん
(4年)

「自分の”好き”をわかっていることで抑止の効果を得られるというのがわかったので、自分も見つけていきたいし、周りの人にも考えるきっかけをつくることが今後に必要なことかなと思いました。幸いなことに周りに自殺とか病んだ子は多いわけではないですけど悲しいことが起こらないように、一人一人の思いをくみ取って私もふるまっていく必要があると思う」

林泰蔵
さん
(3年)

「絵本とか動画の本当の意味はもしかしたら子どもたちに伝わりきっていないかもしれないけど、でも”どう考えたらいいのか”ということには気がつけたのかなって。授業をする中で親に相談したい子やしたくない子がいたり、いろいろな子どもがいることがわかったので、ひとりひとりにあったコミュニケーションの方法を考えたい」

今後、西嶋さんは絵本やワークシートなどの教材を一般に無料で公開することにしていて、各地の小学校で取り組んでほしいと話していました。

”SOSを出す力”って持ってるっけ?

文部科学省は自殺予防教育の核に「早期の問題認識」=心の危機のサインを知ることと、「援助希求的態度の促進」=SOSを出す力を高めることを、目標として掲げています。

日本では平成18年に「自殺対策基本法」が施行されるまで、子どもを対象にした自殺予防教育はほとんど行われてこなかったといいます。しかし、子どもの頃の心の健康は、その後の人生にも大きな影響を与えることから重要な課題であると位置づけられ、今では国が主導して教育現場でもさまざまな取り組みが行われています。

もちろん子どもだけに限らず、大人もつらい気持ちを抱えた時に、そのストレスに対処したり周囲に助けを求めることは必要です。

でも、「頑張らなきゃ」という思いが心の根底にどこかある人も多いのではないでしょうか。
私もその1人でした。
「話を聞くよ」と言われたり相談先を紹介されても、どこか「こんなことで相談してもいいのかわからない。もっと自分が頑張らないと」と、元々ため込んでしまう性格です。そんな自分に「逃げてもいい」と言ってくれる人がいたとしてもピンとこなかったと思います。

でも、少しずつその心のハードルを取っ払って、周囲の信頼できる人に相談をしたり、好きなものを食べてみたりと、いったんつらい状況から距離をとることができるようになった今は、「逃げること」の大切さを身をもって実感しています。

鬼退治に行かない桃太郎のことを、もっと多くの人が知ってもらえたらいいなと思います。

 

  • 鈴木博子

    名古屋放送局 記者

    鈴木博子

    高松局→ことし4月から名古屋局。お酒と料理を楽しむことが私のストレスへの対処法。まだ、人に話すことは少し苦手です。

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