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"高校生直木賞"について高校生に聞いてみた

2022年3月2日

優れたエンターテインメント小説に贈られる「直木賞」。
受賞した本は、書店で何冊も並べられ、数ある文学賞の中でも身近に感じる人も多いかも知れません。
実は、この直木賞とは別に"もう1つの直木賞"があることを知っていますか?
その名も「高校生直木賞」
全国の高校生たちが、"自分たちにとっての受賞作"を選ぶという取り組みです。
ことしで9回目を迎え、参加校の輪が年々広がっています。
これまでの「高校生直木賞」の受賞作は、ほとんどが、本家の「直木賞」とは違う作品。
参加した名古屋市の高校生たちに話を聞くと、真剣に選考に臨む中で、高校生たちが作品にどう向き合い、何を感じたのかが見えてきました。

高校生が選ぶ"直木賞"って?
左:米澤穂信さん、中:今村翔吾さん、右:芥川賞・砂川文次さん

1月19日に発表された直木賞。
選ばれたのは、米澤穂信さんの『黒牢城』と今村翔吾さんの『塞王の楯』です。
米澤さんは岐阜県出身で、地元では喜びに包まれました。

米澤さんが働いていた高山市の書店

直木賞の誕生は、純文学作品に贈られる「芥川賞」と同じ1935年。
年に2回、受賞作が選ばれ、これまで166回の歴史を持っています。

一方の「高校生直木賞」は2014年、明治大学文学部の伊藤氏貴教授の発案で始まりました。

参加は学校単位で、去年は、北海道から鹿児島までの32校が参加。
文芸部などのクラブや図書委員など、本好きのグループによる申し込みが多いようです。

2019年の本選会(提供 高校生直木賞実行委員会)

選考は、次のような流れで行われます。

▼事務局が、その年の2回分の直木賞の候補作から5~6作品を"高校生版の候補作"に選ぶ。

▼参加生徒は、全候補作を読んだ上で校内での「予選会」で議論して、学校としての"一押し"作品を選ぶ。

▼全国から参加校の代表者が集まった「本選会」。それぞれの高校が作品について意見を交わし、最後は投票で「高校生直木賞」が決定!

これまでの8回で、本家の直木賞と同じ作品が受賞作となったのは1回だけ。

2020年度の本家の直木賞は、馳星周さんの『少年と犬』と西條奈加さんの『心淋し川』でしたが、「高校生直木賞」に選ばれたのは、伊吹有喜さんの『雲を紡ぐ』と加藤シゲアキさんの『オルタネート』。いずれも高校生が登場する作品でした。

高校生に聞いてみた!

選考に参加した生徒は、どんな魅力を感じたのでしょうか。
話を聞かせてくれたのは、名古屋大学教育学部附属高校に通う4人の生徒です。

この学校では4年前から、図書委員を中心に毎回5~6人の生徒が参加しています。
先生が目を付けた読書好きの生徒が"スカウト"されることもあるんだとか。

「文体のリズム感が良いよね...」
「そうそう、劇を見てる感じっていうか」

この日の取材の合間も、和気あいあいと、最近読んだ本の感想を語り合っていました。

"どの意見も自分と違うし、どれもが理解できる"

去年、全国の生徒が集まる「本選会」に学校を代表して参加した今泉陽香さん。
コロナ禍でオンライン開催となりましたが、議論は白熱し、4時間に及んだといいます。

今泉さんが感じた魅力は、自分とは異なる意見に触れられたこと。

選考では、作品の評価をめぐって正反対の意見が出ることも多かったそうですが、自分の意見を"守り抜く"のではなく、考えが変わっていくことも議論の楽しさだと感じたといいます。

今泉陽香さん

「私は『オルタネート』を推していたんです。高校生のリアルが描かれていて、心情に入り込めるし、私はそこがおもしろいと思ったんですけど、逆にそれを『感情移入しすぎちゃってよくないんじゃないか』って言う人もいたり。選考では、みんながそれぞれの意見を持っていて、すべて自分と違うんだけど、すべて理解できる。そこがおもしろいと思いました。コロナ禍もあって、全国の人と交流したりお話ししたりする機会が本当にないので、オンラインとはいえ、いろんな意見に触れることができたのは、すごくいい経験になったと思います」

2021年 オンライン開催の様子
"ことばにしてみないと気づけないことがある"

おととしの代表、中島遼太さんは、ほかの生徒と意見を交わすことによって、自分の考えを見つめ直すことができたといいます。

中島遼太さん

「他校の生徒もみんな"本が大好きだ"ということが伝わってくるので、こちらから意見をぶつけても、きっと何かが返ってくるっていう安心感がありました。そのおかげで、ふだんは言わないような強い気持ちを押し出すことができたり、話してみたことで『自分は、この本を読んだときに、こんな気持ちがあったのか』って気がついたり。口に出してみないと分からないことってあるんだなと思いました。たとえ言っていることが支離滅裂になっちゃったとしても、何かを感じたのなら、それを口に出してみることが大事なんじゃないかなって。それが高校生直木賞に参加して感じたいちばん大きなことです」

読書に"正解"はない

また、国語の授業で読む小説とは異なり、自分の思うままに、自由に作品を読み解けることも、魅力だったという生徒もいます。

国正葵さん

「授業だと、物語の流れをつかむとか、登場人物の心情を読み取らないといけないから、いつも本を読んでいる感じとは全然違ってるよね」

今泉さん

「教科書に出てくる小説に対する問題って、『こう聞かれたらこう答える』っていう典型のパターンに乗って考えなきゃいけないんですけど、『高校生直木賞』でみんなと話し合っていると、読み解きが『合っている』『間違っている』っていう2つの方向だけじゃなくて、360度からいろいろな意見が飛んでくるんですよね」

黒木あやめさん

「本って、いろんな種類があるし、ちょうど同じ時期に別の人も同じ本を読んでることって、そんなにはないんですよね。読書は1人でするものですけど、同じ本を読んで、しかも感想を共有するステージがあるっていうのは、すごくいいなって思います」

広がる"読書の輪"

高校生直木賞には、受賞作を選ぶための"選考基準"は決まっていません。
本を読んで、何を"おもしろい"と感じるかも、人によってバラバラ。

企画した明治大学の伊藤教授は、どんな作品が受賞したかという"結果"よりも、異なる考えを持つ人と意見を交わしていく"過程"にこそ、意義があると言います。

明治大学文学部 伊藤氏貴教授

「『本はこう読むものだ』と大人が押しつけるのではなく、高校生が主体的に自分なりの感想を持って、それを論理的に説明すること。さらには、他者の意見も聞くことで、より深い理解に達することができるんだと実感できること。ここに、高校生直木賞の意義があると思います」

高校生直木賞は、学校の先生の間などの口コミで広がり、年々、参加校数が増えています。

また最近では、出版社が受賞作に「『高校生直木賞』受賞」の帯を付けて増刷したり、学校や公立の図書館でも選考結果を受けたフェアが展開されたりしていて、参加した生徒以外にも読書の輪を広げるきっかけとなっているそうです。

取材した私(記者)は、大学時代は文学部で、物語の読み解きをめぐって、ほかの学生と「ああでもない」「こうでもない」と議論する時間が好きでした。大げさな言い方かもしれませんが、小説を入り口に「世界はこうも多様で、さまざまな意見にあふれている」ということを実感することができました。今の高校生にとって高校生直木賞が、そうした世界を見つめる"窓"の1つになっているとしたら、すてきな取り組みだなと感じました。

ことしの高校生直木賞は、5月22日に全国の生徒による本選会が行われ、過去最多の38校が参加します。

筆者

河合哲朗 記者(NHK名古屋放送局)
2010年入局。前橋局・千葉局を経て、2015年からは科学文化部で文化取材を担当。
文学、音楽や映画、囲碁・将棋などを取材。2021年から名古屋局。
趣味はアナログレコード収集で、泊まり勤務明けに名古屋市内のレコード屋の入荷状況をパトロールしています。