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100万回の動画と4500年前への旅 エジプト考古学者 河江肖剰

2023年1月17日

再生回数は1か月で100万回超。考古学の世界では異例の"ヒット"動画を発信する研究者がいる。研究で取り組んでいるのは"タイムトラベル"なのだという。

(NHK名古屋 記者 三野啓介)

ある考古学者

ピラミッド内部を進む

迷路のような横穴をはいながら前進。暗闇のなか石の壁のひび割れ一つ一つに目をこらし、その意味を解き明かす。現場はエジプト、ピラミッドの内部だ。息を切らしながら奥深くに分け入る姿を撮影して発信する。

名古屋大学高等研究院 河江肖剰准教授

考古学者、河江肖剰さん(かわえ・ゆきのり)。
名古屋大学を拠点に研究するのは、4500年前につくられ、その建造方法や構造に今も多くの謎が残るピラミッドだ。

動画の収録に臨む河江さん

河江さんは世界の最新の研究成果を週に1回、動画で発信している。取材した日のテーマは、エジプトで近年発見された世界最古のパピルス文書。ピラミッド建設工事の監督官が記したものだという。
発見した考古学者の思いや解読の内容を熱く語り、臨場感で聞き手を引き込む。

ピラミッドの"人間くささ"

「すごく人間くさいんですよね」。ピラミッドの何にひかれるのか尋ねた私に河江さんは即答した。
人間くさい?不思議に思う私に河江さんは語る。

「ピラミッドはすごく完璧なイメージがありますが、実際はそうじゃないんです」

クフ王・カフラー王・メンカウラー王のピラミッド(左から右に)

エジプトの首都、カイロ近郊のギザにあるクフ王、カフラー王、メンカウラー王の3つのピラミッド。最も大きいクフ王のピラミッドは140メートルの高さを誇る。
そのどこに人間くささがあるのだろう。動画で「王の間」と呼ばれる空間に入った河江さんが指し示したのが天井に入ったひび割れだった。

画像左上、よく見るとひびが入っている

ひつぎのようなものが置かれた「王の間」は固く加工が難しい花こう岩を隙間なく積みあげた精巧な作りで、ピラミッド内部でも特に重要な空間だったと考えられている。そこに入ったひび割れ。それは高い技術を持っていたとみられる古代人にとって、痛恨のミスだったはずだと河江さんは解説する。そこに4500年前の時を超えて古代人の奮闘を感じるのだという。

「いろんなところに失敗のあとがある。ただ、失敗がありながらもそこを何とか取り返そうとしている。そうした人間らしいところがいたるところにあってそれが面白いんです」

発掘現場で得たもの

ピラミッドが感じさせる古代のロマンを"人間くささ"を通して追う河江さん。その原点はエジプトでのある経験だという。

遺跡をガイドする河江さん

子どものころテレビ番組で見たピラミッドの謎に強くひかれ、高校卒業後に現地へ。生活のためにツアーガイドになり、その後、現地の大学に進学した。

遺跡の発掘に参加、後方にはピラミッドが見える

そしてピラミッドの建造を担った人々が暮らしていたと考えられている「ピラミッド・タウン」と呼ばれる街の遺跡の発掘隊に参加する。

「発掘したのは、ビールつぼなどの土器や動物の骨など、古代の人々が残したゴミです。彼らの生活を赤裸々に伝えるゴミを見ることで、ここに住んでいた人がこんなものを食べながら毎日現場に通ってピラミッドを作ったことを生々しく感じ、ピラミッドに人間味を感じるようになりました」

3次元データから奮闘を読み解く

古代の人々が石を運ぶ姿を想像しながら研究してきたという河江さんは今、あるプロジェクトに取り組んでいる。想像のなかの世界の具現化だ。

クフ王のピラミッドの3次元データ

まずドローンで撮影した映像を合成しながら、ピラミッドそのものを仮想空間で3次元化。石の積み方や崩れ方まで忠実に再現して分析し、そこに浮かび上がる古代の人びとの奮闘を見つめる。

カフラー王のピラミッド上部 化粧板が残り、なめらかになっている

例えば古代の人びとはいったいどれだけの石を積み上げたのか。
河江さんはピラミッド全体を覆っていたと考えられている「化粧板」に注目。クフ王のピラミッドは現在は階段状になっているが、かつては隣のカフラー王のピラミッドの上部のように「化粧板」で固められ、なめらかな斜面だったとみられている。

河江さんは最上段の201段目の石の並びの分析から、一番外側の列だけきれいに水平に並べられていたことを発見。水平にしたのは「化粧板」をきれいに並べるためだったのではないかとにらんだ。そこから失われたと考えられる「化粧板」の量を算出。

はじき出された石の重さは80トンあまり。仮説が正しければ、それだけの量の石灰岩を古代の人々は130メートルを超える高さまで運び上げていたことになる。

古代エジプトの世界をよみがえらせる

河江さんが仮想空間のなかに再現しようとしているのはピラミッドだけではない。地形や太陽や星など天体の運行データもインプットし、4500年前の古代エジプトの世界そのものをよみがえらせようとしているのだという。

「太陽がどう上がってどう沈んでいったのかとか、星がどう位置していて、彼らはそこの中でどう思っていたのか。4500年前にタイムトラベルするプロジェクトです」

構築が進む3次元データ

体験することで分かるものがある

なぜそこまでするのか。河江さんが目標にしているのは、その世界の中にみずからが入ること。古代の人々と同じ目線で同じ景色を眺めることだという。そこから何がわかるのか。例えば古代の人々がピラミッドをつくるために測量した地点がどこか。ギザのピラミッドは当時、北東の方向にあった太陽神の信仰の中心地に向かって直線上に並んでいるとされている。

人工衛星から見たギザのピラミッド

ではそれをどのように設計したのか。同じ世界に入れば、測量地点が特定できるのではないか。そうして古代の人々の視点で感じることで、初めて解明されるピラミッドの謎があると河江さんは信じている。

「4500年前、ピラミッドの角に立つとどういう風に見えたのか。自分自身で体験することで初めて分かるものがあるんだと思います。予想もしなかった、ワクワクすることがあるんだろうと思っています」

考古学者が目にするものは・・・

頭をひねらせ、歯を食いしばり、ピラミッドをつくり上げた古代の人々。彼らにとってピラミッドはその苦労に値するに余るほどの大きな価値を持つものだったはずだ。4500年前の時を超え、古代の人々と同じ世界を実感できる空間が出来たとき。そこを旅した人たちがそれぞれの感性で新たな視点を見いだしたとき。ピラミッドの謎を解く新たな扉が開かれるのかもしれない。

筆者

三野啓介 記者(NHK名古屋放送局)

兵庫生まれの東京(多摩地方)育ち。2012年にNHKに入局し、初任地の徳島局から津局を経て、名古屋局に。現在は、文化や学術など幅広く取材を担当。名古屋の食文化に日々仰天しつつ、名古屋で生まれた娘の育児中。趣味はエレキギターの改造。いつの日か、木材からギターを完成させるのが夢。