ごみ袋になぜ名前?名前がないと回収されない?その理由と背景
- 2022年12月23日

「長野県の一部地域ではごみを捨てる際に袋に名前を書かなければいけません」
NHKに寄せられたこの投稿に驚いた県外出身の私。なぜ長野県では、ごみ袋に名前を書かなければいけない地域があるのでしょうか、背景を探りました。
(篠田祐樹)
東御市のごみステーションで
NHKの情報提供窓口「ニュースポスト」に寄せられた投稿は以下のようなものでした。
県内の一部地域ではごみを捨てる際に袋に名前を書かなければいけません。ごみを誰が出したかわかってしまい、プライバシーの侵害になるのではないでしょうか。
長野県出身ではない私は、地元に住んでいた時も、大学時代を過ごした東京でもごみ袋に名前を求められたことはありませんでした。驚いた私は、ひとまず投稿者に会いにいくことにしました。
投稿を寄せてくれたのは6年前に東京から東御市に移住した27歳の男性。ごみ出しのルールを聞いたときに驚いたといいます。

当時住んでいたアパートの大家さんから説明があって、その際に「ごみ袋に名前を書く欄があるから名前を書いてね」と言われました。「プライバシーは大丈夫かな」と思いました。気にしない人だったらいいですが、なんか嫌だなと思いました。

早速、東御市のごみステーションに行き、実際にごみを出している人に話を聞いてみました。

ずっと名前を書いて出しています

いつもそうしているし、抵抗はないですね

この日、出されていたのは燃やせるごみでした。どの袋にも名前欄が設けられ、しっかりと名前が書かれていました。
ごみ袋に名前が書かれていることについて地区の役員に尋ねました。

ごみステーションは地区で管理しています。名前が書かれていて誰が出したかわかるので、もし変な物が混ざっていたら当番の人からその家に連絡しています。私たちとしてはそうすることが当たり前になっています。
ごみ袋に名前を書く理由
東御市でごみ袋に名前を書くというのは事実でした。
そこで東御市にごみ袋に名前を書いてもらう理由を聞いてみることにしました。

東御市では少なくとも20年以上前から指定のごみ袋に名前を求めています。名前が書かれてあれば、自身のごみに責任を持ってもらうことができます。また、分別で勘違いしたり間違いがあったりした時に誰が出したかわかれば、その人に伝えることができ、やり直してもらうことができます。
一方で、転入者からは「名前を書きたくない」という問い合わせが一定数あるということです。名前を書かないと回収してもらえないのでしょうか。

名前はないが、分別が適切にされているようであれば基本的に回収しています。ただ、ごみ袋に名前があったほうがより適切な処理につなげられると考えているので、義務ではないがお願いしています。
長野ではごみ袋に名前が当然!?
こうした“ごみ袋に名前”は東御市だけのことなのでしょうか。そこで、県内すべての自治体を取材することにしました。

すると、県内77ある自治体のうち、なんと71もの市町村がごみ袋に名前を求めていたのです。
しかも、ごみ袋に名前を求めているとした71のうち、約4割にあたる27の市町村は、「名前が書かれていなければ、分別されていても回収しない」ということでした。

そこで、名前が書かれていなければ回収しないとしている自治体にその理由を聞きにいくことにしました。
そのうちの1つ、塩尻市。担当者はその理由は市の条例にあるとしました。

条例には「指定袋には、搬入者の氏名または搬入者が識別できる表示をすること」と書かれていました。

平成15年に指定袋を導入した塩尻市は、その際に制定した条例に、ごみ袋に名前を書くことを明記し、義務化しているのでした。

記名がない場合は回収しません。袋に注意のシールを貼って「記名をしていただきたい」という形にしています。ごみ出しの責任を持ってもらうことでごみの減量につながっていると思うし、実際のところ塩尻市のごみの量は長野県の市の中で5番目に少なくなっています。
このほか、名前が書かれていなければ回収しないとしている千曲市や飯山市、須坂市は、条例には明記していないが、「ごみステーションの管理をしている地域の自治会の負担を減らすため」と説明しています。
名前を求めないところは?
では県内“少数派”の「名前を求めていない」としている自治体はどうなのでしょうか。
そのうちの1つ県都・長野市に事情を聞いてみました。

長野市では平成20年に市内の3000人余りを対象に「ごみ袋に名前を求めるか」とアンケート調査を行いました。
その結果、「記名したほうが良い」と答えたのは14.2%だった一方で、「記名しない方が良い」と回答したのが47.6%でした。
これをふまえて長野市はごみ袋に記名することを見送り、現在も名前を求めていません。
また、同じく名前を求めていない飯田市は「プライバシーに配慮するため、ごみ袋に名前を求める方が問題があると考えている」としています。
プライバシーは?
長野市のように市民の意見などを踏まえて導入を見送った一方、県内の大多数の自治体がごみ袋に名前を書くことを制度化していることがわかりました。
この長野県のごみ袋事情は全国的に見てどうなのでしょうか、専門家に聞きました。

全国でも家庭ごみを有料化している自治体の指定袋は記名欄があるケースがあります。しかし、長野県ほど「記名制度」をきちんと運用している県はないのではないでしょうか。真面目な県民性、自治会組織がしっかりしていること、人口規模も小さくて顔の見える範囲での集落形成、住民の定着率が高い。そういう自治体では「記名制度」は導入しやすいです。
一方で、性別が知られたくない人やプライバシーが心配だという人もいると思います。
山谷名誉教授は名前を書かない別の方法もあるといいます。
▼区域の中で番号を登録して、その登録番号をごみ袋に書いて出す。
▼フルネームではなく名字だけを書く。
また、何も書かずに出す方法もあるといいます。

▼各家が自分の家の前の道路脇にごみを出して回収してもらう「戸別収集方式」。

▼アパートなど集合住宅のごみ出し場所にプレートを用意し、部屋番号の書かれたフックにごみ袋を引っかけて出す「フック方式」。
フック方式は東京の一部でも導入されていて、山谷名誉教授はこの2つは名前を書く必要はないものの誰が出したかわかるため、責任を持ってごみを出すことにつながるといいます。
行政が責任を持って
環境省の調査で、長野県は1人が1日あたりに出すごみの量が全国で2番目に少なかったということです(令和2年度)。
山谷名誉教授は、「ごみ袋に名前を書くことがそうした結果につながっていると考えられる」と話します。ただ、中にはプライバシーを懸念する人もいるので、そうした人たちに対してきちんと説明するなど行政が責任をもって「記名制度」を運用していくべきだと指摘していました。
【取材後記】
これまで住んできた土地でごみ袋に名前を求められることがなかった私は驚き、取材を始めました。取材の結果、名前を書く、書かないの是非ではなく、住民がごみに責任を持ちつつも安心してごみ出しができる環境とはどういうものか。このことを強く意識するようになりました。