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妊娠6か月 優先駐車場に止めたら“私はつえでたたかれた”

  • 2023年03月20日

妊娠6か月。安定期に入ったものの、つわりは重くなる一方でした。
「買い物袋を抱えながら、長い距離を歩くのはつらいかな」
あの日、スーパーの出入り口に近い、優先駐車場に車を止めました。ただ、それだけだったのに…。

その場所を必要とする人がほかにもいることはわかっています。だけど、私にとっても必要な場所だったんです。

優先ではだめですか?

まだ厳しい暑さが続いていた去年8月のことです。

長野県に住む30代の母親は、3歳と1歳の娘たちの子育てに追われていました。

お腹には新しい命が宿っていました。

1歳の娘と

あの日は夕飯の買い出しのため、1人でスーパーマーケットへ車で向かいました。

妊娠6か月。安定期には入ったものの、つわりに悩まされていました。

母親

「当時はつわりによる吐き気がひどく、定期的に病院に通って点滴を受けていました。医師からは入院を勧められたこともありましたが、子育てもあったので…」

重たい買い物袋を持って長い距離を歩くことには不安があったため、スーパーの出入り口近くにあった優先駐車場に車を止めました。

運転席から降りるとすぐに、誰かが近づいてくる気配がしました。

振り返ると、つえをついた高齢の男性が立っていました。

その表情から、何か不満を感じていることがすぐにわかりました。

 

どこか具合でも悪いのか

妊娠中なんです

ここは健康な人が駐車するところじゃない

妊婦も利用できると思って

妊娠している証拠や本人確認できる証明書を見せなさい

実際に示したマタニティマーク

お腹はまだそれほど大きくなっていないから、うそをついていると思われてしまったのかもしれない。母親はマタニティマークを見せたり、説明を繰り返したりして、何とか理解してもらおうとしました。

それでも、男性はいっこうに納得する気配はありませんでした。

そして。

母親にとって思いも寄らないことが起きました。

 

「足も悪くないのに、妊婦が優先駐車場を使うな」

男性はそう言って、手にしていたつえで母親の足元を何度もたたいたのです。

あわてて店内に駆け込み、助けを求めました。幸いけがには至らず、警察に被害届は出しませんでしたが、それでもあのときのことを思い出し、恐怖がよみがえることがあるといいます。

母親

「本当に怖かったです。『もし小さな子どもを連れていたら』『またあんなことがあったら』と思うと、もう1人では買い物に行けず、主人に同行してもらうことが多くなりました」

スーパーの担当者に取材すると「この状況を見た」と証言してくれました。最後は店側が妊婦も優先駐車場を使えることを男性に説明し、収まったということです。

注意されるケース 各地で

妊娠中の優先駐車場の利用については、SNSにも投稿が相次いでいます。

SNSより
「マタニティマークをつけて優先駐車場を利用したら、お年寄りから『ここは子連れ優先のところではない』と怒られた」

SNSより
「スーパーの優先駐車場に止めたら、警備員からここはダメだと言われた。妊娠後期で1人で買い出しに行くのもツライのに…」

JAF=日本自動車連盟が去年1月から2月にかけて、優先駐車場(思いやり駐車場※後述)について行ったアンケート調査でも、妊婦を含めた多くの利用者が注意を受けている実態が明らかになりました。

妊婦や高齢者、障害のある人や車いす利用者など、優先駐車場の利用対象者1690人に聞いたところ、▽「利用対象者と気づかれず注意を受けた」が13%(221人)、▽「利用対象者と気づいた上で注意を受けた」が3%(64人)でした。

一方、このアンケートでは優先駐車場を使える対象者ではない1万人余りにも、利用ルールについて知っているか尋ねました。その結果、「よく知っている」と答えた人は28%にとどまりました。

 

Q 優先駐車場(思いやり駐車場)の利用ルールについて知っていますか
(回答数 1万383人)
▽よく知っている  28%(2861人)
▽聞いたことがある 23%(2350人)
▽見たことがある  30%(3164人)
▽よくわからない  19%(2008人)

街でドライバーにも尋ねたところ、ルールを知らないという声が多く聞かれました。

60代男性
「優先駐車場は車いすの人だけが利用できるという認識でした。妊婦も利用できるなどの詳しい制度はよく知りません」

30代女性
「私も妊娠していたときに何度か優先駐車場は使ったことがありますが、ネットでトラブルになったという投稿を見ますし、ほとんどの人はルールを知らないのではないかと思います。もっとわかりやすく説明してほしいです」

優先駐車場 利用ルールは

では優先駐車場は誰が止めてよく、誰が止めてはいけないのか。明確な基準やルールはあるのか。

駐車場制度を所管する国土交通省によりますと、優先駐車場には大きく分けて2種類あります。

 

1,車いすマークの駐車場
主な対象者 車いす利用者
障害のある人 妊婦 けが人 高齢者の利用も想定
バリアフリー法に基づき、一定規模以上の施設に設置義務づけ

2,妊婦や高齢者などが描かれた駐車場(※思いやり駐車場)
主な対象者 妊婦 高齢者 けが人など配慮が必要な人
都道府県や施設ごとにマークが異なる

国土交通省によりますと、いずれの優先駐車場も車いす利用者など障害のある人をはじめ、けが人、妊婦や高齢者など配慮が必要な人は原則、利用できるということです。つまり、つえでたたかれた母親も利用が認められているのです。

ただ法律上は対象者の明確な基準はなく、最終的には設置する施設が、地域の実情や利用状況に応じて対象者を判断することになるということです。

適切な利用へ 対策は

優先駐車場を適切に利用してもらうためには、どうすればいいのか。

全国41の府県では、妊婦や高齢者などに優先駐車場の利用証を発行して車に掲示してもらう「パーキング・パーミット制度」という取り組みを進めています。

⻑野県では平成28年に導入され、母子手帳や障害者手帳を交付する際などに制度を紹介しています。ただ、制度を知らない人が多いのが実情です。

長野県地域福祉課手塚靖彦課長
「制度については多くの相談も寄せられていて、周知や普及をもっと図る必要があると思っています。必要であればチラシなどを作成し、円滑に利用できるように説明していきたいです」

国土交通省によりますと、パーキング・パーミット制度の利用対象の範囲は、各府県ごとに地域の実情に応じて判断されているということです。全国一律の基準はありません。

このため国土交通省の検討会では、制度などに関する基本的な考え方をまとめたガイドラインを今年度中に策定する方向で議論しています。

検討会の委員長 東洋大学 高橋儀平 名誉教授

東洋大学高橋儀平名誉教授
「全国で異なる利用対象にするのではなくてまずは統一し、そして周知していくことが大事です。全国の都道府県すべてが制度を導入して相互に利用できるようなかたちになることで、理解が深まり適正な利用につながっていくと思います」

母親の思いは

冒頭で紹介した長野県の母親は、去年12月に無事に女の子を出産しました。

トラブルに巻き込まれたときも、母親はパーキング・パーミット制度の利用証を車に掲示していたといいます。制度の周知を進めることで、必要な人が必要なときに利用しやすい環境が整ってほしいと話しています。

母親
「利用したい人が気持ちよく利用できるよう制度が整備されてほしいですし、普段利用していない人にも『こんな人たちが駐車していい』と周知してほしいです。本当に困っている人たちに譲り合える環境が広がってほしいと思います」

取材後記

優先駐車場を使うときは「利用対象者じゃないのに、空いているから止めているんじゃないか」という視線を感じるー

取材した母親が話してくれた言葉が忘れられません。この背景には、「便利だから」「入り口に近いから」という理由で、本来は対象ではない人が止めているケースが後を絶たないことがあるからだと思います。実際に全国の障害者団体には、車を止めることができなかったという車いす利用者などからの困惑の声が多く寄せられています。

優先駐車場は妊婦だけでなく、車いす利用者や足の不自由なお年寄りなど、さまざまな人たちが必要としています。駐車スペースに限りがあるなかで、必要とする人たちが気持ちよく利用できる社会にするためにはどうすればいいのか。ルールを統一して制度の周知を進めると同時に、私たちひとりひとりが譲り合いの気持ちを持って、適正な利用を広げていくことの重要性を改めて強く感じました。

  • 長山尚史

    長野放送局記者

    長山尚史

    鳥取局を経て去年8月から長野局で警察・司法キャップ。取材を通して妊娠中の大変さを学びました。

  • 伊津見総一郎

    首都圏局記者

    伊津見総一郎

    2011年入局。釧路局、長崎局を経て報道局社会部。現在、首都圏局でデジタル発信に力を入れる。

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