脳出血や脳梗塞など脳血管疾患の患者は全国におよそ170万人。
多くは麻痺などの後遺症が残り、リハビリに励んでいます。
その1人、右半身にまひが残り再起をかける愛知県出身の演奏家が、「自分の脳に何が起きているのか」を解析する実験に挑みました。
週1回、病院に通いリハビリを続けるテルミン奏者の竹内正実さんです。
竹内正実さん
「こういう地味なトレーニングでしびれてるってことを実感しますね」
「どこがしびれます?お尻周り?」
竹内正実さん
「脇腹からろっ骨ぐらいにかけて」
2016年のクリスマスコンサートのさなか、脳出血を発症した竹内さん。
一命はとりとめましたが、左脳側がダメージを受けたため右半身にまひが残りました。
竹内さんの主治医 山内克哉医師
「手指、手の動きはまったくなかったですね、少し見えるか見えないかという動きです。歩くことはまったく出来ませんでした、これはなんとか歩けるようになって、復職、仕事まで復帰できるってことを見越して、治療計画を立てました」
リハビリの結果、日常生活を送れるようになりましたが、まひした右手は思うように動かず、満足する演奏は出来ませんでした。
竹内正実さん
「右手は自分の体の一部なんだけど、おおよそ自分の体の一部でない。2016年の発症までのころっていうのは、ほぼ頭の中のイメージと実際の音って一致していたんです。これが的にすら当たらないっていう、この精度の低さっていうのは、自分のテルミン演奏としてどうにも受け入れられない」
一時は演奏家の道を諦めることもよぎりましたが、ことし1月、大胆な決断をします。
もともとは、利き手の右で音階、左手で音量の制御をおこなっていました。
その役割を、左右反転。繊細な動きが必要な音階をまひのない左手で、音量を右手にすることにしたのです。
日々練習を重ねていくと、右半身のまひは変わらないのに、右手を動かす演奏の質は向上していると実感できるようになったといいます。
竹内正実さん
「まひそのものは全然改善がないんですけど、何か体や脳が工夫をしてるんでしょうかね、右手の音量の制御は以前よりもずっと出来るようになってます。これはもしかして何か私と同じように脳卒中後遺症でまひを患ってる人にとって、ひとつ突破口になるんじゃないかなって」
脳内でイメージを持って演奏する竹内さん。
その脳の中で一体、どんな変化が起きたのか。研究してほしいと東京の大学を訪れました。
竹内正実さん
「こんにちは。お世話になります」
依頼を受けた東京大学大学院総合文化研究科の中澤公孝教授です。
パラアスリートなどの脳活動を研究しています。
中澤公孝教授
「楽器演奏も身体運動なんです。ものすごく興味深い対象なんです」
演奏中の脳の活動を分析するため、脳波や筋肉の動きなどが測定されました。
中澤公孝教授
「この図がどこの脳活動が出たかということを表しているんですが」
そして、分析結果が竹内さんに伝えられました。
これは竹内さんが、まひしている右手の親指と人さし指を動かした際の脳の活動を表したものです。赤や黄色の部分は、活動している範囲を示しています。
右手を動かしたとき、本来活動する左の脳に加え、右の脳も活動していたのです。
竹内正実さん
「右側の脳の野も動いているっていうのは何が必要だからそうなってるんでしょうか」
中澤公孝教授
「おそらく右手を動かす左のこの活動だけでは足りないんでしょうね。だからご自身の中で一生懸命こちらを動かそう動かそうと多分ずっとリハビリの過程でやられる中で、自然にこっち右脳が助けてるって事だと思うんですよね」
中澤教授は、これは障害などを負った際に脳がそれを補おうと変化する
「脳の再編」が起きていたと考えています。
中澤公孝教授
「人間の体ってそうやって必ず、どっか傷んだらどっかが助けようとしてくれるので。そういうのをどんどんやっていくと、もっと最終的な機能がもっと良くなっていく可能性がある」
竹内正実さん
「同側側の脳が活性化してるっていうのは私にとっても意外で、これは私にとっても脳の再編が起こってるかもって。人間にはチャレンジが要るんですかね。つらいんだけどそのことによって壁を乗り越えられるし、予想外の展開が開けるっていう私は実感してるんですけどね。この可能性があるということを多くの人に知ってほしいです」
脳の再編は、これまで中澤教授の研究でパラアスリートで確認されていますが、
今回、演奏家の竹内さんでも確認されました。
その再編には、リハビリやまひした右手を演奏に使っていること、「発症前と同じレベルで演奏したい」という竹内さんの強いモチベーションが大きく寄与しているのではと中澤教授はみています。
竹内さんはとても前向きな方で、たとえ演奏がうまくできず恥をかいたとしても、それが自分を奮い立たせ、成長させてくれると話していました。
中澤教授は、竹内さんの脳の再編が今後も続くのか追っていきたいとしています。
松岡康子 記者(NHK名古屋放送局)
静岡局、豊橋支局、名古屋局、科学文化部、生活情報部を経て、2013年から再び名古屋局。主に医療分野や介護分野の取材を担当。
愛知県小牧市出身で、2人の息子の母親。
「肩甲骨動かして」