いわてびと
2021/11/24

ピンクのどぶろく?
63歳からの挑戦

 突然、母親に「私きょうから、どぶろくをつくることにした」と言われたら、みなさんどうしますか。しかも何百万も使って。私だったら絶対に止めると思います。
 こんな無謀とも言える挑戦をして、見事「ピンク色のどぶろく」をつくったのが、岩手県平泉町の千葉志津子さん(69)です。63歳まで酒造りに縁もゆかりもなかったというのに、なぜ開発に至ったのか。志あふれる青年のような千葉さんの第2の人生を追いました。

桜色のどぶろく

春を感じさせるピンク色の飲み物。

おととし、平泉町で生まれたどぶろくです。
アルコール度数は8度から9度。飲みやすくさっぱりした味わいが特徴です。

開発したのは千葉志津子さん。工房にお邪魔すると‥‥。

笑いが絶えない和やかな雰囲気に包まれていました。
その千葉さんのもう1つの顔がこちら。

平泉町で30年以上、小さなレンタカー会社を経営していて、もともと酒造りには無縁だったというのです。

「道の駅」に看板となる土産物がない!?

転機は6年前でした。

町が「道の駅」を新たに整備することになり、長年商売をしてきた地域に恩返しができればと運営会社の一員に加わることにしました。そのとき、あることに気がつきました。

特産の米でできたどぶろくなら、看板の土産物になると思った千葉さん。
しかし、このアイデアはいきなり頓挫します。

肝心の製造者がいない緊急事態

かつて町では、農家での「民泊」と「どぶろく」を組み合わせた観光戦略を描き、2010年に「どぶろく特区」の認定を受けていました。

少量であっても、条件を満たせば、酒造りの免許を出すというものです。
しかし、町が開いた研修会に参加する人は何人もいたものの、最終的に新規の設備投資をためらい、製造者は育っていなかったのです。

すべては“むちゃぶり”から始まった

道の駅のオープンは1年後に迫っていました。
すると、思わぬ形で志津子さんにパスが回ってきました。

千葉さん

「町役場で会議をやった時に、誰かどぶろく作る人探してって、町の当時の総務課長に言ったんですよ。そしたら『いないから、志津子さんつくってよ』って言われて、えーって思ったんだけど」。

「何か土産物をつくらないといけないという思いにとらわれていましたね。
町がさんざん呼びかけたけど、製造者はいない。ってことは、たぶん簡単な話ではない。
大変なことを、他の人に押しつける訳にいかないじゃないですか。
じゃあ、自分がやるしかないよなあって思ったのよね」。

千葉さんは「いま考えたら、正気の沙汰じゃないと思う。もともとよく考える人じゃないから、もし立ち止まって考えていたら、たぶん手を出さなかったでしょうね。笑っちゃうわよね」と当時の心境を振り返っていました。

パワフルおばちゃんの七転び八起き

一念発起した千葉さんを、いくつもの壁が待っていました。
特区の要件の1つが「自ら生産した米を使うこと」。

千葉さん自らが一定期間、農作業に従事する「農業者」になる必要があり、田おこしや草刈りをするように。一関市出身で一人娘だという千葉さんは「子どもの頃は大切に育てられたから、あまり実家の農作業を手伝うことはなかったのよ。この年でやるとはね」と笑います。

もう1つの要件は「自前の施設で製造すること」。

老後の資金から数百万円を取り崩し、経営するレンタカー会社の敷地内に小さな工房をつくりました。どぶろくで有名な遠野市の酒蔵で聞いた「私たち、最初は4畳半から始まったんですよ」という話が頭にあったといいます。

衛生面に配慮した最新の機能も取り入れました。
ところが、いざ仕込みをしてみると、狭くて作業はほとんどできませんでした。

遠野で聞いた話は「昔々は、米を冷ます作業を外でやっていたりと、すべての仕込みを屋内でやっていた訳じゃなかった。だから4畳半でもできた。なのに、それを私は真に受けてしまったのよ」ということでした。さらに数百万のお金をかけ、隣に広めの工房を建て直すことに。高過ぎる勉強代でした。

肝心の酒造りでは、各地に視察に出向き、県の専門家から何度もアドバイスをもらいました。

地元の女性ら4人も仲間になり‥‥

決意から1年、道の駅がオープンする直前、商品化に成功します。
しかし、千葉さんは満足できませんでした。

千葉さん

「はたと気がついたら、みんなおじいちゃんなの、お客さんが。発酵食品で、おなかにいいし、お肌にもいいんだから、若い女の子に飲んで欲しかったんですよ。彼氏に買ってもらって、彼女にプレゼントできるどぶろくにしたい。それにはどうするか。ピンク色のどぶろくなんて面白いんじゃないのってメンバーで話をしていたら、山形にあることが分かって‥‥」。

“彼女にプレゼントできる”どぶろくに

すでに山形で製造されていたどぶろくにヒントを得て、若者をターゲットにした商品づくりに取りかかったのです。

カギとなるのが「赤色酵母」
この酵母自体は以前から流通していますが、扱いが難しいことで知られます。

熱に弱く、他の酵母による影響を受けやすいため、これまでつくっていたどぶろくの製造を取りやめ、開発に専念せざるを得ない時期もありました。

千葉さん

「いままでのがつくれないっていうのがわかって、その間、うちは売り上げがゼロになってしまったというのもありました」。

ついに結実 桜咲く

そして構想から1年がかりで、思い描いた色にたどりつき「與楽(よらく)」が誕生します。

およそ1000年前、中尊寺が建立された際に、藤原清衡が残したとされる願文の一節「抜苦與楽普皆平等」(人々の生活の中の苦しみを取り除き、みなに平等に安楽を与えたい)から拝借したそうです。

瓶の形にもこだわりました。

平泉町産のひとめぼれだけを使っていて、桜を思わせる色合いとさっぱりした飲み口で、狙いどおり若者に受け、すぐに完売しました。

“いまが一番楽しい”69歳

かくはん作業、アルコール度数のチェック、瓶詰め、ラベル貼りなどすべてが手作業で、まだ生産体制は十分とは言えませんが、千葉さんは、さらに別の色のどぶろくもつくれないか、考えをめぐらせています。「いまが一番楽しい」「年を取るのは楽しい」と言い切ります。

いっしょに働く仲間たちからは。

いわてびと。もうすぐ70歳になる千葉志津子さんの挑戦が続いています。

千葉さん

「平泉のどぶろくっていうことを、もっといろんな人に知ってもらえるように頑張ります」。

2021年11月25日『おばんですいわて』で放送

放送時の情報を基づいて構成

取材後記

 時にとぼけたり、時に強烈なギャグを飛ばしたりと芸人顔負けの志津子さんですが「彼女のために彼氏に買ってもらえるどぶろくにする」という、極めて具体的なターゲット像をつくっていたり、つまづきそうな時に周囲の人をすぐに巻き込めるのは、一流の経営力だと感じました。
 失礼を承知で申し上げますが、志津子さん、決して資産家という訳ではありません。サラリーマンだった夫はすでに定年退職をしていて、レンタカー会社も、志津子さん1人で切り盛りしている小さな会社です。だからこそ、私はどうしても気になりました。いまでこそ売れ行き好調ですが、志津子さんの突然過ぎる挑戦に、家族は反対しなかったのか。夫の利夫さんは「本人がやりたいんだから、やればいいと思った」とのこと。何百万も損をしたことについては「別に気にしない。本人が楽しんでるんだから、いいんじゃない」と文句を言ったことは1度もないそうです。何かにつけて損得を考えてしまう自分が恥ずかしくなりました。気付けば私も、志津子さんファンの1人です。

高橋記者

盛岡放送局記者

橋 広行

2006年入局 広島局、社会部、成田支局を経て2019年から盛岡局。

休日は7歳と4歳の息子2人と岩手の大自然を満喫しています。

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