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長崎発 ウクライナ侵攻1年 核兵器めぐる情勢どう見る?

  • 2023年03月06日

ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まってから1年。
この間、ロシアからは核兵器に関する言及が相次ぎました。

被爆地・長崎には、78年前に投下された原爆の爪痕が今も色濃く残っています。
核兵器の恐ろしさを実際に経験した被爆者たちは声を上げ続けてきましたが、核兵器廃絶に向けては否定的な声が目立ちます。

現状をどう見るのか、長崎大学核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授に聞きました
                               NHK長崎放送局 小島萌衣

ウクライナ侵攻1年・RECNAの見解

78年前、原爆で被爆した長崎大学には、核兵器の廃絶に向けた研究や情報発信を行う研究機関「長崎大学核兵器廃絶研究センター」、通称「RECNA(レクナ)」が設置されています。

レクナでは、毎年、核弾頭数の推計を発表したり、国際会議に参加して見解を発表するなどの発信を続けてきました。

今回は、ウクライナへの侵攻から1年がたったことを受けて、見解文を発表しています。

この見解文について、NPO法人「ピースデポ」の事務局長を務めた経験があり、核軍縮・不拡散問題に詳しいRECNAの中村桂子准教授に話を聞きました。

核をめぐる世界のあり方が問われた1年

記者

ウクライナの侵攻が始まって1年たちました。
核兵器をめぐる世界の情勢についてはどのように見ていますか?

そうですね、私自身はロシアのウクライナ侵攻という、この間の一連の動きは、とりわけ核リスクの増大と、ロシアの継続してる核のどう喝というところを受けて、核のある世界の危険性みたいなものが表に出た、非常にそういう意味では、私たちにとって大きな世界のあり方みたいな、核をめぐる世界のあり方みたいなものが問われた1年だったというふうに思っています。

安全保障のジレンマ

記者

この1年のロシアの姿勢についてはどのように受け止めていますか?

中村准教授

そうですね、もちろん許されるべき態度ではないっていうのは当然ですけれども、やっぱり今回、ロシアがこれだけの強い核のどう喝をしている背景にあるのは、安全保障のジレンマというものが大きく透けて見えているというふうに思います。

安全保障のジレンマというのは、要は、どこかの国が、まさにそれが今、ロシア、アメリカ、あるいはアメリカと中国、それから北東アジア、北朝鮮も含めて、今起きていることを表している言葉なんですけれども、つまり、どこか1つの国が、自分の国が非常に安全保障面で不安定な状況にあると。したがって、武力を強化して、とりわけ核兵器依存を強めることによって、自国を安全にしようとするわけですね。そうすると、おのずと敵対する国はそれを脅威だと受け取って、そちらでのさらなる軍拡というものが続くと。そうすると、それに対して、もともとは安全を確保したいという願いであったはずなのに、気が付くと相手はさらに軍拡をしているということで、じゃあ、こちらもそれに対抗しなければいけない。こういった、本当に際限のない軍拡競争が続くという形ですね。
だから、ロシアに対して強く非難することと同時に、今回の見解文で強調したのは、ロシア以外の核を持つ国、それから日本を含めた、核の傘のもとの国の責任を、合わせて問われなければいけないというふうに思っています。

まさに、ウクライナのこの状況が始まってこの1年間で、私たちの世界で大きく問われたのはそれだと思うんですね。核による安全保障のあり方、核抑止に依存して、自国や仲間の国の安全を守るというやり方は、持続可能な安全なのかと。私たちの世界はこれからもこのままやっていっていいのかと。あるいは舵を切って、もっと外交に基づいた、平和的な、お互いの協調的な安全保障というのを目指していく方法があるんじゃないかと。そういう大きな問いを投げかけられているという、そういう局面であると思います。

新STARTの一時履行停止
ジャングルのような世界にならないように

記者

ロシアはことし2月、アメリカとの核軍縮条約「新START」を一時的に履行停止すると一方的に主張しました。
これについてはどう考えていますか?

中村准教授

新START条約というのは、今現在、アメリカとロシアの間に残る、最後の軍備管理軍縮条約という位置づけです。
つまり、この条約がなくなってしまうと、もう2国間の間に、法でお互いの国を縛るという枠組みがなくなるんですね。

新STARTというのが画期的なところは、アメリカとロシアの両方が持っている配備戦略核弾頭というのを、「じゃあ、何発まで」という上限を決めているほか、その核弾頭を乗せるミサイルだったり、そういったものの数の上限を決めて削減をする、ということを定めています。でも、それだけではなくて、実は新STARTというのは、その両国間で信頼関係を維持するための非常に重要な枠組みを提供しているんですね。それは例えば、両国の間でお互いの現地査察を相互に行うという取り決めであったり、お互いに情報交換して、ある種、透明性を確保して、ミスコミュニケーションや、相手に対する「実はこうやって軍拡してるんじゃないか」といった疑惑から、「怪しいことをやっているから自分の国も軍拡していこう」といった負のサイクルが動いていくことを止めるという、非常に重要な国際条約だったわけです。

しかし、新STARTはもともとですね、2026年に期限が切れるということで、いずれにしても急いで両国は、この後どうしていくのか、中国を巻き込むなど、色々な話がありますけれども、いずれにしても、何らかのそういった国際法での縛りというのを、急いで作らないといけないところだったんですね。ところが、今回、ロシアが廃棄をしていく、履行停止ということになると、さらに今後ですね、軍拡への火ぶたが切られるということにもなりますし、とりわけアメリカの反発も含めて、今後いったい両国の間でどのような形で対話を再開していけるのかということが、非常に大きな問題になっていきます。

1970年代以降ですね、米ロの両国間に、法的なそういった条約の縛りがなかったことは全くないんですよ。常に、私たちにとっては不十分かもしれないけれども、何らかの形で、両国間の外交的な対話の道を作るという努力が継続されていた。そして、条約があった。しかし、それがなくなってしまう。言ってみれば、力こそ正義といった、ジャングルのような世界になっていくというところにならないように、なんとか、私たちはここで一歩踏みとどまるということを進めていかなければいけないと思っています。

「核抑止論」世界は2つの方向へ

記者

敵より強力な核攻撃力を持つことで核攻撃を思いとどまらせるという「核抑止論」。
ウクライナへの軍事侵攻が続いたことによる、核抑止論への影響はどうみていますか?

中村准教授

大きく言えば、世界は今、2つの方向に引き裂かれていると思うんですね。
つまり、核抑止を含めた、核兵器で安全を守るという考え方に対して、2つの大きな方向性に分かれていると。言い換えれば、ウクライナの現在の状況から、どういった教訓を世界が得てるのか、ということだと思うんですね。
1つは、先ほども言ったように、核兵器は存在するだけで各国間の対立関係をあおって、いつ使われるかわからない、非常に危険なものだから、一刻も早く核軍縮に進もうと。まさに、核兵器禁止条約に進む国はそういったことを言っています。
しかし、一方で、今回のウクライナのように、言ってみればロシアのような核大国が好き勝手に自分の好きなように弱い国をいじめるというような構造になるのであれば、弱い国は自分たちでより軍事力に依存をして、核兵器に依存をして、核抑止力を高めて守っていくしかないんだという考え方が強くなっていると。で、残念ながら今、日本も含めて、この後者の方に、軍事力依存、核依存というところが強まっているように思います。

なので、私たちが、とりわけ長崎の私たちが、今回本当にロシアに対して、核兵器によるどう喝を本当にやめるように、そして、平和的な解決の道を探るようにということを声を大にして言うことはとても大事です。でも、そこにとどまらないっていうことも大事なんですね。
つまり、私たちが言うべきことは、もう一歩先に行って、核兵器で安全を守るという、ロシアだけでない、ほかの核保有国もそうであるし、日本を含めた核の傘のもとの国が行っている安全保障の守り方がどうなのかと、まさにそのことにまで、私たちはこう問うていかないといけないんじゃないかなと。

とりわけもうすぐ、ことし5月には、広島でのG7サミットということで、被爆地である広島、そして長崎も含めて、こうした各国間での、トップの交渉が行われる、非常に重要な機会があります。なので、この見解の最後の部分でも申し上げているように、まさに、その核兵器依存から、核抑止依存から、一歩、私たちが踏み出して行く、より安全で、より持続可能な、安全の守り方というところに進んでいく。そうしたところに向けて、もっと創造的な議論になっていてほしいと言うふうに強く思います。そうでないと、今回のG7が、言ってみれば、7つの国のうち、3つが核兵器を持つ国、残りは核の傘のもとの国、ということで、いずれも、西側の民主国ということですから、やはりロシアはけしからん、と。そこで、核兵器による使用やどう喝はいけないというところで、終わってしまうと思います。
もちろん核兵器の使用や、使用の威嚇が許されないという強いメッセージは、今、世界が発するべき、共有するべき大事な大事な原則ではあるんですね。しかし、そこは、ロシアだけでなく、すべての核兵器を持っている国と、核に頼る国に対するメッセージに同時にならなければいけない、というふうに強く持っています。

核リスク削減は
核兵器のリスクを0にするものではない

「核兵器のリスクを0にする道はたった1つ、『核兵器をなくすこと』」
記者

核使用リスクを削減していくために必要なことはどのように考えますか?

中村准教授

まず、現状のように、これほど核兵器使用のリスクというものが高まっている現状では、まずは直近の核リスクを少しでも下げていくための緊急のその施策というものが必要になります。なので、まずできることとしては、これまで、昨年1月の5カ国の声明にあったように、核兵器、核戦争というものは決して戦ってはならない、勝者はないんだという、このメッセージを改めて各国が発することが、世界の原則になっていくということが大事です。しかし、それと同時に、核兵器の役割を提言してくるような、具体的な政策が伴っていなければ、ある種宣言だけで終わってしまうわけですね。具体的な、核兵器の役割を提言するというのは、いろんな形がありますけれども、今、核兵器が本当に数分で発射できるような危険な体制から、もう少しこの準備体制を下げていくっていうこともそうです。それからまた、その核兵器を先に使わないという、先制不使用といったような宣言をしていく、ということも必要です。なので、今、核を持っている各国が、自分たちが核兵器を使用するということに踏み出す、その敷居をできるだけ高くしていくような、いろいろな施策を取っていくということと、信頼関係・外交関係を回復させるような、そういった対話の場やコミュニケーションを増やしていく、というようなことが緊急に重要になります

ただその核リスク削減というのは、決してその核兵器のリスクを0にするものではないということを、改めて私たちは肝に銘じる必要があるんですね。繰り返し、核兵器禁止条約を言っているように、私たちにとって核兵器の危険性を0にする、この道はたった1つです。核兵器をなくすこと。廃絶すること。で、そこに向けて、より具体的な、核兵器に依存する政策を変えていく、というところを進めていく、まさにそういった機会が来ているという風に思います。

被爆地・長崎の役割

記者

被爆地として長崎の役割についてはどのように考えますか?

中村准教授

まず、ウクライナの問題にも直面した中で、まさに、私たちはこの日本だけでなく、世界、ヒロシマ・ナガサキを超えて、日本国内、それから、世界の、ごく一般の人々が、核兵器の問題について、これほど直面し、真剣に考える機会もなかなかないと思うんですね。したがって、私たち、長崎の人間としては、やはりここから、ウクライナの問題から間違ったメッセージを受けないように、さっき言ったように核抑止で対抗していくという道は決して持続的なものではないし、私達が進むべき道はそこではない。私達が学ぶべき教訓はそこではない、ということを、大きな声で伝えていくということが必要ではないかと思います。当然、それは日本政府に対しても同じメッセージが発せられるべきであって、核抑止への更なる依存というところに、今の日本の政治的な論調もそうですし、また、不安感から、いわゆる日本の世論というものが、大きくそういったところに向いています。今こそ、一歩立ち止まって、今回のこのウクライナ、この1年間の、非常に辛い、苦しい状況から、私達は一体何を学ぶべきなのか、っていうところを、もう1度立ち返って、核兵器で安全を守るとは何かと、私たちが望む未来に近づくのか、というところを問い直すべきではないかと。それを、長崎から発信していきたいし、それが私たちの務めであると思っています。

取材後記

難しいテーマをかみ砕いて力強く語ってくれた中村准教授。
しかし、核兵器廃絶への「逆風」は強さを増しているといいます。

中村准教授が言うように、ウクライナへの軍事侵攻は続いている今は、被爆地にいるわけでもない、核兵器への関心が特別高いわけでもない、いわゆる一般の人たちにとって「核兵器の問題について、これほど直面して真剣に考える機会もなかなかない」のだと思います。
78年前の長崎と広島に暮らしていた人々には、何かを考える間もなく、核兵器という存在も知らないまま、原爆が投下されました。そして一瞬で大切な人たちを失い、自分もけがや後遺症を負い、住み慣れた街は火の海に飲まれて荒野となりました。
被爆者たちが声を上げ続けてきた今を生きる私たちは、考えることができます。
あまり向き合いたくない、人によっては、答えが見えていると感じてしまう問題かもしれませんが、それで済まさず、向き合って考えること。そして、そうする人が増えることが大切なのではないかと、インタビューを通して、改めてそう感じました。

  • 小島萌衣

    NHK長崎放送局 記者

    小島萌衣

    2015年入局
    沖縄局、佐世保支局を経て 現在は長崎市政や原爆・平和関連の取材を担当

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