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グランパス30年①森山泰行さんの挑戦

スポーツ

2022年5月10日

1993年に開幕したJリーグは、ことし発足30年目を迎えています。熱狂的な盛り上がりとともに10チームでスタートし、いまではJ1からJ3まで全国58チームに拡大しました。
名古屋グランパスもJリーグ元年から活動してきた10チームのひとつです。かつてグランパスでストライカーとして活躍した森山泰行さんは、いま、Jリーグの掲げる"地域密着"の精神を受け継ぎ、新たな取り組みを始めています。
シリーズ「30年目のいま」、第1回は森山泰行さんに迫ります。

スーパーサブとして活躍したグランパス時代

岐阜県出身の森山さんは、大学卒業後、発足直後の名古屋グランパスに入団。1993年のJリーグ元年には記念すべきクラブ初ゴールを決めました。

Jリーガーとしての森山さんを全国区にした言葉が"スーパーサブ"です。途中出場で流れを変える数々のゴールをあげました。

先発で起用されないことに悩んだ時期もあったといいますが、ゴールにこだわり結果を出し続けたことで道を切りひらくことができたと振り返ります。

森山泰行さん

「途中でも点をとれれば自分の存在価値というのが保たれる。自分の満足する納得するところも得られるという確信が得られた」

岡崎市で始めた新たな挑戦 その根底には

グランパスを退団後、故郷の岐阜に戻った森山さんは、FC岐阜のJリーグ昇格を中心になって担いました。ここで学んだのが地域がクラブを支える姿です。

森山さん

「岐阜県にはプロスポーツがなくて、でもその中ですべての町村が一つになって『オール岐阜でやる』というテーマを作って活動しました。そしたら今、岐阜も15周年で盛り上がっています。時間とともに地域の人に育ててもらったと思います」

その後、岡崎市のクラブチームでプレーしたことをきっかけに、新たなサッカークラブを岡崎市に作ろうと、去年から本格的な活動を始めました。

森山さんが声をかけたのは、スポーツだけでなく教育や観光、飲食など業種の垣根を越えて岡崎で暮らすさまざまな分野の人たちです。どんなクラブを目指していきたいか、みんなの意見を聞くことから活動をスタートさせました。

森山さんを貫くJリーグの精神

その根底には、発足から30年のJリーグで森山さんが得た経験がありました。

森山さん

「Jリーグが始まった時に地域密着をうたいながら、大企業がなければ支えきれないようなことがありました。横浜フリューゲルスがなくなったこともそうで、企業が倒れたらつぶれてしまう。歴史を作るためにはしょうがないことだったとは思うんですが、トップダウンでできたチームだったんです。FC岐阜をやったときも、成績を上げれば勝てばチームの価値が上がる。そのために、やっぱりトップダウンだった面がありました。それを考えた時に、いままでやってこなかった『ボトムアップ』という方法で、底辺から色んな人と協力しながら納得させながら進んでいく。これまでとは違うやり方でチャレンジしています」

そして森山さんはJリーグが掲げた「百年構想」について語り始めました。熱狂的な盛り上がりでスタートしたJリーグが、トップダウンのチーム強化といった旧態依然としたスポーツの形に飲み込まれないように、世代を超え地域に根ざしたクラブであり続けるためにと、当時の川淵三郎チェアマンが中心となってリーグ発足後に掲げた壮大な理念です。

森山さん

「Jリーグが掲げる『百年構想』。100年続くクラブということを考えると、100年後には僕なんかいないですよね。でも何が残るかっていったらクラブが残る。クラブのフィロソフィーだとか思いだとか、心の中のものがつながって残されていくと思うんです。そういったものがこの地域にも残していけたらなと思っています」

子どもたちが自分の才能に気づくきっかけを作りたい

森山さんが、さまざまな分野の人たちから幅広く意見を聞く中で見えてきたのは、サッカーだけでなく水泳やカヌーなどさまざまなスポーツを観戦したり体験したりできる、ジャンルを超えた総合型のスポーツクラブを作るというアイデアでした。そこには岡崎が誇る自然やまつりを大切にする文化など、地域とスポーツが融合した世界観が広がっています。

そうした環境の中で、かつて自分がサッカーと出会ったように、地域の子どもたちがスポーツや文化に触れることで、自分のやりたいことや才能に気がつくきっかけを作れるのではないかと考えるようになりました。

森山さん

「自分自身、子どものころにゴールを決めることが好きで、それが自分の才能との出会いだった。どういうことが自分の才能なのかは、気づく時期もタイミングも人それぞれだと思う。だからこそ、子どもたちがなるべくたくさんのチャレンジができるような環境を作りたい」

目標を定めた森山さんは、その実現化へ向けて仲間とともに地域の企業や商店を一軒一軒回り賛同を呼びかけ始めました。

手ごたえをつかんだイベント

4月、森山さんたちはひとつのイベントを企画しました。
花見客でにぎわう岡崎のシンボル乙川で、カヌーに乗りながらボールを使ってプレーする「カヌーポロ」のデモンストレーションを行ったのです。岡崎の誇る自然をフィールドにできる新しいスポーツです。

最初はカヌーを珍しそうに見ていた子どもたち。試しに1人が川に向かってボールを投げ込んでみました。カヌーに乗った選手がボールをキャッチして、そのまま水中を一回転。その姿に、子どもたちから思わず歓声が上がりました。

すると、ほかの子どもたちからも「ボールを投げ込んでみたい」という声が次々と上がり、投げ込んでは選手たちがキャッチしたり飛び込んだりと、思わぬ盛り上がりを見せたのです。

その様子を笑顔で見つめていた森山さんと仲間たちからは「川に向かってボールを蹴ってみるのもおもしろい」、「落ちたボールをカヌーで拾いにいくようにしてみてはどうか」など今後に向けてさまざまなアイデアが生まれました。

森山さん

「スポーツが好きな人もいれば苦手な人もいる。楽しいとかやってみたいとか、そんな気持ちになるのは人それぞれ。色んなスポーツやカルチャーに子どもたちが触れられるように、これからも仲間たちと一緒に取り組んでいきたい」

地域密着を合い言葉に100年続くクラブを理念に掲げているJリーグ。30年目の今、その精神に支えられ森山さんは新たなチャレンジを続けていきます。

筆者

金城 均 アナウンサー(NHK名古屋放送局)

2005年入局後、金沢局・新潟局・京都局・仙台局を経て2020年から名古屋局

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