いわてびと
2021/05/07

アマチュア相撲世界王者・五十嵐敦さん

さまざまな分野で輝く、岩手ゆかりの人を紹介する「いわてびと」。
今回は、公務員アスリート、五十嵐敦さん(32歳)です。
盛岡市の職員でありながら、おととしアマチュア相撲の世界大会で優勝しました。
震災を経てかつての自分に打ち勝ち、再び世界の頂点を目指そうとする五十嵐さんに話を聞きました。

アマチュア相撲の世界王者・五十嵐敦さん。身長187センチ、体重165キロ。
大相撲でもひけを取らない体格で、強い押しと突きが最大の武器です。

山田町出身の五十嵐さん。父親のすすめで小学2年生のときに相撲を始めました。すぐに頭角をあらわし、大会では入賞を重ねますが、練習は嫌いだったと言います。


(写真右端が幼稚園児のころの五十嵐さん。同級生たちと比べてもひときわ大きい)

五十嵐さん

「小学校5年生・6年生の時は、毎日ほぼほぼ泣いていた記憶ありますね。野外で練習していたんで、台風の時期とか雨が降って使えないとか、そのときは喜んで。『休みだー』っていうので1日の休みがプレゼントもらったかのように、喜んでた記憶がありますね。
それくらい小学校のときの練習は嫌でした」

中学・高校と相撲を続け、大東文化大学にスカウトされます。しかし大学ではいつも気後れしてしまい、周囲の期待とは裏腹に、タイトル獲得はかないませんでした。

五十嵐さん

「(相手を)過大評価しているんで、自分がちっちゃく感じるんですよ。だから相手が大きく見えるんで、どうせ負けるんだろうなみたいな」

大学卒業の直前、大相撲へ挑む気も持てず、進路も決まらない中、山田町に帰省していた五十嵐さんを襲ったのが、東日本大震災でした。

五十嵐さんは、津波が来る直前に高台に避難しましたが、姉、初めて相撲を教えてくれた恩師、同級生の親友が犠牲となりました。

11歳年上で、2人目の母親のような存在だった姉の聡子さん。大きな大会では必ず応援に駆けつけてくれました。

五十嵐さん

「気が強いんですけど、すごい優しくて、みんなから慕われる存在」「敦頑張れー!って。大きい声で恥ずかしがらずに。よく恥かしくないなって思ってましたけど、それも力になってました」

大切な人や自宅を失いながらも生き抜こうとする家族や地元の人たちを見て、五十嵐さんは、大きな誓いを立てます。

五十嵐さん

「どうにかして明るい雰囲気をつくろうしとして、みんな笑ったりしてますけど、やっぱりふと電池が切れたかのように悲しい顔になったり。自分もそうでししたけどね。だから、本当に心の底から喜ぶ、良かったなとか笑顔になれる瞬間をつくれればなって」

相撲でみんなを勇気づけたい。震災の2か月後に1人でトレーニングを再開します。

十分な練習環境もない中、その年の国体で、堂々の4位入賞。さらに翌年、社会人の全国大会で優勝したのです。

五十嵐さん

「大会に臨む姿勢は変わりました。臆さないって言うんですかね。人間、覚悟・決意を持つと、あんだけ過大評価というか、強く思っていた相手も、気持ちを持っていけると、意外と勝てるんじゃないかなって」。

2013年には、盛岡市の職員にスポーツ枠で採用され、公民館の管理・運営などを担当しながら、大会への出場を続けました。盛岡市では、五十嵐さんの大会への参加資格を満たすため、ラグビーや柔道経験のある職員を巻き込んで相撲部を設立するなど、全面的にバックアップしています。

そして初めて世界への切符を手にしたのがおととし。30以上の国と地域から強豪たちが集まりました。五十嵐さんは2メートルを超える選手も次々にねじ伏せ、決勝へ。

得意の押し相撲で寄り切り、見事、金メダルを獲得しました。

五十嵐さん

「嬉しかったですね。少しは達成できたかなって。あの震災直後に自分が思ったものに対しては、少し、本当に少しですけど、できたのかなと思いますね」。

週末になると、盛岡農業高校相撲部の道場を訪れ稽古に励んでいます。

32歳になった五十嵐さん。年齢で見ればベテランの域に達し、強さを維持することは徐々に難しくなってきました。それでも岩手の人たちの支えで、闘志がわき上がります。
いわてびと、五十嵐敦さんの相撲道です。

五十嵐さん

「本当にいま、すごい応援してくれる人たちがいっぱいいるんですよ。びっくりするくらい応援してくれますし。練習環境よりも、それ(応援)がいまのモチベーションになってますんで。その人たちのためにも頑張りたいなっていうのがあるので、岩手でやる意味がそこにあるのかなって思いますね」。

五十嵐さんは、ことし2月に第一子が誕生したということで、頑張る理由がさらに1つ増えたということです。去年は、新型コロナウイルスの影響で、多く大会が中止となりましたが、ことしは、5月16日に富山県で世界選手権の予選が行われる予定で、2連覇を目指したいと話していました(※感染拡大により、その後、延期が決定)。

高橋記者

盛岡放送局 記者

橋広行

2006年入局 広島局、社会部、成田支局を経て2019年から盛岡局。

休日は6歳と3歳の息子2人と岩手の大自然を満喫しています。