【2017年5月1日(月)放送 ゆる〜り信州 「防災の話」より】


白馬村神城堀之内地区の取り組み 


白馬村神城の堀之内地区の動きをご紹介します。
2014年11月22日、長野県北部で震度6弱を観測した地震がありました。白馬村や小谷村などで住宅253棟が全半壊しました。私自身も、この夜、車で白馬村を目指し、翌日までテレビやラジオの中継対応にあたりました。道路に多くの亀裂が入っていたほか、複数の建物が倒壊、農地にも大きな被害が出たことをリポートしました。ご紹介する白馬村神城の堀之内地区は、当時、80世帯220人が暮らしていました。この地区の被害は甚大で、白馬村役場によりますと、全壊が33棟、半壊が15棟、一部損壊が32棟。6世帯の11人が倒壊した住宅の下敷きになりました。消防や警察が現場に到着する前に、住民たちの手によって救出されました。重傷者、軽傷者は出ましたが、死者は出ませんでした。これだけの大地震にも関わらず犠牲者が出なかったことから、防災関係者の間では、「白馬の奇跡」と呼ばれることもあります。
当時、堀之内地区の区長を務めていた、鎌倉宏(かまくら・ひろし)さん(64歳)です。
あの地震から2年5ヶ月ほどが経ちました。堀之内地区は、今、どういった状況でしょうか。


鎌倉さん:白馬村を応援して下さった全国の皆さんの支援もあり、今では、90%まで復興したと考えています。白馬村では、17世帯36人が仮設住宅などで避難生活を続けていましたが、平成28年11月、村内の4カ所に村営住宅が完成し、14人が入居しました。一方で、自立再建できる人は、村内に新しく家を建てました。また、うれしいことに、平成29年4月には、倒壊していた城嶺神社の再建にむけた地鎮祭が開かれました。このことも、 地元住民にとって大きな励みになっています。一方で、地震の前に堀之内地区に住んでいた人で、これから家を建て直すという人たちもいます。完全に震災が「終わった」とは言えない状況です。


Q:鎌倉さんは、この2年余りで50回以上の講演を重ね、当時の状況を県内外の人々に、伝えています。 改めて、あの地震があった夜、当時区長だった鎌倉さんがとられた行動を教えて下さい。


鎌倉さん:あの夜、私は、2階の部屋で仕事をしていました。突然、突き上げるような揺れに襲われました。身動きがとれない状態になりました。揺れが収まってから、1階へ降り、家族の無事を確認しました。自宅を長男に任せて、私は車で地区の見回りに出ました。堀之内地区には、8つの組がありますので、8人の組長と携帯電話 で連絡を取りながら安否確認を続けました。消防や警察の到着の前に、倒壊した住宅に閉じ込められた人を、住民たちが協力して救出する姿がありました。住民たちは、工務店から持ってきた機械を使って救出したり、ジャッキで柱を持ち上げて引きずり出したり、必死に救助活動を行いました。夜11時過ぎに、救出活動・安否確認が終わりました。私は、二次災害の恐れがあるため、二次避難場所の広場に、住民を集めました。役場に連絡をして、暖と仮眠のできる場所の用意を頼みました。その後、車の使えない人もいたため、役場にマイクロバスを出してもらい、白馬村役場へ避難しました。


Q:「白馬の奇跡」とも呼ばれましたが、堀之内地区の皆さんはどんな備えをしていたんでしょうか?


鎌倉さん:日頃の備えとして「支え合いマップ」というものを作成していたことが大きかったと考えています。 これは、地区の住宅地図に、様々なマークをつけたもので、住民から了承を得た上で、様々な情報を載せています。たとえば、お年寄りや身体が不自由な人が住む家には赤のシール。そういった人々を支え、助ける人が住む家には黄色のシールを貼りました。更に、もしものときに、誰が誰を助けるのかを明確にするために、家と家の組み合わせを青い矢印で示し、一目で分かるようにしました。


Q:「支え合いマップ」を作成する上での注意点などはありますか?


鎌倉さん:地区の実態にあわせて、“更新”していくことが大切だと思います。やはり、亡くなったり、家族の一 員が引っ越したりすることもあります。その都度、更新して、誰が誰を助けるのか、決めておくことが大事だと思います。堀之内地区では、実は、あの地震が起きるちょうど1ヶ月前に、マップを更新したばかりでした。


Q: 地区の実態に合わせて、万が一の想定をしていくこと、それを更新していくことが大事なわけですね。 鎌倉さんは、「支え合いマップ」とともに、日頃の隣近所とのコミュニケーションが大切だと訴えていらっしゃいますね。


鎌倉さん: 堀之内地区に昔から住んでいる人はもともと仲がいいんですが、地域の人々との交流の機会を多く作っています。たとえば、6月にはスポーツ祭・8月には夏祭り・9月にはお宮の秋祭り。その都度、慰労会を開き、皆で一杯飲み、懇親を深めています。普段から、顔を合わせていることが、あの地震の時に大きかったと思いま す。助け合いの精神、絆は、そんなに簡単にできるものではありません。日頃からのつきあいの積み重ねで生まれると思います。


Q: 最後に、これからの防災・減災を考える上で、鎌倉さんはどんなことが重要だとお考えですか?


鎌倉さん: まず、「自分の住んでいる所は大丈夫」ということは、ない、ということです。100年に一度の災害が今日起きるかもしれない、ということ。こういった認識を持った上で、行政とのつながりも大事にしながら、災害に強い地域作りが必要になると思います。隣近所と話し合ったり、行事を開いたりしながら、お互いが“絆”を作ることが大事だと思います。防災において、自分で自分を助ける「自助」、共に助けあう「共助」、行政が助ける「公助」という言葉があります。私は、それに加えて、近所が助け合うという意味で「近助」が大事だと思っています。行政の助け・「公助」が現場に来る前に、自分たちでやれることがあるはずです。近所で力を合わせることによって、助かる命があります。今後も、こういったことを訴えていきたいと思っています。



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