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放送博物館 所蔵資料

放送博物館に展示されている所蔵品には 展示中 と表示しています。

マイクロフォン

ウエスタン 373型 ダブルボタンマイクロフォン(1925)

1925(大正14)年、東京・大阪放送局の開局当時、初めて使用した双方向性のカーボンマイクロフォン。アメリカ・ウエスタン社製ラジオ1KW放送機に付属していた。

当時は、マイクロフォンの種類が少なく、ニュース・対談・芸能などあらゆる番組に使われた。

サイズ
20×16.5×7cm
展示中

マルコーニ ライツ型 マイクロフォン(1927)

1924(大正13)年ドイツのオルゲン・ライツ博士によって考案された炭素マイクロフォン。大理石の窪みにカーボン粒を充たし、振動板には薄いマイカ(雲母)などが用いられている。

これは1927(昭和2)年、東京放送局と大阪放送局が購入したマルコーニの10KWラジオ放送機に付属してきたマイクロフォンである。
ライツ型マイクロフォンはその後、国産化が可能になり、全国の放送局で幅広く使用された。

サイズ
10.5×13.5×9.5cm

ユニバーサル カーボンマイクロフォン(1932)

マイクロフォンの姿が美しいことから、大阪と神戸のメーカーが、このデザインを参考にそっくり同じマイクロフォンを製作し、昭和8年には早くも売り出している。宣伝文句に「もはや輸入品使用の必要なし」とあり、商魂たくましいところを見せている。

サイズ
22×13×9cm
展示中

パラボラ型集音器(1933)

この集音器は1935(昭和10)年6月8〜9日、愛知県鳳来寺山からの「仏法僧の鳴き声」の生中継に威力を発揮した。

この成功に刺激され、東京・大阪でも集音器を製作し、屋外の中継に盛んに使うようになった。

サイズ
186×100×30cm

皇室用 MHマイクロフォン(1935)

マルコーニ型ライツマイクロフォンを参考に、仙台中央放送局の丸毛登と星佶兵衛が苦心してライツ型マイクロフォンの開発に成功し、その頭文字をとってMHマイクと呼んだ。

製品番号200号のこのマイクロフォンは、皇室関係の放送用として金で装飾されているが、実際に使用されるには至らなかった。

サイズ
10×10×6cm

マツダ A型 ベロシティーマイクロフォン(1937)

1937(昭和12)年、アメリカ・RCA社のリボンマイク特許を使用し、NHK技術研究所と東京芝浦電気は共同でリボンマイクの国産化に成功した。翌年には各放送局に配備し、カーボンマイクからベロシティの時代に入った。その最初のタイプである。

A型ベロシティマイクは、終戦後、天皇による玉音放送の収音にも使われたことでも知られる。

サイズ
48×8×7cm
展示中

国産の量産型ライツマイクロフォン(1938)

1928(昭和3)年当時、ライツマイクの購入価格は700円という大変高価なものであった。また、故障して修理に出すには数ヶ月の日時と、150円の費用を要した。このため、ライツ型マイクの国産化が迫られていた。

丸毛と星は、さまざまなカーボン粒子を使い、実験を重ねたが、たまたま坩堝(ルツボ)の中に入れ焼いてみると、雑音のない良質のカーボン粒が得られた。この方法で、輸入価格の十分の一程度の価格で製作することができ、国産ライツマイクは全国の放送局に配備され活躍した。

サイズ
15×20×10cm

マツダ VT-340A型 単一指向性マイクロフォン(1939)

1939(昭和14)年、単一指向性を持つマイクロフォンとして初めて登場したもので、リボンの背後に音響管を配置して圧力動作と速度動作を組み合わせている。構造が大型で目方が重く(6.2Kg)、取り扱いが不便であまり使われなかった。

サイズ
31×10×10cm

ウェスタン・エレクトリック RA-1142型 マイクロフォン(1949)

サイズが大きく、形状や色があまり好ましくないため、放送スタジオ、特に、公開の収録には歓迎されなった。

ウエスタン系の映画録音では、マイクの耐震構造がよく、音質の点でも好まれたため、大きな役割を果たした。

サイズ
12×12×16cm

アルテック 639B型 マイクロフォン(1949)

リボンとムービングコイルの複合型マイクロフォン。この二つのマイクエレメントを一つの容器に収め、その出力を切り替えることで、指向性を6段階に変化させることができた。

主な用途は、音楽番組の楽器ソロパートや歌、邦楽、スピーチ、映画の録音などで、RCA 77DXと並んでよく使用された。

サイズ
14×9×11cm

RCA 77DX型 マイクロフォン(1949)

1949(昭和24)年アメリカから輸入されたリボン型可変指向性マイクロフォン。その音質の良さにNHKの現場技術者は思わず驚きの声を上げたという。

音楽番組の楽器ソロ・各楽器パート収音用、洋楽の歌・合唱用、公開番組のセリフ用、テレビ番組のブームマイク、局外録音マイクなど幅広く使われた。

このマイクの登場で、A型ベロシティ万能時代が終わりを告げ、その後の国産リボンマイクの開発のモデルとなった。

サイズ
21×7×7cm
展示中

東芝 G型 ベロシティマイクロフォン(1952)

1952(昭和27)年、リボンタイプの小型単一指向性マイクロフォンとして初めて国産されたもので、従来のA型やE型などより感度がよく、主として中継、局外録音などに用いられた。

G型マイクの主な用途は、公開番組やテレビ番組のスピーチ用で、重量は0.96kgと軽く、使いやすいマイクだった。

サイズ
15×5×5cm
展示中

ノイマン M-49型 コンデンサー マイクロフォン(1954)

ドイツ・ノイマン社製の可変指向性コンデンサーマイクロフォンで、非常に安定した動作と、つやのある豊かな音色を特色とする。オーケストラのワンポイントピックアップ用や各種音楽の収音用の主マイクに使われた。大型のマイクにしては、音楽番組のあらゆる面に使用された優秀なマイクである。

サイズ
15×9×9cm
展示中

東芝 B型 ベロシティマイクロフォン(1957)

A型ベロシティマイクロフォンを母体に1957(昭和32)年に完成した、双指向性の小型軽量ベロシティマイクロフォンである。

主な用途は、アナウンス一般、ストレート・トーク、対談、ドラマのセリフ、語り、邦楽の歌と楽器など、放送番組に幅広く使用された。

サイズ
16×8×4cm
展示中

アイワ VM-17型 リボンマイクロフォン (1959)

NHK技術研究所の設計による、リボン型可変指向性のマイク。周波数特性が低音域から高音域にわたって平坦、音質は素直で柔らかい。

音楽番組のソロ用、各パート用、洋楽の歌や合唱用、ドラマ音楽の収音用、局外中継における屋外録音などに幅広く使用された。

サイズ
20×6×6cm

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