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#1 家族へのカミングアウト「多様な性のあり方」

  • 2023年06月01日

From:みっつんさん(42歳・ゲイ)
>>>To:家族で初めてカミングアウトした13歳上の姉

6月は“多様な性のあり方”を考えるプライド月間。
NHK名古屋は「多様な性のあり方」を考えるキャンペーンを実施します。

“あなたでいてくれてありがとう Thanks for being you!”

東海地方にゆかりのあるLGBTQ+当事者やその家族が「あなたでいてくれてありがとう」と伝えたい人に手紙を送ります。彼らが紡ぐ言葉から、多様な性をめぐる生き方に思いをよせます。

第1回の主人公、愛知県名古屋市出身のみっつんさん(42)。
スウェーデン在住、スウェーデン人の夫と共に7歳の息子を育てながら、その暮らしをYouTubeで発信しています。みっつんさんが手紙を送るのは、13歳年上のお姉さん。
親のように面倒を見てくれていたお姉さんに、30歳の時、家族で初めてカミングアウトをしました。お姉さんはその後も、みっつんさんと家族の関係が切れないよう、いつも繋ぎとめてくれていました。

今この手紙を書きながら、隣の部屋にいる7歳になったばかりの息子くんの顔を眺めている。
僕も親になって7年が経ったわけだけど、その子育ての中で気づいたことがある。
たまにだけど、ふと息子くんにかけた自分の言葉を聞いて、なんとなく、姉ちゃんが昔僕にかけてくれた言葉のような気がしてんだ。
両親からの愛情も受けたけど、子どもの時の楽しかった思い出の光景の中にはお姉ちゃんがいることが多い。
13歳も離れてたからね。
自営業で忙しい両親の代わりになったのも自然のことだったと思う。

砂田橋のユニーに買い物に行くって言うと、基幹バスに乗っていき、(つまらない)姉ちゃんの買い物に付き合うと、最後には3階のフードコートのクレープが食べられた。
池下駅のサーティワンもミスタードーナツも、姉ちゃんが連れてってくれたのをおぼえてる。
僕がピザトーストでなく本物のピザを食べたのも、駅前のビルの2階のお店だった。

食べものの話ばかりになっちゃったけど、それだけじゃない。
姉ちゃんとその友達グループで、東山動物園につれてってもらった時の、東山線のホームの光景もまだ脳裏に焼きついてる。
小学校の授業参観のときは、親世代よりも若い姉ちゃんが来たことで、友達がざわついて、ちょっと自慢げになっていたこともおぼえてる。
あと、僕が生まれた時の1冊目のアルバムは、姉ちゃんが並べて綴じてくれたんだよね?
その写真すべてに、その時のエピソードやコメントが当時流行りの丸文字で書かれていたから、絶対あれは姉ちゃんがやったはずだ。

そう思うと、家族の中で初めて僕がゲイだとカミングアウトしたのが姉ちゃんだったのも、自然なことだったのかもしれない。
もちろん家族へのカミングアウトは、両親よりも女きょうだいの方が言いやすいってのは、よくある話ではある。
でも、それだけじゃなかったのかなぁって。

それからしばらくは、姉ちゃんも他の家族には言えなかったと後から聞いた。
あの頃は僕自身が精一杯だったから考える余裕はなかったけど、僕のカミングアウトでいろいろ悩ませてしまったのかもしれない。
僕の秘密を一緒に抱えさせてしまったわけだし。

でもそれは僕が抱えてきた秘密という重荷を、半分ほど持ってくれたんだと今はわかる。
ゲイでなければ持たずに済んだ重荷をね。
でも、そのお陰で僕は少し、ふっと自由になれた気がした。
それがあったから約1年後には両親へもカミングアウトができたんだと思う。

僕が両親へのカミングアウトのために選んだ方法が、16ページにも及んだ手紙だった。
縦書きの便せんに、1ページ目から箇条書きで

  • スウェーデン人の男の人と付きあっている。
  • その人と来月結婚する。
  • 3か月後にはイギリスに一緒に移住する。

と書き、残りの15ページには僕が30年間抱えた思いを書いていった。
その中には「僕自身がそれを認めるのに30年かかったんだから、親父や母ちゃんが理解するのにはもっと時間がかかるかもしれない。」と書いた。
そしてその言葉どおり、両親はすべての手紙を読み終える事なく、パニックになっていたとあとから兄貴に聞いた。

それをサポートしてくれたのも、姉ちゃんや他の兄貴ふたり、そしてみんなのパートナーたちだった。
家族会議が開かれ、心配する年老いた両親を
「みっつんになにかあったら、うちらきょうだいで面倒見るから」
とサポートしてくれた。
最初に僕が姉ちゃんに渡してしまった重荷を、今度は他の家族のメンバーも少しずつ持ってくれたのかもしれない。
そして1年半後には、初めてリカ(夫)を連れて実家に帰ることができた。
あの時みんなで行った地元のお祭りのことは忘れられない。

たまに日本へ帰るたびに、みんなを集めてくれるのも、いつもお姉ちゃんだし、今では僕ら3人が帰ると伝えると、ちょっと引くくらいに「いつ来るの?」「いつまでいるの?」と来日前からメッセージの通知が鳴りやまないくらいくらいだ。
(まぁ、うちの息子くんめあてなのは分かってる笑)

もしかしたら、これはできすぎたカミングアウトストーリーなのかもしれない。
世の中には、こんなにうまくいかずに、家族と縁を切ってしまった友達も多いからね。
縁が切れないよう、ふんわりと繋いでくれたのは、姉ちゃんだったし、昔からそういう人だったと思う。

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