そのレストランは、かなり独特な場所に立っている。
岩手県田野畑村。三陸海岸沿いの“断崖絶壁”。
この場所で、料理に信念を込める、ひとりのシェフに出会った。
私が地図でこのレストランを見つけたときは、正直なところ、何かの間違いじゃないかと思った。
田野畑村という小さな村の海沿い、しかも集落からは少し離れた場所。
フランス料理店なんてあるのだろうか?
海の家とかではないのだろうか···と思っていた(失礼)
実際に行ってみた。
結論から言うと全然違った。
私も岩手に赴任してまもなく3年、美味しい海の幸・山の幸をたくさん頂いてきたがここはまったく違う。
さわらのジューシーな味わい。真鯛のプリッと感。野菜の存在感。見たこともないアレンジ。
何度も目にしたことのある三陸の食材が、新たな形で生まれ変わっていた。
思わず、プライベートで妻を連れて行った。
この店を目当てに、県内各地からはもちろん、首都圏、さらにアジア圏を中心に海外からも多くの客が訪れているという。
オーナーシェフの伊藤勝康さん(58)。
岩手でフランス料理を作り続けて26年。大手航空会社でファーストクラスの機内食を監修するなど、その手腕は国内外から高く評価されている。
伊藤さんのお店が高い評価を受けるのはなぜなのか。
お話を伺っていくと、フランス料理に対する、私の「先入観」に気づかされた。
確かに、フランス料理というと、都会的で華やかなもの、高価で敷居が高いものというイメージを持っていた。必ずしもそうではないのだろうか?
もともと、千葉県の農家で生まれ育った伊藤さん。
野菜に日頃から触れていた伊藤さんは、「地産地消」「SDGs」という言葉が生まれる前から、地元の食材を使い、新しい味を生み出すことをなりわいとしてきた。
32歳のとき、結婚を機に妻の実家がある岩手に移住してからも、その考えは変わらなかった。
お客さんが少なくなる冬場には、南部鉄器を担いで県内あちこちに出張。町内会のイベントや、家庭の事情で外食が難しい人の家に出向き、料理を振る舞った。
そうしたとき、伊藤さんがフランス料理について伝えるのと同じようにして、お客さんたちから、岩手の豊かな食文化や地元食材について教わったという。生産者の知り合いも、少しずつ増えていった。
岩手に移住してから20年あまり。
店を開くことを決めたのが、田野畑村だった。
だから、伊藤さんが使う食材は、調味料も含めて、ほとんどが岩手県産なのだ。
手間をかけて締められた普代村のヒラメ。親子で育てた田野畑村の大根。北上山地で育った大槌町の鹿肉。素材の味と香りを引き立たせるため、20種類以上の南部鉄器を使い分けて焼き上げる。ソースの味付けはシンプルに。余分な調味料は入れず、素材の組み合わせやアレンジに工夫を凝らす。岩手に、田野畑村にいるからこそ、出せる味だった。
伊藤さんが田野畑村に来てから、使い続けている食材があるという。
仕入れにご一緒させていただいた。
山で牛を放牧して天然の草で育てる、「山地酪農」という手法で生産された牛乳。
自然に近い環境で育てることで、牛のストレスが少なくなる。
草を牛が食べることによって、山地の荒廃を防ぐこともできる。
天然の草で育てるため、味は季節によって変わる。
まさに田野畑の“山地の味”だ。
伊藤さんは山地酪農の考え方に共感。
料理を通してその思いを伝えたいという。
それが、山地酪農牛乳のシャーベット。
普通のバニラアイスのように卵を入れるのではなく、本当にシンプルに、牛乳のおいしさを味わってもらいたい、という思いを込めた。
客との会話の中でも、どこで採られた食材なのか、生産者はどんな人なのかを語る。
料理と会話を通して、その土地の風土と、生産者の思いが、客に伝わっていく。
2021年12月10日『おばんですいわて』で放送
盛岡放送局 ディレクター
河村 直宏
2017年入局
この夏、庭でバジルを育てることにハマった。
なかなかうまくいかない。生産者の皆さんに感謝です。