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本多忠勝をめぐる愛知 岡崎市の旅 SKE48鎌田菜月さんが探訪

まるっと!LOVE旅 愛知県岡崎市
  • 2023年08月01日

東海地方の各地で、地域のLOVEな人、モノ、場所に出会う「LOVE旅」。
今回は、SKE48イチの歴史好きの鎌田菜月さんが愛知県岡崎市へ。岡崎市と言えば、やっぱり徳川家康、と思いきや今回は「LOVE❤本多忠勝」

鎌田菜月さん(SKE48)

徳川四天王のひとりで槍(やり)の名手・本多忠勝。「どうする家康」では山田裕貴さんが演じています。忠勝の生誕の地・岡崎市で、忠勝ゆかりのスポットをめぐりました。

岡崎公園の銅像 本多忠勝は岡崎に欠かせない存在

まず鎌田さんが向かったのは岡崎公園。案内してくれるのは、長年にわたり家康を研究している、岡崎市在住の歴史家の市橋章男さんです。

歴史家 市橋章男さん
本多忠勝は岡崎で生まれた人、 岡崎には欠かせない、家康にも欠かせない大変重要な人物だったということで。今日はいろんな所を案内します。」

鎌田さん

あちらはもしや本多忠勝。すごく精かんなお顔立ちをされていますね。 

市橋さん

岡崎公園には、もちろん徳川家康公の銅像もあるんですが、なんといってもこの忠勝公の銅像がどん!と座っていて

岡崎城といえば家康公のイメージが強いんですけれど、こんなによい位置に本多忠勝がいるんですね。

家康公には4人の重要な武将、徳川四天王がいましたよね。 なぜここに本多忠勝だけがいるのか? 
この人が岡崎の藩祖。だからここに銅像がある。

岡崎生まれの本多忠勝。その子孫が江戸中期、岡崎藩主に。岡崎城跡は明治時代、市民の憩いの場にするようにと、本多忠勝の子孫によって寄付されました。今では年間約30万人が訪れます。

岡崎の人たちにとっても特別な存在でもあるし、家康にとっても特別な存在だったんですね。

蜻蛉切(とんぼきり) 忠勝が愛用した名槍(めいそう) 

続いて訪れたのは「三河武士のやかた家康館」。現在は期間限定で「どうする家康 岡崎大河ドラマ館」として開館中です。

ここに忠勝の強さの秘密があるんです。

今回、特別に資料室で見せていただいたのは...

はい、何て書いてあるか分かりますか?

(本多忠勝が使った)とんぼ切り。

オーラありますね。 

こちらは 岡崎出身の刀鍛冶の方が作ったの蜻蛉切(とんぼきり)の写しになります。

忠勝の蜻蛉切(とんぼきり)
とんぼが穂先にふれると真っ二つになった、という切れ味の鋭さに由来しています。

この中に、もう一個、剣が彫ってあるの分かりますか? 

不動明王様という怖い顔の明王が必ず右手に持っている剣があります。 あるいは三鈷剣(さんこけん)と呼んでいますが、ここにはその三鈷剣が彫ってあるんですね。
密教の真言の教えでは、悪霊を払うだけじゃなくて、自分自身の欲望・煩悩を断ち切る剣だと伝えられています。

もしかしたら、お守りみたいな。

うまいこと言うね。仏様を書いてね。人を殺めるものでありながら、仏の世界を持っていて、自分自身を戒めるんだというのがここに出ていると。

忠勝が持っていた槍(やり)は、二丈(およそ6m)の長さがあったと言われています。

忠勝は生涯57回も戦に出て一度もけがをしなかった。彼は、きっとやりさばきが上手かったということと、自分がけがをしないのは、あまり人を殺さなかったんじゃないかと。 相手が退けばよし、と。

6mのやりが見えたら逃げろ!ってなったかもしれないですよね。
「本多忠勝がいるぞ!あそこはちょっと」っていう。そんな力もあったんじゃないかなと想像しちゃいました。

旧本多忠次邸 忠勝の子孫が建てた邸宅

続いて2人は、欠町にあるとあるお屋敷へ。

ここには本多忠勝に関係のある方が作った素敵な屋敷があるんです。

お屋敷ですか? すごい立派ですね。

国登録有形文化財(建造物)「旧本多忠次邸」
18代目当主の弟・本多忠次が1932年 東京世田谷に建てた邸宅で、本多忠次の死後、岡崎に移築されました。

前庭にも大変こだわられていて、ちょっとした池みたいなのあるでしょ?実は、これプールなんです。 
壁から水が出てくる仕掛けにしたプールで、壁泉式(へきせんしき)って言います。こういう壁泉式のプールを兼ね備えた屋敷はめったにないんですよ。

日本国内で珍しいですよね。

屋敷内に入ると…

うわ~!きれい。おしゃれですね。

旧本多忠次邸職員 中野敬子さん
ここは団らん室と呼ばれておりました。当時の家具・照明器具が残っておりましたので、当時の雰囲気でもう一度ご覧いただけるかと思います。

至るところにステンドグラス。屋内にまでありますね。

忠次氏が希望されて、こういった形で。

どことなくその人の生活や性格が感じられておもしろいですね。

こちらはサンルームみたいですね。

当時、太陽の光にあたるというのが健康によいということで、サンルームって結構洋館にはついてると思うんですが、それを和室に。

こちらが忠次氏の書斎として作られたお部屋になりますので、一番お時間を過ごされたというふうに聞いています。

ここから広いお庭を眺めながらお仕事されていた? すごい立派だな~。

後世の人が見ても、こうやって生活していたんだろうなって透けて見える建物って本当にないことだと思うので。

何より、あの激しい空襲があった第2次世界大戦、東京空襲があった中で、よくぞ傷がつかずにね。

確かに、当時世田谷にあったわけですもんね。

そのまんまその傷がつかなかったっていうのは何かに似ていません?

忠勝の勝負運の強さといいますか、傷を負わなかったところまでこの家に受け継がれている。

徳川家康と本多忠勝をまつる龍城(たつき)神社

最後に訪れたのは龍城(たつき)神社

龍城神社!龍の城で龍城神社。

神様が本多平八郎忠勝と徳川家康公。 

神様としての忠勝はどういった神様になるんですか?

彼は強かったからね。戦の神様や軍神だっていう人もいますが、僕の聞いた話では、そういう神様ではなくて、御利益のあるというよりも尊敬されてできた神様ですよね。存在そのものが尊敬に値する

もしかしたらお参りする人の心の中にも、忠勝を尊敬してる気持ちがあるからこそ、ああいう立派な人になりたいっていう願いも込められている神社なんですかね?

お守りやいろんなものがありますよ。 あ!忠勝公いらっしゃいましたよ。

「忠勝公 必勝絵馬」、すごい!さっき見た、とんぼ切りも描かれて馬にも乗って。せっかくなのでちょっとお願いごとしてこようと思います。

忠勝の絵馬に「緊張してしまう自分に勝てますように」と。ライブとかたくさんあるので、そこでの緊張に負けないようになりたいです。

鎌田菜月さんの旅のまとめとアクセス情報

旅のまとめは鎌田さんのイラストで

今日は岡崎の中でたくさん本多忠勝にまつわる場所を回らせてもらったんですけれども、やっぱり最初に見上げた忠勝像のかっこよさと、とんぼ切りのかっこよさ、そして私の勝ちたいという欲があるんですけど、ただ欲を持つことが強さじゃないんだよっていうのを、忠勝に教えてもらえたと思いますので、これからも頑張りたいなって思いました。

<アクセス情報>

・岡崎公園
名鉄 岡崎公園前駅より徒歩7分
(もしくは東岡崎駅から徒歩15分) 
・どうする家康 岡崎 大河ドラマ館(三河武士のやかた家康館)
岡崎公園内
・旧本多忠次邸
(バス移動) 岡崎公園前のバス停「殿橋」から「東公園口」バスで15分
・龍城神社
岡崎公園内

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