被爆から72年。長崎原爆に関するさまざまな知識・情報を夕方のニュース「イブニング長崎」で毎日、お伝えします。

長崎原爆ノート4「原爆の開発まで」第2次世界大戦中の1941年12月、アメリカは、原子爆弾の開発に着手します。当初、計画推進の拠点がニューヨークのマンハッタン地区に置かれたことから、のちに「マンハッタン計画」と 呼ばれることになった計画は、原爆の設計や開発、それに使用計画の策定まで、副大統領や議会にも報告されず、極秘で進められました。1943年、科学者たちがニューメキシコ州の人里離れた場所に建設されたロスアラモス研究所に集められ、国を挙げての開発が本格化します。アメリカ陸軍のグローブス将軍を最高責任者として進められた計画には、のべ60万人もの科学者や軍人らが関わり、投入した国家予算は20億ドルに上ったとされています。そして、1945年7月、最初の原子爆弾を開発。ニューメキシコ州のアラモゴードで人類初の核実験が行われ、その翌月、広島と長崎に原子爆弾が投下されました。
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