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「イグルー」の技術で安全な冬山登山を

ニュース特集

2022年3月8日

イグルーとは

イグルーを知っていますか?北極圏の先住民が雪で作るドーム型の住居です。いま、イグルーを雪山登山のサバイバル技術として学びたいという人が増えています。多くの人に紹介しているのは実はこの私です。私は8,000mを超えるヒマラヤの高峰も含め、ずっとNHKで山岳取材をしてきたカメラマンです。仕事とは別に雪山登山の愛好家として学生時代以来30年あまり冬山に登り続け、自分で作ったイグルーに約200泊してきました。イグルーは自己流で作ると数時間かかるため、自分たちで作って泊まる登山者はほとんどいません。そのため私は、誰でも1時間以内で作れる方法を探り出し、それをこれまで講習会で希望者150人あまりに教えてきました。

2月の白山 標高2,200m 40分で作ったイグルー
イグルーは極めて安全なシェルター

雪山で最も恐ろしいのは、疲労凍死です。吹雪の中で自分や仲間が疲れて動けなくなると、数時間で死の危険が迫ってきます。イグルーはそんな時に命を救う、頼れる技術の1つです。
イグルーの利点は、テントが不要で荷物も軽くなる点です。降り積もった重みで締まった雪が30センチ以上あれば、どこでも作ることができます。何より暴風雪でも深く安眠でき、安全なシェルターになります。雪洞を作るのには2時間、積雪も2mほど必要なのに対し、イグルーは40分ほどで作れます。掘った雪を捨てずブロックとして使うためです。また、整地や撤収の時間を含めれば、テントの設営よりも時間が短く済むのです。イグルーの内部は、湿気がたまらないうえ、0度前後に保たれるため寒くなく、しかも換気も自然にでき、明るく静かです。外の気温が高くなければ崩落の危険性は低いです。

5月の北アルプス 標高2,400m 急な悪天候でもイグルーの中で静かに眠れた
私のつらい経験

私は北海道大学の山岳部出身です。1979年に道東の知床で8年先輩の3人が遭難死した事故の反省から、冬季の登山でテントに宿泊することには、当時非常に慎重でした。暴風雪でテントを潰され3人が疲労凍死したからです。北大山岳部は戦時中、物資と人員不足のため当時は重かったテントを使わずにイグルーを使って、未踏峰の初登頂に成功した経験もありました。機動的な登山が北大山岳部の伝統でした。しかし戦後は軽量で便利なテントが発達し、イグルーを作る技術は徐々に廃れてしまいました。テントが潰された遭難をきっかけに、私は古くからのイグルーの価値を見直したのです。便利なものを知ると、人はある能力を失うのだということも知りました。その後30年以上イグルーでの冬山登山を続け、延べ200泊近く経験を積んで、誰でも作れる技術を築いてきました。

猛吹雪のあとのイグルー 頑丈で壊れなかった
魅力は、自由と自信と楽しさ

暴風雪でホワイトアウトになっても、イグルーを作ることができれば山で疲労凍死しません。現場にあるものでやりくりできる、という強い自信も得られます。雪だけに囲まれて生き延びる満足感と、自然との一体感。文明社会から独立した自由も感じます。山登りの喜びの芯になるのはこれだと思うのです。それに雪のブロックで構造物を作る楽しさ。この魅力があるから、イグルー作りを学びたい人が増えているのだと思います。去年からは山岳ガイドや、アルパインクライマーにもイグルーを教える機会があり、世界で最も優れた登山家に贈られるピオレドール賞受賞者の馬目弘仁さんにも、イグルー技術をもっと広めるべきと評価していただきました。

北アルプス・槍ヶ岳の絶景を正面に望む
イグルー作りのコツ:独自に見つけた2つの技術と、「かるかた雪」を探すこと

イグルー作りの最大のポイントは、屋根をふさぐことです。円筒形の「サイロ」ではなくドームにするには、上下部分で異なる次の2つの技術を使います。

①水平ずらし工法

2段目までは、なるべく大きなブロックで、上面は平らにして、少しずつ中にずらします。
ブロックの上面は平らに切り、壁の厚みを十分にとって、水平を保ちながら内側へ寄せて、壁を内側に傾けます。

2段目のブロックを内側に積む

②橋掛け多角形工法

3段目以上は長細いブロックで、円のカーブに橋を架けるように積み、天井穴を多角形でふさぐ技術です。
3段目以上になると、①の技術だけでは難しくなります。重くて安定しないのです。1段目、2段目は重い雪でも崩れやすい雪でも、またサイコロ状のブロックでもよいのですが、3段目以降は長細いブロックを使います。軽くて硬い雪「かるかた雪」(と呼んでいます)がある層から切り出さなければなりません。ふわふわの新雪をどけた下にある、おそらく降雪後10日以上経った古い積雪層の雪を利用します。この層の雪は、自分の重さでくっついて強度があり、ずっと氷点下で溶けていないので軽くなっています。樹林限界よりも標高が高く厳しい気象条件のところにある雪です。かるかた雪の層が見つかれば、イグルーの屋根が簡単にふさげます。長くて軽く、硬いブロックなので、平らな屋根でも大丈夫です。一度組んだ屋根は、どんなに薄くても少し時間が経つと接着して頑丈になります。そして厚みは薄くても雪の断熱効果は十分で、冷気を遮断します。

細長いブロックで積み上げ屋根を作る
イグルーで安全に登山を

イグルーは、ノコギリとスコップだけを使い誰でも始められる、冬山登山で身を守る方法の1つです。冬山登山の可能性を広げ、大自然との一体感を経験できます。そして緊急時の救命シェルターとしても心強いです。より多くの人がイグルーの技術を通じて、山登りの喜びを知ると確信しますし、1人でも多くの遭難者が生還することを願います。

北アルプス・常念岳を望む 標高2,600mで作ったイグルー
筆者

米山 悟(NHK名古屋放送局・報道カメラマン)
ナムチャバルワ1991、チョモラーリ1996、ガッシャブルムⅡ峰1998など登頂取材、劔沢大滝2003、グレートサミッツ2011、冬富士2013、函館、青森、甲府、松本局で地元の山シリーズ取材など山岳取材多数。

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