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「また先生とウォッカを飲みたい」

元ウクライナ兵と空手師範の約束
  • 2023年05月19日
写真提供:イゴール・ユカリチュクさん

4月、高森町にウクライナ兵だった46歳の男性が避難してきました。ロシアによる軍事侵攻後、男性は志願して兵士となり最前線で戦っていましたが、大けがをして除隊。空手を通じた縁と絆によって今回の避難が実現しました。男性には、日本でかなえたかった「約束」がありました。(篠田祐樹)

空手を通じた縁で高森町へ

4月、ウクライナ人で兵士だったイゴール・ユカリチュクさんは高森町に到着した後、町営住宅で生活を始めました。

ユカリチュクさんと小沢隆さん

避難は、かねてより親交のあった高森町に住む空手の師範で空手団体「禅道会」の代表でもある小沢隆さんとの縁で実現しました。ユカリチュクさんは、この団体のウクライナ支部長を務めていて現地で子どもたちに空手の指導をしていました。

ウクライナの戦地で撮影

ところが、去年2月のロシアによる軍事侵攻でユカリチュクさんの生活は一変しました。母国を守りたいと、ウクライナの中西部にある都市ビンニツァに家族を残し、志願してウクライナ兵となって最前線で戦うことになったのです。ユカリチュクさんは当時のことをこう振り返ります。

最初は首都キーウを守る戦いに参加し、その後は撤退するロシア軍を追って前線で戦いました。

戦地では、5人ほどの部隊を率いてロシア軍の戦車を攻撃する役割を担っていたといいます。

ユカリチュクさん

死が近い場所にいたんです。もちろん怖かった。しかし、相手に勝って国を守りたいという気持ちで戦い、その気持ちが恐怖に勝りました。

ロシア兵は“ふつう”の若者

ユカリチュクさんは、戦地で見たウクライナ軍によって捕らえられたあるロシア兵の姿が目に焼き付いているといいます。そのロシア兵は、ごくふつうの若者で、国によって争いに巻き込まれてしまったように見えたからです。

ユカリチュクさん

ふつうの20代ぐらいの若者でした。町なかで会ったら戦うなんて考えられない人たち でしたが、彼らはウクライナを攻撃していた。やり返すしかないという思いでした。

大けがで入院したユカリチュクさん
(写真提供:ユカリチュクさん)

兵士になってから半年ほどがたったとき、ユカリチュクさんは戦闘中に爆発で左足に大けがをしました。この大けがで1か月以上の入院を余儀なくされ、結局、除隊することになりました。

小沢さんとの“約束”

軍事侵攻後、ウクライナでは成人男性の出国が制限されていますが、大けがを負ったユカリチュクさんは母国を離れることになり、それを知った小沢さんが日本への避難を促しました。

2019年ウクライナでの空手大会(写真提供:禅道会)

そもそも2人が親交を深めたのは、4年前にウクライナで開かれた空手大会がきっかけでした。小沢さんにとってユカリチュクさんとの大切な思い出です。

大会中に行っていたセミナーが終わったあと、夕食のときにイゴールとウォッカを飲んでいました。武道哲学の話をたどたどしい通訳を介して話しながら、何かのたびに乾杯してウォッカを飲む。ほぼ毎日でした。

小沢さんとユカリチュクさんのSNSのやり取り

絆を深めた2人は、軍事侵攻が始まったあともSNSで連絡を取り続けていました。その時交わしたやり取りにもウォッカが出てきたといいます。

小沢さん

この戦争に勝ってまた先生とおいしいウォッカを飲みたいと思います」というメッセ ージがきたんです。自分の国がなくなるかどうかという岐路に立ち、何が出来るのかと考えたときに、戦うしか選択肢がなかったのかと思うと切ない気持ちになりました。

ユカリチュクさんの高森町への避難後、再会を果たした2人は小沢さんの道場で久しぶりに稽古に臨みました。小沢さんの指導にも力が入っていました。

小沢さん

彼は最前線で戦っていたので、亡くなってしまうのではと心配していました。また一緒に稽古ができてよかったです。

ユカリチュクさん

しばらく稽古をしていなかったので、以前ほどは体が動きませんが、小沢先生の指導は参考になりました。また空手の大会に出たいです。

もう一度“ウォッカ”を

ユカリチュクさんの避難後、高森町では町民など50人あまりが集まって歓迎会が開かれました。

その会の終盤、待ちわびていたウォッカをようやく2人で飲むことができました。

ユカリチュクさん

先生と私の友情に乾杯して酒を飲むことができ、とても嬉しかったです。

小沢さん

無事にウォッカを一緒に飲むことがかなって、ほっとしてます。ただ、イゴールを見ていると4年前とは少し様子が違い、心に傷があると感じます。戦闘経験による傷だと思いますが、それを癒やしてあげたい。

ロシアによる軍事侵攻は、およそ1年3か月がたった今も続き、ウクライナでは市民の生活が脅かされています。
今の自分に何かできることはないか。ユカリチュクさんは、戦闘を体験した自分だからこそ伝えられることがあると考えていて、避難先の日本ではメディアからの取材や機会を見つけて発信していくことにしています。

戦闘が行われている国では、それは当たり前で現実に起きていることですが、離れた国では関心が高くありません。私が避難先の日本でウクライナの現状を伝えていくことで日本の人たちに知ってもらいたいと思っています。

【取材後記】

軍事侵攻の直後から小沢さんとウクライナで戦うユカリチュクさんを取材してきた私には、2人が再会を果たしたときの安心した顔、そして「また先生とおいしいウォッカを飲みたい」という約束がかなえられたときの表情がとても印象に残っています。一方で、ユカリチュクさんの口から語られる戦場の惨状は生々しく、時折、その言葉の裏に戦場で受けた心の傷を感じました。今、ユカリチュクさんには母国で自分と同じように戦闘でけがをした兵士がリハビリできる施設を作るという目標があります。ユカリチュクさんの活動と小沢さんとの関わりを今後も取材してお伝えしていきます。

  • 篠田祐樹

    長野放送局記者

    篠田祐樹

    2020年入局。初任地が長野局。警察・司法担当を経て現在は飯田支局。

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