たのはた推し
2021/12/15

田野畑村
フランス料理シェフの信念

そのレストランは、かなり独特な場所に立っている。
岩手県田野畑村。三陸海岸沿いの“断崖絶壁”。
この場所で、料理に信念を込める、ひとりのシェフに出会った。

“断崖絶壁”のフランス料理店

私が地図でこのレストランを見つけたときは、正直なところ、何かの間違いじゃないかと思った。
田野畑村という小さな村の海沿い、しかも集落からは少し離れた場所。
フランス料理店なんてあるのだろうか?
海の家とかではないのだろうか···と思っていた(失礼)

実際に行ってみた。

結論から言うと全然違った。

私も岩手に赴任してまもなく3年、美味しい海の幸・山の幸をたくさん頂いてきたがここはまったく違う。
さわらのジューシーな味わい。真鯛のプリッと感。野菜の存在感。見たこともないアレンジ。
何度も目にしたことのある三陸の食材が、新たな形で生まれ変わっていた。

思わず、プライベートで妻を連れて行った。
この店を目当てに、県内各地からはもちろん、首都圏、さらにアジア圏を中心に海外からも多くの客が訪れているという。

フランス料理は “都会”だけのものじゃない

オーナーシェフの伊藤勝康さん(58)。
岩手でフランス料理を作り続けて26年。大手航空会社でファーストクラスの機内食を監修するなど、その手腕は国内外から高く評価されている。

伊藤さんのお店が高い評価を受けるのはなぜなのか。
お話を伺っていくと、フランス料理に対する、私の「先入観」に気づかされた。

伊藤さん 「フランス料理って、地方の料理が集まってきてるわけですよ。よく年配のおばちゃんとかにも言うんだけど、『フランス料理もばあちゃんたちの料理も同じだよ』って。いわゆる地方の料理がベースになってるわけだから。やっぱり地方の田舎の料理って大事だと思う」

確かに、フランス料理というと、都会的で華やかなもの、高価で敷居が高いものというイメージを持っていた。必ずしもそうではないのだろうか?

その土地にあるもので作る

もともと、千葉県の農家で生まれ育った伊藤さん。
野菜に日頃から触れていた伊藤さんは、「地産地消」「SDGs」という言葉が生まれる前から、地元の食材を使い、新しい味を生み出すことをなりわいとしてきた。

32歳のとき、結婚を機に妻の実家がある岩手に移住してからも、その考えは変わらなかった。
お客さんが少なくなる冬場には、南部鉄器を担いで県内あちこちに出張。町内会のイベントや、家庭の事情で外食が難しい人の家に出向き、料理を振る舞った。

そうしたとき、伊藤さんがフランス料理について伝えるのと同じようにして、お客さんたちから、岩手の豊かな食文化や地元食材について教わったという。生産者の知り合いも、少しずつ増えていった。

伊藤さん 「山手のほうの人たちの冬場の料理とか。おせち料理ではないんだけど、お正月に食べる料理を聞くとすごいですよ。フランス料理より手が込んでる」
「周りの人に助けてもらって、だいぶあちこち知り合いが多くなったって感じですかね」

岩手に移住してから20年あまり。
店を開くことを決めたのが、田野畑村だった。

伊藤さん 「田野畑って、海岸線はご覧の通りみんな坂で、一気に200mくらい駆け上がるじゃないですか。だからちっちゃい村の中に、海の生活と山の暮らしがふたつ入ってるんですよね。なかなかこういうところってないと思うんですよね」
「すごく不便な、便のよくないところって岩手県の中でも言われてきて、だからこそ残ってるものってあるんですよね」

だから、伊藤さんが使う食材は、調味料も含めて、ほとんどが岩手県産なのだ。

手間をかけて締められた普代村のヒラメ。親子で育てた田野畑村の大根。北上山地で育った大槌町の鹿肉。素材の味と香りを引き立たせるため、20種類以上の南部鉄器を使い分けて焼き上げる。ソースの味付けはシンプルに。余分な調味料は入れず、素材の組み合わせやアレンジに工夫を凝らす。岩手に、田野畑村にいるからこそ、出せる味だった。

伊藤さん 「特徴のある野菜とか魚もそうだけど そういうのはそこで育つからいいものができるんだよね。全然違うところで育てば、違うものになっちゃう。だから、そこでやるからこそ意味がある」
「おいしいものを作ってる生産者が周りにいるっていうのは、自分の料理の腕以上に大事なことだよね」

生産者の思いを料理に込める

伊藤さんが田野畑村に来てから、使い続けている食材があるという。
仕入れにご一緒させていただいた。

山で牛を放牧して天然の草で育てる、「山地酪農」という手法で生産された牛乳。
自然に近い環境で育てることで、牛のストレスが少なくなる。
草を牛が食べることによって、山地の荒廃を防ぐこともできる。

天然の草で育てるため、味は季節によって変わる。
まさに田野畑の“山地の味”だ。

伊藤さんは山地酪農の考え方に共感。
料理を通してその思いを伝えたいという。

伊藤さん 「山地酪農の人たちのことを伝えたくてやってるから、ストレートに牛乳の味がわかるようなものがいいなと思った。それがお客さんにある程度伝わるまでは絶対デザートはこれだけしか出さないって決めた」

それが、山地酪農牛乳のシャーベット。
普通のバニラアイスのように卵を入れるのではなく、本当にシンプルに、牛乳のおいしさを味わってもらいたい、という思いを込めた。

客との会話の中でも、どこで採られた食材なのか、生産者はどんな人なのかを語る。
料理と会話を通して、その土地の風土と、生産者の思いが、客に伝わっていく。

伊藤さん 「ちっちゃい村とかでも、あまり知られてなくても、すごいなっていうところがある。世界中そうかもしれない。でも日本の中にもたくさんそういうところがあるんだなということに気がついてほしい。もちろん、岩手の中にもね」
「最終的には、自分は千葉県から出てきちゃってるけど、自分のふるさとを思って そこでお店をやりたいっていう料理人さんがたくさん出てくれるとすごく嬉しいなと思いますけどね」
取材後記 フランス料理の店を岩手でやるとは、どういうことなのだろう。
客としては、海外の知らなかった料理を食べさせて頂く、という楽しみもあるだろう。
旅行気分を味わいたいときもあるかもしれない。
でも実はその中に、自分がよく知っているはずの、地元の食材が入っていたと知ったら。
それは、知らなかった地元の魅力を、感覚から再発見するような出来事かもしれない。
東京のまね事ではない、岩手でしか味わえない世界が、田野畑村にはあった。

2021年12月10日『おばんですいわて』で放送

河村ディレクター

盛岡放送局 ディレクター

河村 直宏

2017年入局

この夏、庭でバジルを育てることにハマった。

なかなかうまくいかない。生産者の皆さんに感謝です。